1534年7月4週目。侍の借金1000万文を消してくれたまつりが開催。庄屋衆や侍が八郎の兄達を囲む。
その夜、島津分家の城は祭りのようになっていた。
実久様は、一郎と千代姫まで連れて戻ってきた。
一郎は荷を下ろすなり、甕をいくつも並べる。
「芋焼酎や」
「八郎領の今年の分です」
実久は満面の笑みで立ち上がった。
「今日は祭りじゃ!」
「商家衆も侍衆も、よう飲んでくれ!」
「これは八郎領の芋焼酎じゃ!」
「今年はまだ少なく、贈答用の品じゃが、来年からは違うぞ」
実久は一郎の肩を叩いた。
「一郎殿が芋の作付けを広げてくれておる」
「次の春には、もっと芋ができる」
「芋焼酎も増える」
「味もさらにようなるかもしれん」
「つまり、暮らしがようなるということじゃ!」
侍衆も庄屋衆も、どっと湧いた。
「庄屋衆の借金は消えた!」
「侍衆の借金も消えた!」
「城の借金はまだあるが、それは仕方ない!」
「八郎殿が、また何とかしてくれる!」
実久は笑いながらも、少し目を潤ませていた。
「わしは、これほど借金を抱えておったことを恥ずかしいと思っておった」
「だが、八郎殿はそうではないと言うてくれた」
「八郎商会があるから消せるのだと」
「そして、兄上方のおかげでもあるとな!」
実久は三郎たちを指した。
「今日の飯も、三郎殿が腕によりをかけてくれた!」
「よう食ってくれ!」
「そして、八郎殿の兄上方に感謝しようではないか!」
その言葉を合図に、侍衆がどっと三郎、五郎、四郎、六郎、七郎を囲んだ。
「ありがとうございます!」
「何代もかけて返さねばならぬと思っていたものを!」
「家の重しが取れました!」
ごつい侍たちに囲まれ、三郎は苦笑しながら杯を受けた。
「いや、返したのは八郎ですから」
「それでも、兄上方が市を回してくださったからです」
五郎も頭をかく。
「まあ、返した後は、次を考えた方がいいですよ」
「次?」
侍が顔を上げる。
三郎は焼き魚を皿に取りながら言った。
「交易です」
「琉球との交易とか、砂糖、芋、焼酎だけでもかなり利益になります」
「こちらから持っていけるものも増えてきてますし」
「借金が消えたら、次は稼ぐ方へ回した方がいいです」
庄屋衆が目を輝かせた。
「なるほど」
「八郎商会についていけば、そこも見えるのですな」
五郎は酒を少し飲んで言った。
「それと、次の戦では火矢を大量に集めているみたいです」
「夜に眠らせないようにするとか」
侍衆が笑った。
「それは楽しそうですな」
「八郎殿の戦は、我ら武を磨いてきた者からすると、少し物足りぬところもあります」
「だが、よくよく考えると、死ぬ者が少ない」
「それがよい」
別の侍も頷く。
「小競り合いの怖さとは違う怖さがある」
「飯の匂い、太鼓、火矢、湯浴み」
「何をされるか分からぬ怖さですな」
「面白い」
「八郎殿は九州を取りますぞ」
三郎は慌てて手を振った。
「いやいやいや」
「大友も大内もありますから」
五郎も苦笑する。
「なんなら、日向がうまく取れたら、大友や大内との縁談の話まで出るかもしれないんです」
侍衆は一瞬黙り、それから大笑いした。
「それはお気の毒様としか言えませぬな!」
「戦より縁談の方が怖いとは!」
三郎はため息をつく。
「ほんまにそうなんですよ」
「島津本家でも詰められ、分家でも詰められ」
「でも、こちらの姫君方もお綺麗ですぞ」
侍の一人がにやにやと言う。
「そこがまた困るんです」
五郎が杯を置いた。
その時、三郎がふと視線を向ける。
四郎が、少し離れた席で分家の姫君と静かに話していた。
杯を交わすわけでもなく、ただ茶を飲みながら、ゆっくり言葉を交わしている。
三郎は目を細めた。
「四郎」
「こっち来い」
四郎が不思議そうに振り向く。
「何ですか」
「お前はどうなんや」
三郎は詰め寄った。
「俺らがこんなに苦しんでるのに、お姫様と普通に楽しそうに話しやがって」
「なんや、その落ち着いた感じは」
「もっと圧を感じないのか」
四郎は困ったように笑った。
「圧は感じますよ」
「でも、言い方というか」
一郎も興味深そうに聞いた。
「四郎は、嫌ではないのか」
四郎は少し考えた。
「嫌ではないです」
「ただ、家同士の話になると、二の足を踏むところはあります」
「でも、今日もお話ししていて、すごく落ち着くんです」
「僕は、別に嫌ではありません」
三郎と五郎が顔を見合わせる。
千代姫が微笑んだ。
「嫌でないなら、このまま縁談を進めてもよいのではありませんか」
すると、相手の姫君が少し頬を赤らめた。
「私は、お慕い申し上げているつもりなのですが」
「四郎様は、なんというか、のれんに腕押しというか」
「普通に返してくださるし、とてもよい方なのですけれど」
「好きという感じが、あまり見えなくて」
「私が空振りしているのかなと」
四郎は慌てた。
「いや、落ち着くんです」
「本当に」
「でも、落ち着くと好きの違いが、まだよく分からないというか」
「僕だって、そんなに年がいっているわけではないですから」
三郎がすぐ詰める。
「なんや」
「他の女がいいんか」
「違います」
五郎も乗る。
「他の女がいいんかって、俺らが今まさに詰められてるやつやぞ」
「この三郎五郎の苦労を見てるやろ」
四郎は真顔で頷いた。
「めちゃくちゃ見ています」
「めちゃくちゃ見ているから、怖いんです」
侍衆がまた笑った。
そのうち一人が、四郎の肩にごつい腕を回した。
「しかしな、四郎殿」
「ここまでの恩人に、我らが何も返さぬとなれば、ただ施しを受けただけになります」
「ここで姫君とどなたかの兄上方が縁を結んでくだされば、こちらとしても、より面倒を
見てもらえるという下心が少し薄まるのです」
四郎が苦笑する。
「めちゃめちゃそちらの都合ですね」
侍は堂々と頷いた。
「都合です」
「千三十万文も返していただいたのです」
「都合の一つくらい、出しても許されるでしょう」
そう言って、侍は四郎の背中をばしばし叩いた。
「感謝しておるのです」
「本当に」
周囲からまた杯が差し出される。
「三郎殿にも!」
「五郎殿にも!」
「四郎殿にも!」
「六郎殿、七郎殿も飲め!」
六郎と七郎は慌てて茶に逃げた。
「僕らはまだ茶で」
「茶でお願いします」
実久は上座で大笑いしている。
千代姫は楽しそうに一郎の横で杯を傾け、分家の姫君たちは兄弟たちの困り顔を見て笑っていた。
借金が消えた夜。
芋焼酎が回り、飯が減り、侍たちの声が城に響く。
それは感謝の宴であり、未来の交易の話であり、次の戦の景気づけであり、兄たちへの
逃げ場のない縁談の場でもあった。
三郎は空になった皿を見て、ぽつりと言った。
「八郎、絶対に笑ってるやろな」
五郎も苦笑した。
「本拠で帳面見ながら、にやにやしてるわ」
四郎は相手の姫君にちらりと目を向け、少しだけ照れたように笑った。
「でもまあ」
「悪い宴ではないですね」
その一言に、姫君は嬉しそうに笑った。
宴は、さらに大きな笑いに包まれていった。




