1534年7月2週目。帳面合わせのあと、八郎屋敷にて未婚の兄たちとの語らい。姫関係色々重いねんwww
帳面合わせが終わり、久しぶりに本拠の家でゆっくりできる時間ができた。
湯浴みに入り、飯を食べ、布団に転がる。
それだけで、兄弟たちは人間に戻ったような顔をしていた。
だが、未婚の兄弟たちだけが集まると、空気はまた少し重くなった。
三郎、四郎、五郎、六郎、七郎。
そして八郎。
三郎が畳に寝転んだまま言った。
「結構しんどいぞ」
五郎も深く頷く。
「わしら、しばらく家にこもろうと思う」
八郎は首を傾げた。
「そんなわけにはいかないでしょう」
「とりあえず、一郎兄様と千代姫様のところには挨拶に行かないと」
「行かなあかんのは分かってる」
三郎は起き上がり、ため息をついた。
「けどな、この前の島津本家では、ほんまに息つく暇がなかった」
「寝る時だけが解放された感じやった」
八郎は不思議そうに言う。
「なんでそんなに嫌がるんですか」
五郎が即答した。
「嫌がってるというより、重いねん」
「まだ一郎兄さんの時は自然やった」
「二郎兄さんあたりから、もうちょっと無茶苦茶になってきてる」
「家が前に出てきすぎるんや」
八郎は少し考えてから言った。
「でも、日向を落とすまでに何ともならなければ、次は大友と縁談する可能性もあります」
場が固まった。
六郎が顔をしかめる。
「また規模がでかくなってるな」
七郎も呟く。
「大友って、もう仕事やん」
八郎は頷く。
「そうですね」
「大友との縁、あるいは畿内で言えば三好などとの縁も、将来的にはあり得ます」
三郎が頭を抱えた。
「ほんとに勘弁してくれ」
「勘弁してくれで済む話ではありません」
八郎は真面目に言った。
「上から降ってくる話かもしれません」
五郎は苦い顔で言う。
「島津本家と結婚するより、大友の方が仕事感あるな」
「大友は仕事感がありますね」
「島津本家と分家は、本気です」
「生き残りがかかっていますから」
「分かるけどもな」
五郎は天井を見上げた。
八郎は兄たちを見回した。
「では、姫様方は嫌いですか」
三郎と五郎は黙った。
四郎が静かに言う。
「嫌いではない」
五郎も渋々頷く。
「別に、不細工というわけでもないし」
「立ち振る舞いに苛立つこともない」
「いいか悪いかで言えば、いいと思う」
「ただな」
三郎が続けた。
「どこかへ歩くにしても、周りの目がある」
「誘うにも勇気がいる」
「誘われるにも勇気がいる」
「少し仲良くしただけで、家臣や侍女がどう見るか考えてしまう」
五郎が顔をしかめた。
「一線を越えようものなら、監視の目がやばい」
八郎は首を傾げる。
「監視されたら困ることでもあるんですか」
「ないけども!」
五郎は声を上げた。
「なんとなく嫌なんや!」
そこへ、廊下から声がした。
「なんや、まだ悩んでんのか」
一郎と二郎だった。
一郎は少し笑いながら座り、二郎は困ったように兄弟たちを見た。
三郎が恨めしそうに言う。
「そりゃいいですよね」
「いろいろ越えた人たちは」
五郎も頷く。
「一郎兄さんなんか、一番羨ましいですよ」
「千代姫様と自然な感じで」
一郎は肩をすくめた。
「自然に見えただけや」
「それなりに気は使うぞ」
三郎は今度は二郎を見る。
「二郎兄さんは半々です」
二郎が眉をひそめた。
「なんで俺だけ半分哀れまれなあかんねん」
五郎が真顔で言う。
「春姫様の時、大変でしたでしょ」
二郎は少し遠い目をした。
「超大変やった」
「けど、今はまあ……結婚したてでまだぎこちないところもあるけど、それなりになんとかやってる」
「春姫様はよく見てくれるし、俺も芋だけ言うてたらあかんなと思うし」
八郎は頷いた。
「よいことです」
三郎が即座に言った。
「ダメです」
「何がですか」
「裏切り者のお兄様方は、半分信用なりません」
「すぐ向こう側になります」
一郎が笑う。
「向こう側てなんや」
そこへ、さらに廊下から女性の声がした。
「何をそんなにがちゃがちゃ言うてるんですか」
千代姫と春姫がやって来た。
兄弟たちが一斉に姿勢を正す。
五郎が慌てて言う。
「いやいや、男同士の大事な話です」
春姫はくすりと笑った。
「縁談の話でしょう」
「分かりやすすぎます」
千代姫も座りながら言った。
「姫方も、なんやかんや皆さんのことを好いておられますよ」
「ただ、難しいと思っているのも確かです」
「家のことがありますから」
五郎はため息をついた。
「そうなんです」
「こちらとしても、本家と分家、それぞれの姫様方がいる中で、どうしてもどっちつかずになりがちで」
春姫はさらりと言った。
「最後は自分で決めればよいのではありませんか」
三郎が目を丸くする。
「簡単に言いますね」
千代姫も穏やかに続けた。
「正室と側室を取るでも、どちらかを選ぶでも」
「そこは、恨みっこなしです」
五郎が苦い顔をした。
「恨みっこなしで言うのは女性陣だけです」
「こちらは絶対、どこかに恨みが残ると思っているので、怖いんです」
春姫は少し考え、優しく言った。
「だからこそ、ちゃんと話すのです」
「黙って逃げる方が、よほど恨みが残ります」
四郎が小さく頷いた。
「それは、そうかもしれないな」
三郎は頭をかいた。
「結局、逃げられへんのか」
八郎はにこりと笑った。
「逃げるより、話した方が早いです」
五郎が即座に睨む。
「お前が一番逃げ道を潰してるんや」
千代姫は笑った。
「でも、八郎様が道を作ったから、こうして皆で話せているのも事実です」
二郎がぽつりと言った。
「まあ、俺も春姫様とちゃんと話してなかったら、今こうはなってないしな」
春姫は少し頬を赤らめた。
「そうですね」
一郎は弟たちを見て、笑った。
「重いのは分かる」
「でも、重いからこそ、軽く扱わん方がええ」
「飯でも食いながら、湯に入りながら、仕事しながら、少しずつ話せ」
「一気に決めようとするから怖いんや」
三郎と五郎は顔を見合わせた。
六郎と七郎も、少しだけ肩の力を抜いた。
八郎は満足そうに頷く。
「順繰りです」
「だから人の縁を借金返済みたいに言うな」
五郎の突っ込みに、座敷は笑いに包まれた。
けれど、その笑いの中で、兄弟たちは少しだけ分かっていた。
もう逃げ場はない。
ただ、逃げ場がないことと、不幸になることは同じではない。
重い縁でも、話して、笑って、少しずつ形にしていけばいい。
そのことを、一郎と二郎、千代姫と春姫は、すでに少しだけ知っているようだった。




