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島津分家で四郎と姫君が同じ部屋で寝る。朝げの後実久様から挨拶があると言われいくと鎧姿の当主と配下がずらりと並ぶ。深い意味はない。このまま八郎の家にみんなで行こうと思うと話すと観念する四郎www

その晩、四郎と分家の姫君は、少し離して並べられた布団の上で、ぽつぽつと話をしていた。

侍女たちは少し離れたところに控えている。

灯りは落とされ、館の外では虫の声がしていた。

「佐土原の市は、本当に楽しかったです」

姫君が小さな声で言った。

「最初は、姫が市で働くなど、どう見られるかと思っておりました」

「でも、米を運ぶ者、札を読む者、湯浴みの順番を待つ者、証文が破られて泣く者」

「皆が少しずつ顔を変えていくのを見るのが、こんなに楽しいとは思いませんでした」

四郎は頷いた。

「私も、同じです」

「八郎が考え、兄たちが動き、商人衆が帳面を合わせる」

「そこに姫君方が加わってくださったことで、民も安心していました」

「大きな意味がありました」

姫君は、少し嬉しそうに笑った。

「意味だけですか」

四郎は言葉に詰まった。

「いえ」

「一緒にいて、楽しかったです」

その言葉を聞いて、姫君はしばらく黙った。

そして、布団の上で少し身を起こした。

「では、私も少し勇気を出させてもらいます」

「え」

四郎が顔を上げた瞬間、姫君はそっと近づき、唇に口づけをした。

短い口づけだった。

けれど四郎は固まった。

姫君は不安そうに見つめる。

「やっぱり、嫌ですか」

「私は」

四郎は慌てて首を振った。

「嫌では、ありません」

「ただ」

「ただ、責任とか、順番とか、家の話とか」

姫君は小さく笑った。

「本当に、軽い気持ちでよいのです」

「なんなら、この一晩のことは内緒にしておきます」

「内緒にしますから」

「少しだけ、私も頑張ります」

「四郎様も、少しだけ頑張ってください」

四郎は目を泳がせた。

「少しだけ、とは」

「少しだけです」

姫君はまた、そっと口づけをした。

「今日だけ」

「お願いです」

「これで何もなかったら、私は拗ねます」

「ぐじぐじ言います」

「佐土原で一緒に働いたのに、口づけだけで逃げられたと、たぶん一生言います」

四郎は困ったように笑った。

「それは困ります」

「では、困らせないでください」

姫君は甘えるように、もう一度口づけた。

何度も。

少しずつ、四郎の肩の力が抜けていく。

「本当に、内緒ですね」

「はい」

「今日のことは、内緒です」

その夜のことを、四郎はうまく言葉にできなかった。

ただ、佐土原の市の話をして、証文の話をして、湯浴みの話をして、何度も口づけをして。

やがて二人は、同じ灯りの下で、静かに夜を過ごした。

翌朝。

姫君は妙に晴れやかな顔で起きた。

「では、朝の湯浴みに行ってまいります」

「はい」

四郎は布団の上で少しだけ疲れた顔をしていた。

「お気をつけて」

姫君はにこりと笑う。

「昨日の話は、内緒ですね」

「はい」

四郎は頷いた。

だが、その笑顔が妙に明るすぎることに、四郎は少しだけ嫌な予感を覚えた。

朝餉の席へ向かうと、千代姫がいた。

「おはようございます、四郎様」

「おはようございます」

千代姫は、にこにこと笑っていた。

笑っていたが、笑顔が少し張り付いていた。

四郎の背筋に、冷たいものが走る。

「何か」

「いえ。何も」

「本当に何も」

三郎が小声で五郎に言った。

「何かあるな」

五郎も頷いた。

「あれは絶対ある顔や」

朝餉は何事もなく進んだ。

少なくとも、表向きは。

食事を終え、そろそろ出発の支度をしようとした時だった。

分家の侍女がやってきた。

「四郎様」

「実久様がお呼びです」

「ご挨拶があるとのことです」

四郎は一瞬だけ止まった。

「挨拶、ですか」

「はい」

三郎と五郎が、面白そうに立ち上がる。

「俺らも行くわ」

「一応、兄としてな」

「絶対笑いに来てますよね」

「そんなことない」

「ないない」

四郎が実久様の部屋へ向かうと、そこには妙な光景が広がっていた。

実久様が、なぜか鎧を着て座っていた。

その左右には、分家の侍たちが武具を身につけて並んでいる。

槍こそ立てていないが、明らかに圧がある。

四郎は足を止めた。

「これは」

実久様は穏やかに笑った。

「いや、深い意味はない」

「今日はなんとなく、鎧を着たい気分だっただけじゃ」

三郎が即座に吹き出しそうになる。

五郎は口元を押さえた。

実久様は続けた。

「周りの者も、たまたま鎧を着たい気分だった」

「気にせんでくれ」

「気にするに決まってますやん」

三郎が小声で言った。

実久様は四郎を見た。

「それで、昨日はどうじゃった」

「寝てみて、どうじゃった」

四郎は背筋を伸ばした。

「普通に、一晩お話ししただけです」

「ほう」

実久様はゆっくり頷いた。

「一晩、お話ししただけ」

「そうか」

「実はな」

「娘が朝、湯浴みに入った後、千代と少し話をしたらしい」

四郎の顔がわずかに強張る。

「千代がな、侍を並べろと言うてきた」

「わしは父として、言われた通り侍を並べただけじゃ」

「深い意味はない」

五郎が小声で言う。

「深い意味しかない」

三郎が肩を震わせている。

実久様はさらに続けた。

「娘はな」

「もう一緒に帰れるかどうか分からぬのが寂しいと言うておる」

「もう少し、一緒にいたい」

「もう少し、一緒に寝たい」

「そう言うておる」

四郎は完全に動けなくなった。

実久様は、にこやかに言った。

「親心として、一言だけ話したかった」

「なんなら、このまま八郎殿と、四郎殿の親御殿へ話を通してもよい」

「どうする」

沈黙。

三郎はついに堪えきれず、横を向いて笑った。

五郎も肩を震わせる。

「四郎」

「逃げ道、なくなったな」

四郎は真っ赤になりながら、深く頭を下げた。

「……きちんと、話をさせてください」

実久様は満足そうに頷いた。

「それでよい」

「鎧は、たまたま着ていただけじゃがな」

三郎が腹を抱えた。

「たまたま武装した親心、怖すぎるやろ」

五郎も笑った。

「八郎の戦より、こっちの方が逃げ場ないな」

その頃、湯浴みから戻った姫君は、千代姫と並んで、何事もなかったように微笑んでいた。

「昨日の話は、内緒ですものね」

その笑顔を見て、四郎は思った。

内緒とは、なかなか難しいものだと。

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