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1534年8月1週目。大隅の庄屋衆の借金が消えたのでお礼に450万文分仕入れを寄付。旧相良領の侍の借金帳消し。

八月一週目。

本拠の広間では、また帳簿合わせが始まっていた。

帳面は以前よりさらに厚くなり、積まれた紙束を見るだけで、

三郎がいなくても誰かがため息をつきそうな量である。

八郎はいつものように正座し、父、母、番頭衆、庄屋衆、職人衆、侍衆の代表を見渡した。

「細かい数字は、あとで全部見てください」

父が苦笑した。

「ほんまに毎週それやな」

「細かすぎるんです」

八郎は当然のように言った。

「大きなところだけ話します」

「まず、大隅の庄屋衆の借り入れですが、仕入れで順繰り返せました」

広間がざわつく。

大隅はまだ取って日が浅い。

市も湯浴みも寺社市も、ようやく根を張り始めたところである。

その庄屋衆の借り入れが、仕入れと売上の流れで消えたというのは大きかった。

「ですので、祝いも兼ねて、一回分の仕入れ分」

「四百五十万文を、こちらへ寄付いただく形になりました」

「ありがとうございます」

庄屋衆が頭を下げた。

「こちらこそでございます」

「借金が消えた上に、次の展望が見えるようになりました」

「八郎様、八郎商会には感謝しかございません」

八郎は小さく頷いた。

「では、次です」

「旧相良領の侍衆の借金、八百万文」

「これを消しました」

今度は、広間が大きく揺れた。

「八百万文……」

「またでかいですな」

実久が来ていれば大笑いしただろうが、この場の侍衆もさすがに目を丸くしている。

父が呟いた。

「最近、数字が大きすぎて分からんようになってきたな」

母も頷く。

「八百万文言われても、どれくらいすごいのか、もう感覚が追いつかへん」

八郎は淡々と言った。

「大きいです」

「ですが、旧相良領の侍衆を軽くしておくことは大事です」

「日向を見るなら、肥後側の背中を固める必要があります」

「侍衆が借金で首を絞められていると、動きも鈍ります」

「家の中も荒れます」

「それを消しておきます」

父が帳面を見ながら言った。

「本当は、島津本家の借金を消したかったんやろ」

八郎は頷いた。

「はい」

「戦がありますから、島津本家の侍衆の借金も消したい気持ちはあります」

「ですが、それは順番が違うと思いました」

「島津本家は市を立ち上げたばかりです」

「寺社市もまだ根が張っていません」

「先にこちらの近いところを固めます」

「肥後と薩摩の北西部」

「自分たちの領地に近いところから、順繰り借金を消していきます」

五郎がいれば、また順繰りか、と突っ込んだだろう。

八郎は地図に置かれた小石を動かした。

「この辺りが豊かになれば、北肥後の国人衆に見えます」

「南に行けば借金が消える」

「米が買い叩かれない」

「湯浴みがある」

「寺社市がある」

「侍も庄屋衆も軽くなる」

「それを見せます」

父が腕を組む。

「北肥後を、羨ましがらせるんやな」

「はい」

「攻める前に、心を寄せます」

帳面合わせが一段落したころ、実久からの使者が入った。

その使者は、にやにやと笑っていた。

「実久様より申し上げます」

「先日の宴会、大いに盛り上がりました」

「四郎殿とうちの姫君が、なかなかよい感じであったとのことです」

母がぱっと顔を明るくした。

「あら」

「それは喜ばしいですね」

父も頷く。

「無理やりでないなら、なおええ」

使者は続けた。

「姫君に、四郎殿と結婚する気があるのかと尋ねたところ、結婚したいと申しておりました」

広間に、少し温かなざわめきが起こる。

「日向の方でも、一緒に過ごす機会を作れないかという話になっております」

八郎はにこにこと頷いた。

「よいですね」

「市の立て直しに一緒に入れば、自然に話す時間も増えます」

父が八郎を見た。

「お前、またそういう道を作ってるんやな」

「兄様思いですので」

八郎が胸を張ると、母がすぐに笑った。

「自分で言うな」

使者も笑いながら言った。

「その話は、侍衆の間でも出ておりました」

「武家では、顔も知らぬ相手と結婚することも珍しくありません」

「その中で、ここまで会う機会、話す機会、仕事を共にする機会を作ってくださる八郎様は、

 兄上思いだと」

八郎は満足げに頷いた。

「そうでしょう、そうでしょう」

父がまた突っ込む。

「だから自分で言うな」

母は笑いながらも、少し優しい目で八郎を見た。

「でも、無理に道具にせず、ちゃんと気持ちも見ようとしてるのは偉いよ」

「四郎も、落ち着くと言っていたのでしょう」

「はい」

八郎は頷く。

「嫌ではない」

「一緒にいると落ち着く」

「それはかなり大事です」

使者はさらに続けた。

「それに、こちらとしても、千三十万文もの借金を返していただいて、何もしないというのは

 気持ちが悪いのです」

「縁を作れるなら、施しを受けただけではなく、家同士の結びとして返せる」

「そう考える者が多くおります」

父が静かに頷いた。

「なるほどな」

「恩を恩のままにしておくと、重すぎるんやな」

「はい」

八郎は言った。

「だから、縁も大事です」

「銭だけでは軽くならないものがあります」

使者は笑った。

「実久様は、かなりうきうきされております」

「それと、島津分家の部隊ですが」

「二千人はいくと思う、とのことです」

広間の空気が変わった。

「二千人か」

「はい」

「借金が消えたことで、侍衆の士気は非常に高いです」

「日向への出兵にも、参加したいという声が増えております」

八郎は静かに帳面へ筆を走らせた。

「では、兵糧を増やします」

「湯浴み釜も少し余分に」

「火矢の運搬も見直します」

「二千人なら、飯の数も変わります」

母が呆れたように笑う。

「縁談の話から、すぐ兵糧の話になるんやから」

八郎は真面目な顔で答えた。

「全部つながっています」

「四郎兄様の縁も」

「島津分家の士気も」

「旧相良領の借金も」

「北肥後への圧も」

「日向の戦も」

「帳面に乗せれば、一つの流れです」

父は深く息を吐いた。

「ほんまに、とんでもない子やな」

母はその横で、少し誇らしそうに笑った。

「でも、ようやってる」

八郎は照れ隠しのように帳面を閉じた。

八月一週目。

大隅の借金が消え、旧相良領の侍衆が軽くなり、島津分家では四郎の縁が少し形を持ち始めた。

そして日向へ向かう連合の足音は、帳面の上でまた一歩、大きくなっていた。

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