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1534年6月4週目。八郎が爆速で島津本家に戻ってきた。今の市の先の市まで見据えて風呂釜450個持参。兄上達は2週間本家にいたのち分家で2週間過ごすことが決定www

帳面合わせが終わると、八郎は本当に止まらなかった。

釜、桶、木札、帳面役、湯番、薪の手配を次々に指示し、その日のうちに本拠を発った。

そして夜には、島津本家の城へ戻っていた。

知らせを受けた忠良と貴久は、半ば呆れた顔で八郎を迎えた。

「八郎殿」

忠良は開口一番、眉をひそめた。

「早すぎんか」

「速さが命です」

八郎は平然と答える。

「少し遅れますが、明日の朝には釜が四百五十個届きます」

「四百五十?」

貴久が声を裏返した。

忠良も思わず身を乗り出す。

「待て」

「一つの市に必要なのは三百ほどではなかったか」

「はい」

八郎は頷いた。

「ですが、隣の市もこれから開くかもしれません」

「さらに先々、日向の方にも市を入れるとなれば、ここに四百五十ほど置いておいても

 文句はないでしょう」

忠良は頭を抱えた。

「だから早すぎると言うておる」

「昨日、話がまとまったばかりじゃぞ」

「昨日まとまったから、今日運びます」

「明日の朝から、新しい市へ釜を入れます」

貴久は苦笑した。

「もう準備ではなく、侵攻の速さですな」

「市の侵攻です」

「もっと怖い言い方になっておるぞ」

そこへ、島津本家の市で働いていた三郎、五郎、四郎、六郎、七郎たちも戻ってきた。

三郎は八郎を見るなり、声を上げた。

「お前、帰ってくるの早すぎるぞ」

五郎も疲れた顔で言う。

「こっちは、ようやく一息ついたところやのに」

八郎は兄たちに向き直った。

「ちなみに兄様方」

「この市と、新しい市の立ち上げが一段落したら、一度帰るか、別の場所へ移ります」

「別の場所?」

六郎が嫌な予感を覚えた顔をする。

「はい」

「実久様に報告しました」

「やはり拗ねておられました」

忠良が少し笑った。

「拗ねておったか」

「はい」

「わしも縁が欲しい、と」

三郎と五郎の顔が固まった。

八郎はさらに続ける。

「千代姫様も、本家より分家の方が敷居は低いので、ゆるく付き合いやすいかもしれません、

 とおっしゃっていました」

「なので、この島津本家で二週間ほど過ごしたら、次は島津分家で二週間ほど過ごすことに

 なりそうです」

三郎が叫ぶ。

「なんでそんなことなんねん!」

五郎も呻く。

「本家でも分家でも、俺らにとっては結局重いんや!」

そこへ、町娘姿から姫の装いに戻った姫君たちが顔を出した。

長女格の姫が、面白そうに首を傾げる。

「まあ」

「分家の方にも行かれるのですか」

妹姫の一人が身を乗り出した。

「それなら、私たちも行ってみてよろしいですか」

五郎が目を剥く。

「なんでそうなるんですか」

姫は涼しい顔で言う。

「もう縁戚のようなものではありませんか」

三郎が慌てる。

「いや、それは違います」

八郎も手を振った。

「それは、えこひいきになります」

「相手は分家の姫君方ですから、場は分けた方がよいです」

長女格の姫がじっと五郎を見る。

「そうやって、また縁から逃げるのですね」

「逃げてません」

五郎は即答したが、声に力がなかった。

妹姫がにこりと笑う。

「では、この二週間で私たちと仲良くなって、文を通してもよいくらいになれば、

 私たちも分家へ遊びに行ってよいのではありませんか」

三郎が顔を引きつらせる。

「どこまで詰めてくるんや」

「詰めておりません」

「楽しくお話ししているだけです」

五郎は苦し紛れに言った。

「俺らはな、料理とか仕事に生きたい年頃なんや」

長女格の姫は即座に返す。

「そういう嘘はよいです」

「嘘て」

「責任を取りたくないのでしょう」

妹姫も続く。

「責任を取らずに、少しだけ若い女と仲良くしたいだけなのではありませんか」

「そこまでは言ってません!」

五郎が真っ赤になる。

三郎も慌てて言う。

「いやいや、わしらは庄屋の子やぞ」

「姫様方をどうこうできる立場と違うんや」

姫は首を傾げた。

「でも八郎様はできますよね」

「八郎は別です」

三郎と五郎が同時に言った。

「八郎様は忙しいですし」

「四歳ですし」

姫君たちも当然のように言う。

八郎は眉をひそめた。

「なぜそこで皆さん、急に私を四歳扱いするのですか」

三郎が即座に返す。

「わしらはその四歳に振り回されとるんやぞ!」

五郎も頷く。

「四歳が釜四百五十持って夜に戻ってくるんやぞ!」

姫君たちはくすくす笑った。

「私たちも振り回されております」

「でも、よい方向であれば、振り回されるのも悪くないと思いまして」

三郎は頭を抱えた。

「なんでそこで八郎の味方なんですか」

長女格の姫は微笑んだ。

「今日一日、市を見ましたから」

「八郎様に振り回されると、民が笑うのです」

「それを見てしまったので」

忠良はそのやり取りを聞きながら、盃もないのに笑い出した。

「よいな」

「市も縁も、釜の湯みたいに沸いてきたわ」

貴久も肩を震わせる。

「明日の朝には、釜四百五十」

「そして兄君方には、姫君方の視線」

「どちらも逃げ場がございませんな」

八郎はにこりと笑った。

「逃げるより、動いた方が早いです」

「市も縁も、立ち上げが大事です」

三郎と五郎は同時に叫んだ。

「縁を市みたいに言うな!」

その夜、島津本家の城には、明日の市立ち上げを待つ湯気よりも先に、

 兄弟たちの悲鳴と姫君たちの笑い声が立ち上っていた。

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