1534年8月2週目。日向侵攻の前に島津本家の姫君達とお茶会。日向平定後の市の立ち上げに参加しながら八郎兄弟と仲良くしたい(笑)
日向へ向かう準備が進む中、八郎は兄たちを連れて島津本家の館へ挨拶に向かった。
三郎、四郎、五郎、六郎、七郎。
そして二郎は、当然のように春姫の隣へ座らされていた。
春姫の横で、二郎は少し背筋を伸ばしながら、ちょこんとしている。
三郎が小声で言った。
「二郎兄さん、完全に定位置やな」
五郎も頷く。
「もう向こう側の人や」
二郎が小声で返す。
「聞こえてるぞ」
そんなやり取りを見て、春姫は楽しそうに笑った。
茶が出され、島津本家の姫君たちが席に並ぶ。
その中で、長女格の姫が四郎へ視線を向けた。
「四郎様」
「島津分家の姫君と、仲良くされているそうですね」
「おめでとうございます」
四郎は慌てて手を振った。
「いやいや」
「まだ、おめでとうとかではありません」
「文をやり取りするかもしれない、というくらいで」
長女格の姫は穏やかに頷いた。
「はい」
「そのお話を聞いておりますので、こちらから無理に押すつもりはありません」
「ただ、少し残念ではあります」
四郎は困ったように目を伏せた。
その隣で三郎と五郎が、ほんの少しだけ息を吐いた。
だが、その息を吐いたところを、姫君たちは見逃さなかった。
長女格の姫は、今度は三郎と五郎へ向き直る。
「これから日向へ向かわれるのですね」
八郎が小さく頷いた。
「はい」
「まず国境近くまで進み、飯を炊き、米を買い、様子を見ます」
「戦が終わった後は、市の立て直しも必要になります」
長女格の姫は、少し目を輝かせた。
「島津本家領で市の立ち上げをお手伝いした時、私たちは町娘になりきって働きました」
「正直、とても楽しかったのです」
「湯が沸き、米払いが始まり、村の人たちの顔が変わる」
「その場にいられるのは、得難い経験でした」
別の姫も頷く。
「ですので、無事に日向で成果を上げられた暁には、私たちも行かせていただきたいと思っています」
「皆様のお役に立てれば嬉しいです」
「そして」
少し間を置いて、長女格の姫は微笑んだ。
「接触機会を与えていただければ、なお嬉しいです」
三郎と五郎の肩が、ぴくりと動いた。
八郎はにこりと笑う。
「もちろん、そのつもりでおります」
「島津分家の姫様方も、同じように望んでおられます」
「ただ、日向は占領地になる可能性があります」
「荒れることもあるでしょう」
「その時は、兄様方を頼ってください」
三郎がすぐに慌てた。
「いやいや」
「俺ら、そんな頼れる男かどうか分かりませんよ」
五郎も続ける。
「弱々しい男なので」
「占領地で頼られても、困るかもしれません」
姫君たちは一斉に首を傾げた。
「なぜ、そんなに逃げ腰なのですか」
「八郎様がそう言ってくださっているのです」
「遠慮なく頼らせていただきます」
三郎と五郎は顔を見合わせた。
「逃げ道が消えた」
「八郎が消した」
八郎は涼しい顔をしている。
「縁です」
「外堀やろ」
長女格の姫は、笑いを含んだ声で続けた。
「こちらとしても、日向を押さえることで、大友や大内との縁談が出てくる可能性があると
聞いております」
「そうなる前に、私たちも皆様ともう少し接点を持ちたいのです」
「一緒に働く中で、仲良くなれたらと思っています」
妹姫が少し照れながら言った。
「島津分家の方々は、柔らかい空気で近づいておられるようですが」
「私たちは、なかなかそれが出せません」
「本家の姫という敷居もあります」
「私たち自身も、不器用です」
「ですから、仕事ぶりを見ていただくというか」
五郎が思わず突っ込んだ。
「職人みたいになってますやん」
姫君たちは少し笑った。
「そうかもしれません」
「でも、仲良くなりたい気持ちはあります」
「ただ、どう表せばよいのか、考えているのです」
三郎は少し困った顔で頷いた。
「まあ、それは分かります」
「僕らも、目の前の仕事に取り組もうと思っています」
その瞬間、妹姫がすっと三郎の袖をつまんだ。
「そこは、私たちの方へ目を向ける、ではないのですか」
三郎が固まる。
「いや、目を向けたい気持ちはあります」
「いっぱいあります」
「ただ、占領地なので、集中した方がええかなと思って」
今度は五郎の袖が引っ張られた。
「では、ご飯を食べながらならどうですか」
五郎が苦笑する。
「ご飯を食べたら、疲れて寝たくなるかもしれません」
「どこまで逃げるのですか」
「逃げてません」
「寝ようとしているだけです」
「それを逃げると言います」
春姫が隣でくすくす笑い、二郎は遠い目をした。
「分かるぞ、五郎」
「でも、その言い訳は通らん」
五郎が悲しそうに二郎を見る。
「経験者が言うと重いです」
長女格の姫は、袖を引かれて困る三郎と五郎を見ながら、柔らかく言った。
「日向では、まず仕事で構いません」
「市を立て、湯を沸かし、米を受け取り、帳面を見る」
「その中で、少しずつ話せればよいのです」
「逃げずに」
三郎は観念したように息を吐いた。
「仕事なら」
五郎も小さく頷く。
「飯を食べながらなら」
妹姫がすかさず言う。
「では、約束ですね」
「言質取るの早くないですか」
八郎は満足そうに茶を飲んだ。
「順繰りです」
三郎と五郎が同時に睨んだ。
「だから縁を市みたいに言うな」
島津本家の広間に、笑い声が広がった。
日向へ向かう前の挨拶は、戦の話であり、仕事の話であり、そして逃げ腰な兄たちの袖が
少しずつ引かれる場でもあった。




