1534年9月3週目。佐土原城外で大友軍と八郎軍で相まみえながら面談。大友と9か月の停戦。1000万文の支払い、24.5万石は八郎側。姫の縁組・遊学等
佐土原の城と大友軍一万の間に、白い幕が張られた。
外には兵が並ぶ。
八郎・島津連合は城を背にして構え、大友は一万の軍を後ろに置いている。
互いに、戦う気がないわけではない。
だが、戦えば損が大きいことも、双方分かっていた。
幕の中に入ったのは、八郎と兄たち、実久、島津本家の貴久、忠義ら数人。
向かいには、大友の当主と重臣たち。
少し後ろには、姫君たちも控えていた。
大友の当主は、八郎を見て、楽しそうに笑った。
「四歳の領主が切り盛りしているという話だけでも面白かったが」
「ついに九州をここまで騒がせるか」
「麒麟児というだけはあるな」
八郎はちょこんと座り、首を傾げる。
「僕はただの四歳児です」
「庄屋の八男です」
三郎が即座に突っ込んだ。
「それで通じると思うな」
五郎も小声で言う。
「庄屋の八男が日向を落とすか」
大友の当主は、内心で少し不思議に思っていた。
目の前の子どもに、武将らしい威圧感はない。
強そうな気配もない。
ただ小さい。
だが、この小さい者が米を三倍で買い、伊東の兵を削り、城を落とし、
落とした翌日には帳面と湯浴みを入れていた。
見た目とやっていることが合わない。
だからこそ、恐ろしい。
八郎は先に口を開いた。
「時間も惜しいので、まず決めましょう」
「戦をするか、しないかです」
大友の重臣が眉を動かす。
大友の当主は笑った。
「はっきり言うな」
「では答えよう」
「わしは伊東に助けを求められたから来た」
「来た以上、面子はある」
「だが、ここで無理に戦をする気は薄い」
八郎は頷いた。
「こちらも、攻められれば戦います」
「ただ、自分から大友様へ仕掛ける気はありません」
「では、停戦ですね」
「そうなるな」
一息で、最初の山が越えられた。
すぐに双方の使者が外へ出される。
「停戦の触れを出します」
「先走って矢を射ないよう、各隊へ伝えてください」
「騎馬も下げます」
「ただし、警戒は解かない」
幕の外が慌ただしく動き出す。
中では、次の話に入った。
大友の当主は茶を一口飲み、静かに言う。
「停戦期間だが、そちらの方が利が大きい」
「八郎殿は、これから佐土原以南を整える時間が要る」
「その間、大友が攻めぬとなれば、そちらはかなり助かるはずだ」
八郎は素直に頷いた。
「はい」
「助かります」
「ならば、こちらにも利が欲しい」
大友の当主は続けた。
「一万をここまで動かした」
「兵糧、人足、荷駄、国人衆への触れ」
「ざっくり一万貫、つまり一千万文ほどはかかっておる」
「全部とは言わぬが、負担してもらえれば嬉しい」
島津本家の侍たちがざわついた。
「一千万文」
「高いな」
三郎も顔をしかめる。
「吹っかけてきたな」
だが八郎は、あまり驚かなかった。
「数字としては分かります」
「ただ、今の位置取り、こちらの損害の少なさ、佐土原をすでに押さえていることを考えると、
一千万文を丸ごと払うのは少し違うと思います」
大友の当主が目を細める。
「では、どうする」
「交渉の余地はあると思っています」
八郎は帳面を開いた。
「こちらは半年の停戦を考えておりました」
「もし一千万文を支払うのであれば、三ヶ月延ばしてください」
「九ヶ月の停戦」
「それなら飲みます」
幕の中が静まった。
大友の当主は、しばらく八郎を見てから笑った。
「分かりがよくて助かる」
「九ヶ月にしよう」
「一千万文は、今すぐでなくてよい」
「現物でも構わぬ」
「米、味噌、布、干物、焼酎、砂糖」
「こちらが使えるものならな」
八郎は頷いた。
「助かります」
五郎が小声で言った。
「いいんか、一千万文やぞ」
八郎も小声で返す。
「日にちを買う方がありがたいです」
「その間に、こちらは整えられます」
次は境の話になった。
大友の当主は地図を広げる。
「日向三十五万石」
「そちらは伊東本城と周辺を取った」
「こちらは北日向を拾った」
「どう分ける」
八郎は指を置いた。
「うちは三万五千石の束で領土経営を見ています」
「伊東の直轄と降った国人衆を合わせて、二十一万石」
「できれば二十四万五千石」
「そのあたりをいただければ、経営しやすいです」
大友の当主は少し考え、すぐに言った。
「一千万文ももらう」
「ならば、二十四万五千石をそちらへ認めよう」
「わしらは拾った北日向、十万五千石ほどでよい」
実久様が小さく息を吐いた。
「大きくまとまったな」
島津本家の忠義様も頷く。
「日向の大半がこちらか」
最後に、大友の当主は姫君たちへ目をやった。
「もう一つ」
「わしは八郎殿と縁を結びたい」
「わしよりずいぶん若い」
「わしが老い、次の代になった時、八郎殿はかなりの脅威になろう」
「だからこそ、今から縁を作りたい」
「姫を一人、そちらで受けてもらえぬか」
島津側が一斉に反応した。
実久が咳払いする。
「四郎殿の話は、うちで進んでおる」
島津本家の豊久様も言う。
「うちも、まだ一人は縁を作りたいと思っておる」
三郎と五郎は顔を引きつらせた。
「また戦場で縁談か」
「もう勘弁してくれ」
八郎は落ち着いて言った。
「島津本家、分家ともに、すでに姫君との縁があります」
「もう一つ、自然に結べそうな縁もあります」
「ですので、上から決めるより、姫君方に遊学として来ていただくのがよいと思います」
大友の姫君たちが顔を上げた。
「遊学?」
「はい」
八郎は頷く。
「佐土原の市」
「寺社市」
「湯浴み」
「帳面」
「借金整理」
「米払い」
「それを見てください」
「その中で兄様方と話し、縁が深まるなら、それが一番よいです」
「努力するという覚書なら、書けます」
大友の当主は満足そうに笑った。
「それでよい」
「九ヶ月の停戦の間に、遊学、見学、縁組」
「同盟も含めて考える」
「悪くない」
八郎は筆を取った。
停戦九ヶ月。
大友へ一千万文相当を支払う。現物可。
北日向十万五千石は大友。
佐土原以南二十四万五千石は八郎・島津側。
姫君の遊学を受け入れ、よき縁を作るため互いに尽力する。
一刻ほどで、大枠はまとまった。
外へ停戦の触れが走る。
兵たちの緊張が、少しずつほどけていく。
大友の当主は立ち上がり、笑った。
「では、停戦の祝いに、少し酒でも飲むか」
三郎が鍋の方を見た。
「結局、宴会になるんか」
八郎は真面目に言った。
「腹が減ると、停戦も荒れます」
五郎が呆れる。
「全部飯に戻るな」
その日、佐土原の外で、大友と八郎・島津は槍を交えずに酒を酌み交わした。
だがその酒の裏には、銭、領土、姫、縁、そして次の九州の形が、静かに混ざっていた。




