1534年8月1週目。島津分家の館で実久と千代姫を中心に四郎と姫君の婚姻について作戦会議www
実久は、8月1週目のある夜、分家の姫君たちを静かに集めた。
宴の熱はまだ城の中に残っている。
侍衆は借金完済で浮かれ、商家衆も芋焼酎を飲み、三郎や五郎、四郎たちはようやく
少し解放されたところだった。
実久は上機嫌に笑っていた。
「八郎殿のところには、宴が大いに盛り上がったことは伝えておいた」
「それから、四郎殿とうちの姫の話も、少し話しておいたぞ」
そう言って、いたずらっぽく目を細める。
姫君たちは少し顔を赤らめた。
千代姫が静かに言う。
「父上、ここからが大事ですね」
「そうじゃ」
実久は頷いた。
「残り一週間、四郎殿はここにおる」
「姫もおる」
「ここまではよい」
「この間に話が決まれば万々歳じゃ」
「我らは見守るだけでよい」
だが、実久はすぐに腕を組んだ。
「ただな」
「八郎殿や兄上方の話を聞く限り、八郎家の男衆は最後のところで決めきらぬ」
「嫌ではない」
「落ち着く」
「ありがたい」
「そこまでは言う」
「しかし、最後の一歩が遅い」
千代姫は小さく笑った。
「優しいのです」
「相手の家や気持ちを考えすぎるのでしょう」
「それは美点じゃが、縁談では難点にもなる」
実久様は姫君たちを見た。
「だから、後ろから押してやればよい」
「ただし、押し潰してはならぬ」
その言葉に、四郎と話していた姫君が真剣に頷いた。
「はい」
実久様は地図を広げた。
「問題は、その先じゃ」
「八月末から九月にかけて、日向で戦が始まる」
「まだ平定すると決まったわけではない」
「だが、おそらく平定に向かう」
「北肥後と比べれば、難しさは違う」
「こちらは南と西、あるいは二か所から兵を焚きながら進める」
「国人衆も、一万ほどの軍勢が見えれば、降る者が出るじゃろう」
姫君の一人が息を呑む。
「伊東は抗えますか」
「八千ほどは集めるかもしれぬ」
実久様は地図の上に小石を置いた。
「だが、八郎殿はまともにぶつからぬ」
「兵糧を焚く」
「米を押さえる」
「島津の騎馬で荒らす」
「火矢で眠らせぬ」
「そうして八千を七千、六千に削る」
「最後は籠城じゃ」
「そこへまた飯の匂い、太鼓、火矢、降伏の道を見せる」
「おそらく落ちる」
千代姫は静かに頷いた。
「落ちた後、市を入れるために、八郎家の兄様方が行くのですね」
「そうじゃ」
「四郎殿も行く可能性が高い」
「そこに、うちの姫がつければよい」
姫君の顔が明るくなる。
だが、実久様はすぐに渋い顔をした。
「ただ、話はそこからややこしくなる」
「島津本家の姫君たちも来るかもしれぬ」
部屋の空気が少しざわついた。
千代姫が落ち着いた声で言う。
「本家の姫君たちは、市立ち上げの楽しさを知ってしまいましたからね」
「ただ、戦そのものについていくことは、さすがに少ないと思います」
「戦が終われば、すぐに私たちも動けるようにしておきましょう」
「本家の姫君方から邪魔が入らないよう、場は整えます」
実久は千代姫を見て笑った。
「頼もしいのう」
千代姫は涼しい顔で返す。
「四郎殿と姫の話がそこで決まれば、御の字です」
「ただ、そこで大友の縁談が出てくると、一気にややこしくなります」
実久は深く頷いた。
「大友か」
姫君の一人が不安げに尋ねた。
「大友と手を結ぶ可能性はあるのですか」
「あるかないかで言えば、ある」
実久は答えた。
「ただ、実際に日向を取ってみなければ分からぬ」
「取れば、八郎殿の勢力はさらに大きくなる」
「島津本家、分家、八郎領を合わせれば、すでに八十万石ほど」
「そこへ日向三十五万石が入れば、百二十万石に届く」
「数字だけで言えば、九州でも一、二を争う勢力じゃ」
「大友も無視はできぬ」
千代姫が続ける。
「ただ、大友も大友で、領地も影響力もあります」
「簡単に動けるとは限りません」
「それに、八郎様は島津の武で動いています」
「ただの一領主ではありません」
「だからこそ、縁談が政治になるのです」
姫君たちは黙って聞いていた。
実久様は、少し声を柔らかくした。
「とはいえ、目先じゃ」
「まずは四郎殿と姫が結ばれるのが一番綺麗じゃ」
「八郎家への恩も形になる」
「我らも施しを受けただけではなくなる」
「姫も慕う相手に嫁げる」
「四郎殿も、落ち着く相手を得られる」
姫君は小さく頷いた。
「私は、四郎様と話していると落ち着きます」
「押しつけたくはありません」
「でも、できるなら一緒にいたいです」
千代姫が優しく言った。
「その気持ちは、ちゃんと伝え続けなさい」
「ただし、焦らせすぎてはいけません」
「八郎家の方々は、逃げ道を完全に塞がれると畳に転がります」
実久が吹き出した。
「確かに三郎殿と五郎殿は転がりそうじゃ」
「四郎殿は転がりはしませんが、考え込みます」
千代姫は微笑む。
「だから、隣にいる時間を増やすのです」
「茶を飲む」
「市を見る」
「寺社市を回る」
「日向の立て直しで同じ帳面を見る」
「そこで、四郎殿が自分で決めるのを待つ」
実久は腕を組んだまま唸った。
「難しいな」
「無理くり押し込むのは違う」
「だが、のんびりしすぎれば大友や大内の話が降ってくる」
「縁談というのは、戦より厄介じゃ」
千代姫は少し笑った。
「でも、だからこそ今動くのです」
「祝いの勢いがあり、借金完済の恩があり、姫の気持ちもある」
「残り一週間で、少しでも四郎殿の心がこちらに向くようにしましょう」
実久様は満足そうに頷いた。
「よし」
「押す」
「ただし、潰さぬ」
「囲む」
「ただし、逃げ道は少し残す」
姫君たちは顔を見合わせ、思わず笑った。
それはまるで戦の評定だった。
だが、今攻める城は日向ではない。
四郎という、穏やかで、のれんに腕押しで、けれど逃げ切る気もなさそうな男の心だった。
実久は最後に、にやりと笑った。
「八郎殿が帳面で国を取るなら」
「我らは茶と笑顔で縁を取る」
千代姫が静かに頷いた。
「順繰りですね」
その言葉に、部屋中が笑いに包まれた。




