1534年10月3週目。佐土原の兄達は立ち上げめどが立ったので帰宅。島津本家で宴会。今後のこと、戦費支払い、縁の話等
十月三週目。
佐土原では、市の立ち上げがようやく軌道に乗り始めていた。
飯屋は下魚の甘酢漬けとつみれ汁を出し、湯浴み釜には順番待ちができ、
寺社市の札も読まれるようになった。
証文も連日破られている。
民の顔も、少しずつ変わってきた。
そこで島津本家、分家の姫君たちは、一度戻ることになった。
三郎が飯場を片付けながら言う。
「まあ、ここまで来たら形はできたな」
五郎も帳面を抱えて頷く。
「後は地元の庄屋衆と八郎商会の者で回せる」
四郎は分家の姫君に頭を下げた。
「ここまでありがとうございました」
分家の姫君は、少しはにかんだ。
「いえ。一緒にできて、楽しかったです」
それを見た三郎と五郎は顔を見合わせた。
「ええ感じやな」
「もう外堀どころか内堀も埋まってへんか」
四郎は聞こえないふりをした。
数日後、一行は島津本家へ着いた。
忠良様と貴久様は、かなり機嫌がよかった。
「帰ってきたか」
「会いたかったぞ」
「兄様方も、こっちへ来い」
「二郎と春姫も来ておる」
広間には、二郎と春姫も座っていた。
春姫は落ち着いた顔で兄たちを迎え、二郎は少し照れくさそうに笑っている。
忠良は上機嫌に杯を掲げた。
「八郎殿が、もう戦費を払ってくれた」
「島津本家分、四百五十万文じゃ」
「四百五十万文も払ってくれたのだ」
「今日は一日、宴会してから帰れ」
三郎が小声で言う。
「八郎、仕事早すぎやろ」
五郎も苦笑する。
「金払うのも早いな」
貴久は、分家の姫君たちにも手招きした。
「分家の姫たちも来い来い」
「今日は機嫌がよい」
「もともと本家も分家も、同じ島津じゃ」
「親戚みたいなものじゃ」
「姫君同士が仲良くしておるのも、よいことじゃ」
分家の姫君たちは少し戸惑ったが、本家の姫君たちが笑顔で招くので、そのまま席に入った。
宴が始まると、忠良は二郎へ目を向けた。
「二郎殿が春姫と縁を結んでくれたおかげで、いろいろ取り持てておる」
「その先はまだ分からぬが、姫たちが市の立ち上げを楽しいと言うなら、それは良いことじゃ」
以前より、だいぶ柔らかい物言いだった。
兄たちは少しほっとした。
「なんか、前より柔らかいですね」
三郎が言うと、忠良様は笑った。
「借金が減り、戦費も払われ、日向も取れた」
「機嫌も良くなる」
「それに、人があまり死なんかったのが大きい」
貴久も頷く。
「八郎殿は殺傷を好まぬ」
「飯を炊き、米を買い、眠らせず、心を折る」
「怖い戦じゃが、死人は少ない」
「そこがすごいところじゃ」
五郎が杯を置いた。
「確かに、佐土原でもそうでした」
「落とした後の方が本番で、すぐ市と帳面でしたから」
そこへ本家の使者が、帳面合わせの報告を持ってきていた。
忠良はそれを思い出したように言う。
「そういえば、聞いたか」
「八郎殿は、八月末から十月二週目までの儲けで、大友への一千万文、うちと分家への八百万文、
それに日向の市と湯浴みの立ち上げまで、ほぼ賄ったらしいぞ」
広間が止まった。
三郎が真顔になる。
「は?」
五郎も目を細める。
「いや、さすがにそれは」
貴久が笑う。
「帳面上は赤が六十四万文ほどで済んだそうじゃ」
「どれだけ儲けておるのだ、あの四歳児は」
二郎が苦笑した。
「うちの弟ながら、意味が分からん」
春姫は静かに言った。
「でも、八郎様なら、あり得ると思ってしまいます」
分家の姫君が四郎の方を見た。
「証文を破る音を聞いていると、そう思います」
「借金が減ると、民の顔が変わりますから」
忠良は地図を出させた。
「ただ、次はどうなるかじゃ」
「日向を取った」
「大友とは停戦」
「大友の姫君たちは遊学に来る」
「うまくいけば同盟になるやもしれぬ」
五郎が頷いた。
「僕らも、そう見ています」
「大友と真正面からぶつかるより、停戦から同盟へ進む方が得です」
三郎も続ける。
「八郎も、大友をがっつり攻める気は薄いと思います」
「取れるところを取る性格です」
「龍造寺、有馬、松浦、四国の小勢力」
「そちらを順繰り見るでしょう」
貴久は感心したように言った。
「よい読みじゃ」
「大友や大内と真正面からぶつかると消耗する」
「ならば、小さいところを飯と市で飲む」
「四国も、三好と当たるまでは細かく取れるかもしれぬ」
そうして戦略の話で盛り上がった後、忠良様はにやりと笑った。
「それはそうと、縁の方はどうじゃ」
空気が変わった。
三郎と五郎が露骨に目をそらす。
「縁はまあ、淡々と」
「仕事優先ですし」
忠良は四郎の方を見た。
四郎は分家の姫君と穏やかに話していた。
寺社市の札の話。
証文を破った時の民の顔。
一緒に見た湯浴みの立ち上げ。
話題は仕事なのに、距離が近い。
貴久が小声で言う。
「四郎殿は、もう大丈夫そうじゃな」
分家の姫君が聞き逃さず、少し頬を赤らめた。
四郎は慌てて言う。
「まだ、そんな」
「まだ分かりません」
すると本家の長女格の姫君が笑った。
「責任を取る取らないの話は、難しいですものね」
分家の姫君も、少し勇気を出したように四郎を見た。
「責任を取る気はないのに、仲良くしてくださるのですか」
四郎の動きが止まった。
「いえ、その」
「そういう意味では」
三郎が吹き出した。
「詰められてる」
五郎も笑う。
「八郎家の兄はすぐ逃げるから、とっとと捕まえた方がええですよ」
本家の姫君たちが一斉に頷いた。
「その通りです」
「逃げ道を残すと逃げます」
「仕事を一緒にして、外堀から埋めるのがよろしいかと」
三郎が慌てる。
「余計なこと言うな」
五郎も手を振る。
「こっちまで飛び火するやろ」
忠良は上機嫌に笑った。
「よいよい」
「戦も勝ち、銭も入り、姫たちも楽しそうじゃ」
「今日は飲め」
「明日のことは明日考えればよい」
宴はさらに賑やかになった。
日向の市。
大友との停戦。
次の戦略。
島津の縁。
そして、四郎のぎこちない返事。
八郎がいない場でも、八郎の作った縁と市と帳面は、しっかり人を動かしていた。




