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1534年7月3週目。北九州の情報収集。困りごとがあったら遠慮なく話して。10あるうち1当たれば儲けもの(笑)

北九州の報せが集まったのは、七月三週目の帳面合わせのあとだった。

広間には地図が広げられ、肥後、肥前、筑前、豊後、日向のあたりに小石が置かれている。

八郎はその地図を見ながら、報告役の商人に頷いた。

「では、順番にお願いします」

商人は頭を下げた。

「まず少弐でございますが、こちらは今のところ、あまり大きく考えずともよいかと」

「だいぶ削られております」

三郎が口を挟む。

「大友にか」

商人は首を横に振った。

「いえ、大内にございます」

「ああ、大内か」

八郎は小さく頷いた。

「北の方は、やはり大内が強いですね」

報告役は続ける。

「肥前は、龍造寺がじわじわと力をつけております」

「西は松浦、有馬」

「そのあたりは大きく変わりません」

「ただ、挟まれている肥後の国人衆たちは、だいぶ圧を受けているようです」

四郎が地図を覗き込む。

「北肥後の残りか」

「はい」

八郎領に入っていない肥後の国人衆。

大友、大内、龍造寺、有馬、松浦、その気配を背中に感じながら、じわじわと居場所を

なくしている者たちである。

「大友は」

実久が尋ねる。

「今のところ大きくは動いておりません」

「大内と睨み合い、北のことに気を取られている様子です」

「ただし、こちらが大きく動けば、状況は変わるかもしれません」

「日向は?」

「伊東は、今はあまり動いておりません」

「ただ、こちらが日向へ圧をかけるなら、当然、動く可能性はあります」

報告が終わると、広間に少し重い沈黙が落ちた。

北は絡みすぎている。

少弐、大内、大友、龍造寺。

西には松浦、有馬。

東には日向伊東。

そして南からは八郎領と島津がじわじわ伸びている。

八郎は地図を見つめたまま言った。

「情報としては、そのくらいですね」

「うちとしては、今後日向を取っていくと仮定します」

「その上で大事なのは、湯浴みをどれだけ動かせるか」

「市の利益をしっかり取れるか」

「借金を順繰り減らせるか」

「もう、これに尽きます」

五郎が呆れたように笑った。

「北九州の話をしてたのに、結局、湯浴みと借金に戻るんやな」

「戻ります」

八郎は真顔で答えた。

「国人衆は、強いところにつくだけではありません」

「食えるところにつきます」

「借金が減るところにつきます」

「家族が湯に入れるところにつきます」

「米を買い叩かれないところにつきます」

「そこを見せ続けるしかありません」

実久が腕を組む。

「豊かさを見せる戦じゃな」

「はい」

「刀を抜く前に、隣の村を羨ましがらせます」

八郎はそこで、広間の皆を見渡した。

「それと、困りごとがあれば随時言ってきてください」

「小さなことでも構いません」

「釜が足りない」

「帳面役が足りない」

「寺社市の場所が狭い」

「米払いで揉めている」

「商人が渋っている」

「湯浴みの順番で喧嘩になる」

「何でもいいです」

番頭衆が顔を上げる。

八郎は続けた。

「問題は、言いにくくなることです」

「言わずに詰まることです」

「十個言って、一個でも当たればよいのです」

「これは、うちが小さな商いだったころと同じです」

「握り飯を売っていたころも、混ぜ飯を売っていたころも、誰かが言った小さな困りごとから、

 次の商いが生まれました」

三郎が懐かしそうに笑った。

「あったな」

「汁が欲しいとか、座るところが欲しいとか」

五郎も頷く。

「椀が足らんとか、握り飯が冷たいとか」

八郎は頷いた。

「そうです」

「早く言ってください」

「あかんものは、あかんでよいです」

「できないこともあります」

「でも、その中で一つ拾えたら儲けものです」

「文句は、商いの種です」

広間の空気が、少し柔らかくなった。

以前なら、八郎の言葉は奇妙な子どもの思いつきとして聞かれていた。

だが今は違う。

借金が消えている。

城の借金も、侍の借金も、庄屋衆の証文も、現実に減っている。

湯浴みが建ち、寺社市が動き、米払いが回り、島津本家の姫君たちまで町娘姿で働いた。

その結果を、皆が見ている。

だから、八郎が「文句を言え」と言えば、ただの我儘ではなく、次の仕組みの入口に聞こえる。

宴会のような訓練のような、不思議な評定は続いた。

八郎は干し魚をつまみながら、いつものようにべらべらと喋る。

「火矢の保管場所も文句をください」

「危ないと思ったら言ってください」

「湯浴み場の近くでは絶対に駄目です」

「日向の米を買う時も、誰から買えば揉めにくいか、情報をください」

「北肥後の商人が何を怖がっているかも知りたいです」

「大友が動くなら、先に飯を炊く場所を決めます」

「全部、先に言ってください」

実久様は苦笑した。

「ほんまに、とんでもない速さじゃな」

「国を取る前に、取った後の湯浴みの場所を考えておる」

八郎は少し首を傾げた。

「取った後に困るから、先に考えるのです」

「順番です」

三郎が笑った。

「その順番が早すぎるんや」

四郎は静かに帳面を閉じた。

「でも、今はその速さに皆がついてきている」

五郎も頷く。

「昔は八郎だけが走ってたけど、今は庄屋衆も職人衆も、侍も農民も、走り方を覚えてきた感じやな」

八郎は少しだけ照れた。

「私一人では何もできません」

「皆が文句を言って、皆が動いて、皆が帳面を合わせるからできます」

母が奥から笑った。

「そのわりに、あんたが一番しゃべってるけどな」

広間に笑いが起こる。

八郎は胸を張った。

「私は四歳児なので、口で頑張ります」

「都合のいい時だけ四歳児になるな」

三郎の突っ込みに、さらに笑いが広がった。

北九州はまだ遠い。

日向もまだ取っていない。

大友も、大内も、龍造寺も、簡単な相手ではない。

それでも、八郎の前に広げられた帳面には、すでに次の一手がいくつも書き込まれていた。

湯浴み。

市。

借金。

米。

火矢。

そして、文句。

小さな文句を拾い上げて、大きな仕組みに変える。

その速さこそが、今の八郎商会の一番恐ろしい力になっていた。

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