1534年9月3週目。大友軍1万が迫る。兵を4つに分ける。本体は城、左右の林に兵を伏せる。騎馬隊でけん制。隊列の中で兵糧を見つけて焼く。対峙前に白旗?対談の要請。
「大友の軍、あと一刻ほどでこちらと勝ち合います」
物見の報告が入った瞬間、佐土原の城内の空気が変わった。
城は落としたばかりである。
壊れた門。
仮に積んだ土塁。
急ごしらえの柵。
城下では、まだ握り飯を配り、帳面を開き、湯浴み釜を据えている最中だった。
三郎が顔をしかめる。
「早いな」
五郎も地図を覗く。
「来るだけ来て、様子見か」
八郎はすぐに地図の前へ座った。
「兵を四手に分けます」
その声に、島津本家、分家の侍たちが一斉に顔を上げる。
「本隊は佐土原の城に入ってください」
「防戦の構えを取ります」
「門は完全には直っていませんが、内側の土塁と柵で受けます」
「曲がり道を作り、三方向から矢を入れられる形にしてください」
「相手が入ってきても、まっすぐ進めないようにします」
実久様の侍が頷いた。
「守る気を見せるわけですな」
「はい」
八郎は続けた。
「二隊は、東西の林へ」
「逃げたように見せても構いません」
「ただし、隠れてください」
「もし大友が城を攻めてきたら、本隊が受けて時間を稼ぎます」
「その間に、横腹を突きます」
「合図があるまで絶対に出ないこと」
「焦って出ると、ただの散兵になります」
三郎が小声で言う。
「また嫌な配置やな」
「さらに」
八郎は地図の北側、大友軍の荷駄が通りそうな道を指した。
「大友がこちらを攻める気を見せた場合、隙を見て兵糧を焼く方向で考えます」
場が少しざわついた。
五郎が眉を上げる。
「兵糧を焼くんか」
「はい」
「大友は一万で来ています」
「一万が長く留まるには、飯が要ります」
「正面からぶつかれば、こちらも消耗します」
「ですが、兵糧を焼けば、相手は長くいられません」
「ただし、今すぐ焼くとは言いません」
「会談の余地があります」
「まずは見ます」
「攻めるなら、後ろの飯を狙う」
「話すなら、話します」
島津本家の殿が腕を組む。
「大友の一万を前にして、背後の飯を見るか」
「戦は飯です」
八郎は淡々と答えた。
「正面の槍より、後ろの米です」
二郎が苦笑する。
「お前の戦は、ほんまに飯ばっかりやな」
「飯がなくなれば、兵は帰ります」
八郎は次に騎馬隊へ目を向けた。
「騎馬隊は左右二隊に分かれてください」
「大友の速度を落とします」
「ただし、無理にぶつからない」
「突いて、下がる」
「突いて、下がる」
「相手の列を伸ばし、荷駄との間を見てください」
「最後は東西の伏兵の近くまで後退します」
「もし兵糧を狙える隙が出たら、合図を待ってください」
実久がにやりと笑った。
「小さい殿は、兵糧まで見ておるか」
「飯を炊く者は、飯を焼かれる怖さも知っています」
八郎はそう言った。
城下にも指示が飛ぶ。
「飯場は止めません」
「ただし釜は少し下げます」
「民は城の外へ出しすぎない」
「帳面役は控えを持って城内へ」
「証文は濡らさない、燃やさない」
「湯浴み釜は火を落として、すぐ動かせるように」
「怪我人用の粥は続けます」
一刻も経たないうちに、兵は動いた。
本隊は佐土原の城へ入る。
東西の林に伏兵が消える。
騎馬隊は左右へ散り、大友の先鋒を牽制しながら下がった。
やがて、大友の旗が見えた。
一万の軍。
長い列。
先鋒、物見、荷駄、重臣の旗。
その動きは慎重だった。
林の不自然な静けさ。
佐土原城内の防戦の構え。
左右に揺れる騎馬。
大友軍は、すぐには突っ込んでこなかった。
しばらくして、白旗を掲げた使者が近づいてきた。
「大友様より」
「まずは話をしたいとのこと」
三郎が息を吐いた。
「まあ、そうなるわな」
五郎も頷く。
「一万連れてきて、いきなり殴るより、まず値踏みか」
八郎は静かに言った。
「そうなると思っていました」
「大友は、無駄に兵を減らすつもりはないでしょう」
「こちらも、今は無理に戦うつもりはありません」
島津本家の忠良が尋ねる。
「会うのか」
「会います」
八郎は頷いた。
「場所は中間です」
「佐土原城と大友軍の間に幕を張ってください」
「互いに護衛は少数」
「ただし、軍は見えるところに残します」
「こちらは防戦の構えを見せる」
「大友は一万を見せる」
「それで話します」
実久が笑った。
「戦場で商談じゃな」
「はい」
「ただの停戦ではなく、境、銭、兵糧、縁の話になります」
「気を抜かないでください」
「それと、握り飯は用意しておきます」
三郎が呆れた。
「会談にも飯出すんか」
「腹が減ると、話が荒れます」
「そこまで飯か」
幕が張られた。
左右には兵が並び、佐土原の城壁には弓兵が立つ。
東西の林には伏兵が息を潜め、大友の荷駄の位置を物見が追う。
幕の中には、低い机。
茶。
水。
握り飯。
干物。
そして帳面。
五郎が小声で言う。
「姫様らしき一行も見えるぞ」
三郎が顔を引きつらせた。
「また縁談の匂いがする」
八郎は大友の旗を見たまま言った。
「まずは境」
「次に停戦」
「次に銭」
「縁談は、その後でしょう」
「全部読むな」
二郎が呆れる。
やがて、大友の当主が幕へ向かって歩いてきた。
日向を落とした四歳児。
北日向を拾いに来た大友。
一万の軍と、帳面を持つ子ども。
その裏では、伏兵が林に潜み、騎馬が荷駄を見ている。
話すなら、話す。
攻めるなら、兵糧を焼く。
佐土原の城外で、次の戦は槍ではなく、言葉と腹の探り合いで始まろうとしていた。




