1534年7月4週目。島津分家の宴会が盛り上がる中、四郎と仲良くしている姫は結婚に前向きだと告白するが四郎はまだ。日向での市の立ち上げの時も一緒にいたら決心できるのでは?
宴の熱が、さらに上がってきたころだった。
三郎と五郎は、四郎の隣に座っていた分家の姫君を見た。
その姫君は、先ほどから四郎と静かに話し、時折嬉しそうに笑っている。
三郎がにやりとした。
「なあ、姫様」
「四郎を慕ってるってことは、あれなんですか」
五郎も続ける。
「結婚という話になったら、はいと言うんですか」
姫君は、少し頬を赤らめた。
しかし、目はまっすぐだった。
「はい」
「もちろんです」
四郎は固まった。
「いや、ちょっと」
「僕はまだ、よく分かっていないというか」
三郎がすぐに言う。
「分からんのは、いつまで経っても分からんねん」
五郎も頷く。
「お前、落ち着くって言うてたやろ」
「嫌ではないとも言うた」
四郎は困った顔をした。
「それは、そうですけど」
三郎は杯を置き、少し真面目な声になった。
「今度、日向を攻めた後、市を立て直す話がある」
「島津本家の姫君たちは、たぶんついてくる」
「市の立ち上げが楽しかった言うてたからな」
五郎が姫君の方を見る。
「今ここで分家でやってるようなことを、日向でもやる」
「その時、姫様もついてきたらどうですか」
「四郎と一緒にいる時間は増えますよ」
姫君はすぐに頷いた。
「それは嬉しいです」
「ぜひ、行けるなら行きたいです」
四郎がまた困る。
そこへ、千代姫が笑いながら口を挟んだ。
「私たちも、ついていきますよ」
三郎と五郎が同時に声を上げる。
「えー」
千代姫は涼しい顔だ。
「接触の機会が多いことは、ありがたいのでしょう」
「なら、よいではありませんか」
「一郎様と私は行けるか分かりませんが、姫君たちは機会があれば、
一緒にいる時間を増やしたいと思っていますよ」
分家の姫たちも頷く。
「本家の姫君方が来られるなら、こちらも対抗心が出ます」
「対抗せんといてください」
五郎が即座に言った。
姫はにっこり笑う。
「私たちなりの心遣いです」
そこへ実久様が、酒を片手に近づいてきた。
「なんじゃ、四郎殿の話か」
「この流れなら、少し押せばいけそうではないか」
四郎が慌てる。
「いやいやいや、ゆっくりでお願いします」
千代姫が静かに言った。
「でも、ゆっくりしていたら、大友との縁談が入ってくるかもしれませんよ」
四郎はぴたりと止まった。
「それは……そんなにゆっくりもできないですね」
三郎が笑う。
「お前、急に現実見たな」
四郎は少し照れたように言った。
「結婚している一郎兄さんを見ていると、悪くないのかなという気はします」
一郎が頷く。
「そら、あれや」
五郎が横から言う。
「二郎兄さんのところを見てないから、そう思うんやぞ」
「春姫様の時は、ほんまに圧がすごかった」
四郎は苦笑した。
「こちらの方が、圧が薄いというのはありますね」
実久は大笑いした。
「薄いか!」
「まあ、本家よりは薄いかもしれんが」
侍衆の一人が杯を掲げた。
「我らとしても、縁談が一つ決まれば、また祝いができますからな」
「なんなら、日向で式を挙げてもよいではありませぬか」
「気持ちを高めていって」
四郎は頭を抱えた。
「どこまで行っても話が大きくなる」
別の侍が真面目に言う。
「しかし、四郎殿」
「我らなど、家と家の結婚で、相手の顔を当日まで知らぬこともあります」
「家の格や近さで顔見知りの場合もありますが、それでも、どの家と結ぶかは自分だけでは決められぬ」
「その中で、こうして会う機会を作り、話す時間を作ってくださる八郎様は、
やはりすごいと思いますぞ」
一郎が頷いた。
「八郎は、兄弟を外交の道具にせずに、ちゃんと気にかけてる」
「そのうえで道を作ってる」
侍はさらに続けた。
「そして、姫君が慕っていると言ってくださる」
「それは、男として受け止めるところがあると思います」
「やましい意味ではなく」
「そう言ってくれる方がいるのに、別のところへふらふら行くのは、どうなのかと」
四郎は静かに姫君を見た。
姫君は不安そうに、けれど逃げずに座っている。
千代姫が穏やかに言った。
「もちろん、合わないなら無理をする必要はありません」
「でも、話していて落ち着くのでしょう」
「かわいいには賞味期限があります」
「でも、落ち着くは長いですよ」
その瞬間、一郎がむせた。
千代姫がじっと一郎を見る。
「なんですか」
「私はかわいい間は愛でられて、かわいくなくなったら愛でられなくなるのですか」
一郎は慌てた。
「そんなことはないぞ」
「最初は、顔がかわいいなと思うこともある」
「でも、話していくうちに情が湧く」
千代姫は目を細める。
「最初は顔だけだったのですか」
「違う」
「いや、顔もかわいいと思ったけど、それだけではない」
「話していて落ち着く」
「一緒にいて、変に疲れない」
「それが大事なんや」
千代姫は少し頬を緩めた。
「なら、よろしいです」
三郎が笑う。
「一郎兄さん、必死やな」
一郎は杯を置き、四郎を見た。
「でも、ほんまに落ち着くのは大事や」
「顔が良くても、家の中を引っかき回す人もおる」
「高い物ばかり欲しがって、家計が苦しくなる家もある」
「尻に敷かれるのが悪いとは言わんけど、無茶苦茶されると家がもたん」
五郎も頷いた。
「若い頃は、かわいいでいいかもしれん」
「でも、それだけでは続かん」
「落ち着いて話せるというのは、かなり大きい」
三郎が姫君と四郎を見比べた。
「見ていて、合わへんとは思わん」
「合うとまで言うと、こっちも責任があるけどな」
侍衆が笑う。
「合わなくない、というのは大事ですぞ」
千代姫も頷いた。
「そうです」
「合わないと分かる縁より、合わなくないと思える縁の方が、ずっとよいです」
四郎はしばらく黙っていた。
やがて、姫君の方を向く。
「僕は、まだ好きというものがよく分かりません」
「でも、一緒に話していると落ち着きます」
「嫌ではありません」
「それでよければ、日向の市立て直しの時も、一緒に来てください」
姫君は、花が咲くように笑った。
「はい」
「喜んで」
三郎と五郎が、同時に杯を掲げた。
「一歩進んだな」
「逃げなかっただけ偉い」
四郎は苦笑した。
「兄様方が逃げている分、僕が逃げにくいんです」
「それを言うな」
宴の中に、また大きな笑いが起こった。
借金完済の祝いは、いつの間にか四郎の縁の祝いの前祝いのようになっていた。




