1534年9月4週目。八郎は移動と説明で疲れたから寝るwww。三郎は市の下魚に値が付く経験が日向にないから先着10名無料で飯を食べてもらうところから始める予定を立てる
一日目の夕方。
八郎は三つ目の庄屋衆との話し合いを終えたところで、籠の中でぐったりしていた。
「僕は疲れました」
「寝ます」
三郎が呆れた顔で言う。
「急に四歳児になるな」
五郎も帳面を閉じながら頷く。
「まあ、今日はここまでやな」
「庄屋衆も商人衆も、こっちも説明疲れしてる」
四郎も静かに言った。
「利息を下げる話だけでも、かなり重いです」
「証文を出してもらうのも、心を削ります」
八郎は籠の中から小さく手を上げた。
「明日またやりましょう」
「今日は寝ます」
「寝るのはええけど、お前、最後まで指示だけは出していくな」
「順繰りです」
「それ言うたら済むと思うな」
飯場の方では、三郎が八郎商会の者たちと、明日の段取りを詰めていた。
下魚をどこから仕入れるか。
酢をどれだけ回すか。
米をどの商家から買うか。
薪をどの村に頼むか。
だが、三郎はすぐに首を振った。
「一日では無理や」
「市を立ち上げる言うても、いきなり全部は回らん」
「最初の一日、二日は食べてもらうところからや」
大友の姫君の一人が尋ねる。
「食べてもらう、ですか」
「そうや」
三郎は下魚の桶を指した。
「この辺りの者は、捨て値の魚をうまく食う習慣がまだ薄い」
「下魚の南蛮漬け、つみれ汁、味噌煮」
「まず食べてもらわんと始まらん」
「最初の十人はただでもええ」
大友の姫君が驚く。
「ただで出すのですか」
五郎が横から笑った。
「男らしいって顔してるな」
三郎は肩をすくめる。
「男らしいとかやない」
「客寄せや」
「最初の十人が食って、うまいと言う」
「それを周りが見る」
「ほな買うか、となる」
「そこだけの利益を気にしたらあかん」
島津本家の姫君が頷く。
「まず、食べ物に値がつくところを見せるのですね」
「そうです」
五郎が帳面を指した。
「一番大事なのは、八郎商会がちゃんと仕入れ値で買うことです」
「利益は最初、トントンでもいい」
「本来、三万五千石の束で市の三十個が順調に動けば、週四十万文くらい利益が出ることもある」
「でも、今はそこがゼロに近くてもいい」
「仕入れが回る」
「庄屋衆への支払いや帳面が動く」
「庄屋衆の借金が消える」
「その証文をびりっと破る」
「そこが一番大事です」
大友の姫君たちは、静かに聞いていた。
分家の姫君が、少し熱のある声で言った。
「その瞬間を見たいから、私たちは来たところもあります」
「証文が破られる瞬間は、本当に印象的です」
「最初は誰も信用していません」
「また領主が変わっただけだと思っています」
「でも、何十万文もの借金が本当に消える」
「証文が破られる」
「すると、顔が変わるのです」
島津本家の長女格の姫君も頷いた。
「薩摩本家でもそうでした」
「本家の民には、本家の民としての誇りがあります」
「けれど、誇りよりも、借金が消える方がありがたい」
「最初は遠巻きに見ていた者たちが、次々に並び始めました」
「自分の帳面も見てくれ、と」
大友の姫君が小さく呟いた。
「誇りより、借金」
五郎は苦笑した。
「身も蓋もないけど、そういうことです」
「肩に乗ってた重いものが軽くなる」
「すると、人は飯を買う」
「湯に入る」
「布団を見に来る」
「子に甘いものを買う」
「そうやって市が回り始める」
三郎は火を落としながら言った。
「だから明日は、まず食わせる」
「下魚でもうまい」
「親鳥でも柔らかい」
「捨て値でも料理次第で金になる」
「それを見せる」
「その横で、五郎達が帳面を見る」
「で、借金が消える」
「それ見たら、空気は変わる」
大友の姫君は、湯気の上がる飯場と、証文の積まれた机を見比べた。
「一週間で、衝撃を受けると言われた意味が分かってきました」
島津の姫君が微笑む。
「明日はもっと分かります」
「実際に民の顔が変わりますから」
その夜、佐土原の城下は、久しぶりに静かだった。
戦の太鼓ではなく、湯を沸かす音。
怒号ではなく、明日の仕込みの声。
八郎は早々に寝床へ運ばれ、布団に入るなり眠った。
三郎も、五郎も、四郎も、姫君たちも、ようやく休んだ。
翌朝。
まだ日が昇り切らぬうちから、飯場には人が集まり始めた。
「ただで食える十人は誰や」
「下魚がうまいって本当か」
「借金の帳面を見てくれるんか」
「湯はいつから入れる」
昨日まで遠巻きだった民が、少しずつ前へ出てくる。
三郎は大鍋の前で笑った。
「よし」
「まず十人、食ってみろ」
「うまかったら、ちゃんとうまいって言え」
五郎は帳面を開く。
四郎は庄屋衆を並べる。
姫君たちは、それぞれの持ち場に立った。
そして少し遅れて、寝ぼけた八郎が籠で運ばれてきた。
「おはようございます」
三郎が言った。
「寝起きで国を動かすな」
八郎は目をこすりながら答えた。
「順繰りです」
その言葉と同時に、佐土原の二日目が大きく動き始めた。




