1534年9月1週目。島津本家が伊東との休戦期間終了に伴い挙兵。伊東の城を包囲しじっくり飯を炊きながら追い詰めるwww
九月一週目。
島津本家が三千の兵を上げた。
これで、八郎軍、島津分家、島津本家の連合軍がそろった。
帳面上では一万を軽く超える大軍である。
だが、その進み方は、やはり普通の軍とは違っていた。
槍を並べて一気に押し込むのではない。
陣を少しずつ進める。
飯を炊く。
味噌汁を配る。
酒を振る舞う。
魚の干物を焼く。
そして日向の米を三倍で買う。
その触れは、周辺の村々に広がりきっていた。
「伊東様の城に米を入れろと言われてるけど」
「三倍で買うなら、こっちに出した方がええ」
「飯も食わせてもらえる」
「酒も出る」
「借金の話も聞いてくれるらしい」
農民たちは、米俵を背負い、八郎軍の陣へ向かった。
五郎が米を見て、四郎が帳面をつける。
三郎の飯場では、持ち込まれた米がすぐに炊かれ、兵にも農民にも振る舞われた。
六郎と七郎は、村人に同じ説明を何度もしていた。
「米は買います」
「奪いません」
「ただし、帳面には残します」
「誰がどれだけ売ったか、あとで揉めないようにします」
農民たちは、最初こそ怯えていたが、飯を食い、酒を少し飲むうちに口が軽くなった。
「城の中は、米を集めろ集めろとうるさいです」
「けど、持って行っても褒美は少ない」
「こっちは三倍や」
「伊東様には悪いけど、うちも食わなあかん」
その声は、八郎軍の中で静かに拾われていった。
一方、大隅方面から進んだ二千も、変わらず飯を炊き続けていた。
南からも湯気が立つ。
西からも湯気が立つ。
日向の城は、槍より先に飯の匂いで囲まれつつあった。
伊東方では、当初八千ほどを集めるつもりだった。
だが、農民兵は思うように集まらない。
米は八郎軍へ流れ、国人衆は返事を濁し、兵として城に入る者は減っていく。
結局、伊東方が籠城に入れた兵は六千ほどだった。
「六千か」
伊東の当主は苦々しく呟いた。
「農民兵を入れて八千は欲しかったが」
重臣が唇を噛む。
「国人衆は、よくて中立です」
「八郎につくとは言わぬまでも、こちらへ加わる気配がありません」
「米も、三倍買いに吸われております」
そこへ、大友へ出した使者が戻った。
使者は疲れ切った顔で膝をつく。
「大友様より」
「援軍を出すには条件を詰めよ、と」
「領土、金、兵糧、戦後の扱い」
「それを明らかにせよとのことです」
広間に、重い沈黙が落ちた。
重臣の一人が吐き捨てるように言った。
「丁よく追い払われたな」
「至急助けてくれ、では動かぬということか」
伊東の当主はしばらく黙っていた。
やがて、低く言う。
「もう一度出せ」
「今度は条件を持たせる」
使者が顔を上げた。
「どのように」
「この危機が去れば、大友に振る」
「配下に入る、とまでは今すぐ言えぬ」
「だが、共存の形を取る」
「領土は半分割譲する」
広間がざわめいた。
「半分ですか」
「それほどまでに」
当主は鋭く睨んだ。
「このままでは全て失う」
「半分で家が残るなら、まだましじゃ」
「それに、日向の北側には手を出さぬとも伝えろ」
「大友が北日向を押さえたいなら、こちらは争わぬ」
「銭は出せぬ」
「だが土地は出せる」
「人質も出す」
「一族の者を差し出す」
重臣たちは顔を見合わせた。
それは、伊東が出せる最大の切り札だった。
「よろしいのですか」
「よいも悪いもない」
当主は苦く笑った。
「これを乗り越えねば、我らの家は滅びる」
「出せるものは全部出す」
「早馬を出せ」
使者は深く頭を下げ、すぐに城を飛び出していった。
だが、その間にも包囲は進む。
八郎軍は城へ無理に突っ込まない。
陣を広げる。
村々へ飯を配る。
米を買う。
国人衆へ文を送る。
「降れば命は保証する」
「借金は見ます」
「城主には責任を取ってもらう場合がある」
「だが住まいと食い扶持は保証する」
その文を受け取った国人衆たちは、ますます伊東から距離を取った。
「伊東が勝つなら伊東につく」
「だが勝てるのか」
「八郎は米を奪わぬ」
「島津もついておる」
「大友は動くのか」
誰も答えを出せない。
だが、答えを出さないこと自体が、伊東には痛かった。
八郎の陣では、夜になると宴のような空気すらあった。
兵に酒が少しずつ配られ、農民にも飯が振る舞われる。
干物が焼かれ、味噌汁の匂いが広がる。
城の中から見れば、腹立たしい光景だった。
外では飯を食い、笑い声が上がっている。
中では米を数え、逃げ出す者がいないか見張っている。
三郎は大釜を見ながら言った。
「包囲してるというより、村祭りやな」
五郎は帳面を閉じる。
「でも、これが一番きついんやろな」
「城の中から見たら」
四郎も静かに頷いた。
「外に出れば飯と銭がある」
「中に残れば不安と米の減りを見る」
「心が削られる」
八郎は日向の城を見つめていた。
「急ぎません」
「国人衆が降るのを待ちます」
「大友の返事も待ちます」
「伊東がどこまで差し出すかも見ます」
「その間、飯を炊きます」
三郎が笑った。
「ほんまに、飯炊いて国を取る気やな」
八郎は小さく頷いた。
「はい」
「できるだけ、人を死なせずに」
「腹と銭と借金で、城を開けます」
日向の夜に、湯気が立つ。
味噌汁の匂いが流れる。
城壁の内側で、それを嗅いだ兵の一人が、ぽつりと呟いた。
「外は、うまそうやな」
その一言が、伊東の籠城を少しずつ内側から腐らせていった。




