1534年10月4週目。島津本家で宴会。肥後の八郎軍を鍛えた先について島津の殿様達と話す八郎。
その日は、そのまま島津本家に一泊することになった。
夜の席では、忠良と貴久、島津本家の重臣たち、春姫をはじめとした姫君たち、
そして八郎たちが膳を囲んでいた。
酒が少し回ったところで、忠良様が口を開いた。
「それで、八郎殿」
「龍造寺のこと、どこまで考えておる」
八郎は焼き魚を少しほぐしながら答えた。
「最悪の落としどころとしては、残りの肥後国人衆十万石と、龍造寺の半分ほどを取った上で停戦です」
広間が少し静かになった。
八郎は続ける。
「それが、一番小さい見積もりです」
「一番大きい見積もりで言えば、龍造寺を取り、その先の有馬、松浦あたりを順繰り取っていく」
「肥前を平定できれば、九州で残る大きな相手は、大友と大内になります」
貴久は地図を見ながら唸った。
「贅沢な悩みじゃな」
「龍造寺の半分で小さい見積もりか」
三郎が横で苦笑する。
「八郎の小さいは、だいたい小さくないです」
五郎も頷いた。
「最悪で十万石と龍造寺半分ですからね」
八郎は真面目に言った。
「大友とは六月まで停戦です」
「その間に、姫君たちとの交流を重ねて、縁の一つでもできればよいと思っています」
「交易を広げ、同盟に近づければ一番よいです」
忠良は杯を置いた。
「大友と同盟できれば、大内を九州から追い出そうという話にもなるかもしれぬな」
「はい」
八郎は頷いた。
「そうなると、どのみち肥後の八郎軍は戦う必要が出ます」
「大友と一緒に動くにしても、龍造寺を見るにしても、肥後は前に出る場所です」
「だから今、鍛えておく必要があります」
貴久は面白そうに笑った。
「冬にしごき倒す理由は、そこか」
「はい」
「春に泣くより、冬に泣いた方がよいです」
忠良は大きく笑った。
「その言い方、好きじゃ」
八郎はさらに地図を指した。
「肥前が終わった後は、日向と大隅の八郎軍も順繰り鍛えていただきたいです」
「その先には四国もあります」
「阿波あたりは三好が押さえていますが、土佐や伊予にはまだ伸ばす余地があります」
「伊予は大友が手を伸ばすかもしれませんが、交易の関係も含めて、いずれ見なければなりません」
貴久は目を細めた。
「肥前、九州北部、大内、四国」
「ずいぶん先まで見るのう」
八郎は頷く。
「順繰りです」
「そのために、島津本家の借金も順繰り消したいです」
「冬の教練で一部を消す」
「こちらが一部を肩代わりする」
「四月、五月からは、農民たちと話をして、地元の鳥獣狩りを侍衆に請け負ってもらう」
「鹿、猪、猿、鳥」
「農作物を守り、肉や皮も得る」
「それを借金返済に回せば、少しずつ暮らしも良くなると思います」
忠良は、しばらく黙って八郎を見た。
「そこまで考えてもらえるのは、ありがたいな」
「武士は食わねど高楊枝とは言うが」
「借金は、ないに越したことはない」
「侍も、暮らしが少し良くなれば、顔が変わる」
春姫が静かに言った。
「それは、佐土原でも見ました」
「証文が破られた時、人の顔が変わりました」
八郎は頷いた。
「借金が減り、湯浴みに入れるようになり、布団が買えるようになり、物が満ちるようになる」
「そうすると、次は娯楽です」
忠良が眉を上げる。
「娯楽?」
「はい」
八郎は少し嬉しそうに話した。
「薩摩川内では、来週から焼き芋屋を始めます」
「芋が取れましたので」
「冬場に、温かくて甘いものは強いです」
母が聞いたら頷きそうな話だった。
「それと、話会というものを始めています」
「見世物小屋のような場所を作り、五人ほど話し手を出します」
「客は二十五文」
「旅商人、船乗り、行商人、寺の者などに、面白い話をしてもらいます」
「面白ければ、客が竹串を投げます」
「竹串一本五文で、おひねりです」
貴久が笑った。
「また妙なことを始めたな」
五郎がすぐに言った。
「僕らもそう思いました」
三郎も頷く。
「でも、聞いてみると意外と面白いんです」
八郎は続けた。
「まだ課題はあります」
「面白話と情報通の話は、分けた方がよいかもしれません」
「話が長い人をどう止めるか」
「寺社市でやる安い会と、大きな市でやる選抜の会をどう分けるか」
「ただ、赤字が出なければよいです」
「小さい笑いをたくさん作る」
「大きな祭りで銭を垂れ流すより、毎日少し楽しい方が満足度は高いと思います」
忠良様は感心したように息を吐いた。
「飯、湯、借金、布団、酒」
「その次は笑いか」
「そこまで考えておるのがすごいぞ」
「四歳児で」
八郎は胸を張った。
「私は四歳児です」
貴久は笑いながら言った。
「やはり、八郎殿は欲しいな」
姫君たちも、少し身を乗り出した。
八郎は慌てて手を振った。
「いやいやいや」
「四歳児をそんなに欲しがってはいけません」
「まだまだ長いですよ」
三郎がにやりと笑った。
「地味に逃げてるな、八郎も」
五郎も頷く。
「やっぱり我らの兄弟やな」
姫君の一人が不思議そうに首を傾げた。
「逃げなくてもよろしいのに」
別の姫君も微笑む。
「お仕事も縁も、順繰りでよいのでは」
三郎と五郎は同時に咳払いをした。
「僕たちは仕事に生きますので」
「そうそう、仕事が大事ですから」
春姫が二郎の横で小さく笑う。
八郎は芋の話をして逃げようとしたが、姫君たちの視線はなかなか外れなかった。
忠良はその様子を見て、上機嫌に杯を掲げた。
「よい夜じゃ」
「冬は兵を鍛え」
「春は龍造寺を見て」
「その前に、八郎殿の焼き芋と話会も見ねばならぬ」
八郎は小さく頷いた。
「順繰りです」
三郎が即座に言った。
「都合のええ時の順繰りやな」
広間には笑いが広がった。
だが、その笑いの奥で、島津本家の者たちは理解していた。
八郎の話は、飯でも湯でも笑いでも、すべて戦と政につながっている。
そして、そのつながりこそが、一番恐ろしいのだと。




