1534年10月3週目。実久様も一緒に薩摩川内の本拠まで来る。鎧を着て八郎家族に会うから何事かと思ったが、四郎と綾姫が婚姻する際のいきさつを実久が話し全員笑い転げる。
とりあえず半日ほど、一緒に行くか。
実久様は、鎧を着たまま、たいそう嬉しそうにそう言った。
四郎は、まだ少し顔が赤い。
隣には、分家の姫君、綾姫が控えていた。
綾姫もまた、少し困ったような、嬉しいような顔をしている。
「私は、何も言ってないんです」
綾姫は小さく言った。
「ただ、千代様に……一応、姉様に、昨日のことを少しだけお話ししたら」
「なぜか、父上が鎧をお召しになって」
「家臣の方々まで鎧を着ることになって」
三郎が腕を組んだ。
「もうええて」
五郎も笑いをこらえながら言う。
「もうそこまで来たら、だいぶ言うてるのと一緒や」
四郎は深く息を吐いた。
「……私も、腹を決めます」
その声は、昨日までより少しだけ落ち着いていた。
綾姫が顔を上げる。
四郎はまっすぐ見た。
「ちゃんと、一緒にいましょう」
「順番は、きちんと踏みます」
「八郎にも、父母にも話します」
「ですが」
そこで四郎は少し言葉に詰まった。
「私は、綾姫と一緒にいたいと思いました」
綾姫の顔が、ぱっと赤くなった。
「はい」
「私も、四郎様と一緒にいたいです」
三郎と五郎は、後ろで顔を見合わせた。
「なんやかんや、あれやな」
「背中押してもらって、うまいことはまった感じやな」
四郎は振り返った。
「ここまで鎧で囲まれたら、無理です」
実久がすぐに手を振る。
「いやいや、そんなつもりはないぞ」
「ただ、戦が終わったあとで、たまたま鎧を着たい気分の者が多かっただけじゃ」
「わしも、たまたま着たかった」
「家臣も、たまたま着たかった」
三郎が小声で言う。
「たまたまが多すぎる」
五郎も頷いた。
「偶然の圧が強い」
実久は聞こえぬふりをして、上機嫌に言った。
「では、行こう」
「親心として、八郎殿の家まで見届ける」
そうして一行は、鎧姿の実久と数名の供を連れて、八郎の本拠へ向かった。
道中、四郎は何度もため息をついた。
そのたびに綾姫が少し心配そうに見上げる。
「嫌になりましたか」
「いえ」
四郎は苦笑した。
「嫌ではありません」
「ただ、思っていたより大ごとになりました」
「私も、こんなことになるとは思いませんでした」
綾姫は小さく笑った。
「でも、嬉しいです」
「私もです」
四郎がそう答えると、後ろの三郎がにやにやした。
「おお」
「言えるようになったな」
五郎も笑う。
「鎧の効果、すごいな」
四郎は何も言い返せなかった。
本拠へ着くと、八郎の家の者たちは驚いた。
門前に、鎧姿の実久が立っている。
その横に四郎。
さらに綾姫。
三郎、五郎、六郎、七郎も、佐土原から戻ってきたところだった。
父が出てきて、目を丸くした。
「なんですか」
「なんで鎧なんか着てはるんですか」
母も慌てて出てくる。
「戦ですか」
「また何かあったんですか」
実久は真面目な顔で言った。
「今日は、少し戦場に来たつもりでな」
「ここまで参った」
父と母は、ますます分からない顔をした。
八郎も奥から顔を出した。
「戦場?」
「うちは家ですよ」
実久は咳払いをした。
供の者たちを少し下げ、自分と綾姫、四郎を前に出す。
三郎、五郎、六郎、七郎も横に並んだ。
広間に皆が座ると、実久が口を開いた。
「四郎殿から、話があると聞いておる」
父と母の視線が四郎に集まる。
四郎は、深く頭を下げた。
「実は」
「昨夜、綾姫と一晩、話をいたしました」
母の眉が動いた。
父も少し姿勢を正す。
四郎は続けた。
「佐土原の市のこと」
「証文を破った時のこと」
「一緒にいて楽しかったこと」
「これからのこと」
「いろいろ話しました」
「その上で」
四郎は、もう一度深く頭を下げた。
「私は、綾姫と一緒にいたいと思いました」
「順番はいろいろあると思います」
「八郎の仕事もあります」
「家の話もあります」
「ですが、結婚を考えたいと思っております」
綾姫も、隣で頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
広間に、少しの沈黙が落ちた。
それから母が実久様を見た。
「それは分かりましたけど」
「なんで実久様は鎧なんですか」
父も頷く。
「そこが一番気になるんですが」
実久は、待ってましたと言わんばかりに頷いた。
「いや、深い意味はない」
三郎と五郎が、もう笑いをこらえている。
実久は続けた。
「綾が湯浴みに行っている間に、千代と話したらしくてな」
「千代が、とりあえず家臣全員で鎧を着よう、と言った」
「それで試しに着てみた」
「着て、四郎殿を囲んでみた」
「そうしたら、四郎殿が話をしたいと言ってくれた」
「だから、親心でついてきただけじゃ」
「深い意味はない」
八郎がぽつりと言った。
「深い意味しかないですよね」
その瞬間、広間が爆笑に包まれた。
父は腹を抱え、母は涙を拭きながら笑った。
三郎と五郎は畳を叩いて笑い、六郎と七郎も顔を真っ赤にしている。
四郎は耳まで赤くなった。
綾姫も、恥ずかしそうに俯きながら、それでも嬉しそうに笑っていた。
実久だけが、最後まで真面目な顔で言った。
「だから、親心じゃ」
八郎は頷いた。
「はい」
「武装した親心ですね」
また広間に笑いが起きた。
こうして四郎と綾姫の縁は、鎧に囲まれ、家中に笑われながら、正式に動き出すことになった。




