1534年9月4週目。その後1週間の話。市の立ち上げと商人衆を集めて交易の話をする。日向と既存の八郎領、四国、瀬戸内等。
それから一週間、佐土原以南は慌ただしく動き続けた。
八郎は籠に乗り、三万五千石の束を順繰りに回った。
庄屋衆を集める。
農民の代表を呼ぶ。
寺社の者を座らせる。
侍衆の証文も出させる。
そして、利息を下げる。
帳面を合わせる。
米、薪、魚、野菜、干物の仕入れを決める。
その横では、三郎が飯屋を立ち上げ、四郎と五郎が寺社市の説明をし、六郎と七郎が
湯浴み釜の場所を決めていた。
島津の姫君たちも、大友の姫君たちも、最初は驚き、次に慣れ、やがて自分から声を
かけるようになった。
「証文はこちらです」
「米払いでも構いません」
「湯浴みは五文です」
「寺社市は明後日からです」
その動きを見て、佐土原の民の顔が少しずつ変わっていく。
伊東の領地だった場所が、八郎商会の市へ変わり始めていた。
そんな中、八郎は別に商人たちを集めた。
場所は佐土原城下の仮の座敷。
商人衆は、日向の海沿いや四国筋を知る者たちである。
八郎は帳面を広げた。
「交易の話をします」
商人たちが身を乗り出す。
「今、八郎商会は琉球との取引で利を得ています」
「それに、薩摩、大隅、肥後の間で物を動かしています」
「米、味噌、干物、布、焼酎、砂糖、塩、魚」
「それぞれ相場が違います」
「そこを慣らしながら、最近は毎週合計七十万文ほど利が出ています」
商人の一人が目を丸くした。
「七十万文ですか」
「はい」
八郎は頷く。
「ここに日向が入れば、物流はもっと活発になります」
「それで聞きたいのです」
「日向から四国へ」
「瀬戸内へ」
「どの筋が使えますか」
日向の商人が、少し考えてから言った。
「あの辺りも儲かりますぜ」
「摂津まで行けば、もっと儲かります」
「ただ、大友様の筋、大内様の筋が押さえているところも多い」
「肩身が狭い場所もあります」
別の商人が続けた。
「けれど四国は、大きい勢力が一つで押さえているわけではありません」
「細かい付き合いはできます」
「港ごと、商家ごと、寺社ごとに話をつければ、十分に商いになります」
八郎は目を細めた。
「芋焼酎を送れば、希少品として扱えますか」
「扱えます」
「砂糖は」
「もちろんです」
「砂糖はどこでも欲しがります」
「米の相場も違いますし、海産物でも利が取れます」
「日向は魚もあります」
「八郎商会さんとは、飯の面でも相性がいい」
「交易の面でも、かなり相性がいいと思います」
八郎はすぐに頷いた。
「では、その四国筋を任せてもよいですか」
商人はにやりと笑った。
「こちらにも利が乗るなら、ありがたい話です」
「八郎商会さんが今どれほどの荷を動かしているかは、全部は分かりません」
「ただ、週七十万文を九十万文にするくらいなら、そう難しくないと思います」
五郎が小さく口笛を吹いた。
「二十万文増えるんか」
商人は笑う。
「その代わり、琉球物もこちらに流してくださいよ」
「芋焼酎、砂糖、珍しい布、香の物」
「こちらだけ働いて、うまみがないのは困ります」
八郎は真面目に頷いた。
「もちろんです」
「お互いに利が乗らないと、話は続きません」
商人は深く頭を下げた。
「これは長い付き合いになりそうですな」
そこへ、別の商人が言った。
「今、大友様と九ヶ月の停戦中でしょう」
「これが停戦から同盟へ変われば、大友様の筋で瀬戸内、日本海側への交易も広がります」
「そうなれば、利は倍にもなり得ます」
八郎は少し困った顔をした。
「そこは、姫君方の縁の話もありますから」
「私は何とも言えません」
「できれば兄様方に無理を押しつけず、自然に縁ができればよいのですが」
五郎が横から睨む。
「お前はすぐ兄に押しつける」
「押しつけてはいません」
「可能性を示しているだけです」
三郎が料理の仕込みをしながら言う。
「それを押しつけ言うねん」
八郎は帳面を軽く叩いた。
「ただ、大友の姫君方には、この帳面を見せる予定です」
「おそらく、大友のお殿様に伝えるでしょう」
「八郎商会がどれだけ利を出し、どれだけ借金を消しているか」
「それを知れば、大友様も交易を広げる意味を考えるはずです」
商人が恐る恐る尋ねた。
「八郎様、本拠では毎週帳面合わせをされているとか」
「はい」
「私が出てくる週は、合計利益が千二百万文ほどありました」
座敷がざわついた。
「週千二百万文」
「そんなにあるんですか」
八郎は首を傾げる。
「どれだけの領土に飯屋を出していると思っているんですか」
「それに湯浴みがあります」
「初期費用は高いですが、じっくり回収できます」
「特に高級湯浴みは銭になります」
商人の一人が興味深そうに聞いた。
「高級湯浴みとは」
「十文です」
「高級と言っても十文です」
「でも、湯を多めに使い、肌を拭き、布もよいものを使います」
「一度入ると、病みつきになります」
島津分家の姫君が小さく頷いた。
「あれは、本当に人の顔が変わります」
大友の姫君も、そっと言った。
「湯に入れるだけで、民が安心するのですね」
「はい」
八郎は答えた。
「飯を食べる」
「湯に入る」
「借金が減る」
「少し酒を飲む」
「布団を買う」
「そうすると、人はここで生きようと思います」
商人たちは黙った。
戦で取った土地を、八郎はすぐに商いの土地へ変えている。
しかも、利だけではなく、借金と仕事と娯楽までつなげている。
八郎は商人たちへ言った。
「日向でも、どんどんやります」
「そして、それを四国の方にも見せてください」
「先々のことを考えて」
「大友様とは、今はまだ分かりません」
「ぶつかれば、お互い本気で消耗します」
「そんなところに力を使うより、取れるところを少しずつ取る」
「商いを伸ばす」
「市を入れる」
「借金を消す」
「うちの戦略は、それです」
三郎が苦笑する。
「戦略って言うても、飯と湯と帳面やけどな」
八郎は胸を張った。
「それが一番強いです」
商人たちは顔を見合わせ、やがて一人が笑った。
「八郎様」
「四国筋、任されましょう」
「ただし、利はいただきますぜ」
八郎も笑った。
「もちろんです」
「利があるから、人は動きます」
外では、佐土原の市が今日も立ち上がっている。
下魚のつみれ汁を食べる者。
湯浴みを待つ者。
証文を出す者。
寺社市の札を読む者。
そして遠くの海には、これから四国へ向かう船の話が生まれ始めていた。
日向は、落ちたのではない。
八郎商会の帳面の中で、新しく動き始めていた。




