1534年10月3週目。四郎兄様と綾姫の婚姻でお祝いをする。兄様達は千代姫になぜ武装させたのかを聞く。四郎様は背中を押して欲しかったんですと解説する。
その晩、八郎の本拠では、そのまま宴会になった。
急に鎧姿の実久がやって来たかと思えば、四郎と綾姫の縁が正式に動き出したのである。
父は杯を持って、実久へ深く頭を下げた。
「また縁ができて、嬉しいです」
「ほんまやったら、うちなんか庄屋の小せがれです」
「その四男が、こうしてお姫様と縁を結んでいただける」
「ありがたいことです」
実久は上機嫌に笑った。
「いやいや、こちらこそじゃ」
「八郎殿のおかげで、分家もいろいろ助けられておる」
「借金も減り、兵の損害も少なく、銭もきちんと届く」
「その上、娘まで楽しそうにしておる」
「わしも嬉しい」
母も、綾姫へ笑顔を向けた。
「こんな騒がしい家ですけど、よろしくお願いします」
綾姫は丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
その横で四郎は、まだ少し顔が赤かった。
島津本家の姫君たちも、分家の姫君たちも、声をそろえて祝っている。
春姫も千代姫も、妙に満足そうだった。
三郎が酒を飲みながら言う。
「でも、この話は語り草になりますね」
五郎も笑った。
「鎧武者に囲まれて婚姻決意は、しばらく言われますよ」
四郎は顔をしかめた。
「しばらくで済みますかね」
八郎が真顔で言う。
「たぶん長いです」
「八郎まで言わないでください」
三郎と五郎は顔を見合わせた。
「俺らも気をつけなあかんな」
「姫君に囲まれたら、次は俺らや」
千代姫がにこりと笑った。
「気をつけるとかではないと思いますよ」
五郎が嫌な予感を覚えた顔になる。
「千代姫様」
「そもそも、なんで鎧を着せようと思ったんですか」
千代姫は、少しだけ首を傾げた。
「違うのです」
「四郎様は、心の中では、綾姫が生理的に無理ではないことくらい、もう分かっておられたはずです」
四郎は何も言えなくなった。
千代姫は続ける。
「ただ、決め手に欠けていたのだと思います」
「お互い好きです」
「一緒にいて楽しいです」
「けれど、年頃の男の方が、好きだから結婚してくださいと真正面から言うのは、
真面目な人ほど勇気が要ります」
「越えないといけない壁があるのです」
三郎が感心したように言った。
「解像度高いな」
五郎も頷く。
「怖いくらい分かってますね」
千代姫は微笑んだ。
「ですから」
「仕方なく結婚を決めた、という形にしてあげれば、折れるかなと思いました」
「折れるというより」
「気持ちとしては結婚してもよいと思っているのに、最後の一手が出せない」
「そこを、少しだけ押したのです」
四郎は深く息を吐いた。
「……不本意ですが」
「少し納得できるところがあります」
綾姫が横から言った。
「私は、本当なら、ちゃんと好きですと真正面から言って」
「結婚してくださいと言ってほしかったです」
四郎は慌てた。
「いや、それは」
「でもまあ、似たようなものでは」
綾姫は即座に首を振った。
「似ていません」
「鎧武者が大量にいる中で言われたら、言わされている感じがあります」
広間に笑いが起きた。
実久は真面目な顔で言う。
「深い意味はなかったのだがな」
八郎がぼそりと言った。
「深い意味しかありませんでした」
また笑いが起きる。
綾姫は、それでも嬉しそうに四郎を見た。
「でも、一緒になれるなら、私はよかったです」
「これからは、市も一緒に見られます」
「堂々と過ごす時間ができます」
「私は嬉しいです」
五郎がにやにやする。
「のろけてますね」
三郎も笑う。
「あんまりのろけすぎると、愛が冷めた時に大変ですよ」
そこへ一郎が眉を上げた。
「俺らは冷めてるんか」
千代姫は涼しい顔で答える。
「そんなことはありません」
「ただ、夫婦にはよいこともたくさんありますし、面倒なこともたくさんあります」
一郎は苦笑した。
「否定の仕方が現実的やな」
春姫も静かに笑う。
「でも、仲良くできるなら、それが一番です」
二郎は少し照れながら頷いた。
「そうやな」
四郎は、改めて綾姫の方を見た。
「私も」
「嫌ではありません」
綾姫がすぐに頬を膨らませた。
「嫌ではない、という言い方は何ですか」
三郎が吹き出す。
「早速や」
五郎も笑う。
「もう始まってるやん」
四郎は慌てて言い直した。
「いえ」
「嬉しいです」
「綾姫と一緒にいられることは、嬉しいです」
綾姫は、少しだけ満足そうに頷いた。
「はい」
「それならよいです」
母はその様子を見て、ほっとしたように笑った。
父も杯を掲げる。
「では、四郎と綾姫様の縁に」
「それと、武装した親心に」
実久がすぐに言う。
「だから、深い意味はない」
三郎と五郎が同時に言った。
「深い意味しかないです」
広間はまた大きな笑いに包まれた。
飯が並び、酒が回り、姫君たちが笑う。
戦で生まれた縁が、帳面と市と湯浴みを越えて、また一つ家族の中へ入ってきた。
八郎は芋をかじりながら、満足そうに呟いた。
「縁も順繰りです」
母がすぐに言った。
「あんたは余計な縁を増やしすぎや」
その言葉に、また皆が笑った。




