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1534年6月4週目。帳面合わせ。1週間の利益が1000万文を超えてきた。城の借金と侍の借金の一部を帳消し。島津分家に島津本家の縁談の覚書の話をする。

八郎は一日かけて本拠へ戻ると、そのまま帳面合わせに入った。

広間には、一郎と千代姫、実久様、番頭衆、庄屋衆、職人衆が揃っていた。

八郎は帳面を開き、いつものように言う。

「細かい数字は、後で全部見ておいてください」

「またそれか」

一郎が苦笑する。

八郎は気にせず続けた。

「ただ、大きなところだけ言います」

「ようやく、八郎商会の利益が1週間で一千万文を超えてきました」

広間がざわりと揺れた。

「一千万文……」

「ついにそこまで来たか」

実久様が腕を組み、感心したように息を吐く。

八郎は帳面を指で叩いた。

「しかも、湯浴み、高級湯浴み、市の立ち上げ分のツケは、すでに全部払っています」

「ですので、今回は薩摩川内の南側、薩摩北西部の城の借金を全部返します」

「それから、島津分家領の隣のところの武士の借金も全部返します」

その瞬間、広間が一気に湧いた。

「全部ですか!」

「城の借金が消えるのですか!」

「侍の借金も!」

武士たちは顔を見合わせ、庄屋衆は帳面を覗き込み、職人衆まで声を上げた。

「すごいですね」

「ここまで早く消えるとは」

八郎は小さく頷く。

「それでも、まだ借金はあります」

「城にも、侍にも、農民にも、庄屋衆にも、まだ残っています」

「なので、粛々と消していきます」

「粛々と言いながら、やってることが派手すぎる」

一郎が呟くと、広間に笑いが起きた。

八郎はさらに続ける。

「引き続き、この数字の通りに動いてください」

「市を回し、寺社市を回し、湯浴みを動かし、交易を止めない」

「そうすれば、鬼のように借金は減っていきます」

番頭衆が深く頷いた。

「承知しました」

「ただ、今週は島津本家の市を改めて入れます」

「風呂釜が大量に必要になります」

「桶、薪、帳面役、湯番、寺社市の木札、全部要ります」

「私は、この会議が終わったらすぐ出ます」

「早っ」

千代姫が思わず声を漏らした。

実久様も苦笑する。

「ほんまに早いのう」

八郎は真顔で言う。

「速さが命です」

「向こうはもう希望を見ています」

「希望を見せた後で待たせると、不満になります」

「だから、釜を持って走ります」

実久様は笑いながら頷いた。

「毒の回りが早いわけじゃ」

「薬です」

「まだ言うか」

八郎はそこで、一郎と千代姫へ向き直った。

「それと、報告があります」

「島津本家と覚書を交わしました」

一郎の顔が少し引き締まる。

「覚書?」

「はい」

「一つは、島津本家領へ市を順繰り入れていくことに、八郎家が協力するというものです」

「もう一つは、島津本家と八郎家の間で、より良い縁を作るために尽力するというものです」

千代姫が目を細めた。

「縁、ですか」

「はい」

八郎は少し困ったように笑った。

「向こうからは、縁談、あるいは養女として一組入れるような形を求められました」

広間が一瞬静かになる。

一郎が眉をひそめた。

「兄弟の誰かにか」

「はい」

「兄様方の気持ちは配慮したいです」

「ただ今、三郎兄様、四郎兄様、五郎兄様、六郎兄様、七郎兄様には、島津本家の市の

 立ち上げを手伝ってもらっています」

「その隣に、町娘の姿をした姫君たちがついて、仕事を見ることになっています」

実久様が即座に顔を上げた。

「それはずるいやないか」

「だから、今報告しています」

八郎はきっぱり言った。

「後で知ったら、実久様が拗ねると思いましたので」

「もう少し言い方あるやろ」

実久様は苦笑しながらも、明らかに興味を示していた。

「つまり本家は、市を入れる代わりに、縁も取りに来たわけか」

「はい」

「面子を立てるためにも、縁が欲しいのだと思います」

「市だけ飲むと、八郎家に頭を下げたように見えますから」

千代姫は静かに頷いた。

「父上も、同じように考えるでしょうね」

実久様は腕を組む。

「うちにも何か欲しいのう」

「千代姫だけで終わり、では寂しい」

八郎は頷いた。

「その代わりになるようなものを、何か考えなければいけません」

「この二週間くらいが勝負ですね」

「島津本家の市を立ち上げている間、兄様方はあちらで過ごします」

「そこで話がまとまらなければ、次は分家領で二週間ほど、姫君たちと一緒に

 過ごしてもらう形もありかもしれません」

実久様がにやりと笑う。

「うちの姫君たちと遊んでもらうわけやな」

「遊びというか、仕事を見てもらい、面倒を見てもらう形ですね」

「言い方を変えただけやろ」

一郎が呆れる。

千代姫は少し笑った。

「でも、それは悪くないかもしれません」

「島津本家は格式が高くて、兄様方も萎縮されているのでしょう」

「分家の方が、少し空気は柔らかいかもしれません」

八郎は頷いた。

「そうなんです」

「向こうは少し敷居が高いです」

「兄様方がめちゃくちゃ萎縮しています」

「その辺を溶かしてあげれば、案外ひょいひょい決まるかもしれません」

「分かりませんけど」

実久様が笑う。

「そこは丸投げか」

「人の縁ですから」

八郎は平然と言った。

「僕は知りません」

「無責任すぎるやろ!」

一郎が突っ込み、広間が笑いに包まれた。

八郎はそれでも真面目な顔で帳面を閉じる。

「私は借金と市と湯浴みは動かせます」

「でも、人の心は押しすぎると逃げます」

「だから、兄様方と姫君方には、働きながら見てもらいます」

「一緒に市を作り、一緒に米払いを見て、一緒に湯を沸かす」

「それで好きになるなら、それは良い縁です」

千代姫は柔らかく笑った。

「八郎様は、やはり分かっておられるのか、分かっておられないのか、不思議ですね」

「恋愛は分かりません」

八郎は胸を張った。

「でも、仕事している人の顔は分かります」

実久様は膝を叩いて笑った。

「よし」

「まずは釜を持って走れ」

「縁談は、その湯気の中で勝手に煮えるかもしれん」

八郎は立ち上がった。

「では、行ってきます」

「市を入れます」

「借金を消します」

「兄様方は、できれば自力で頑張ってください」

一郎が呆れたように言う。

「最後だけ急に雑やな」

八郎はにこりと笑った。

「私は四歳児ですので」

「都合のいい時だけ四歳児になるな」

その笑いの中で、八郎はもう次の市へ向けて走り出す準備を始めていた。

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