表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
429/649

1534年6月3週目。宴会の次の日。市の取り決めと縁組・養子の取り決めをして八郎は帳簿を締めに拠点に帰る。兄様達はこちらで仕事してください。

翌日。

酒の席でまとまった話は、朝になると、すでに紙の上に落とされていた。

八郎は小さな手で筆を持ち、覚書の文言を確認する。

「島津本家領への市導入について、八郎家は誠意をもって協力する」

「また、島津本家と八郎家は、今後より良い縁を結ぶため、互いに尽力する」

「姫君のうち一人を養女にする、とまでは書けません」

「ですが、より良い縁を作るために尽力する、なら書けます」

忠良はその紙を受け取り、じっと眺めた。

「十分じゃ」

貴久も頷く。

「酒の席の戯れではなく、こうして一筆あれば家臣団にも見せられます」

「市を入れるだけではない」

「島津本家も、縁という形を得る」

忠良は満足そうに笑った。

「よし」

「では、島津本家は次の一束への市導入を進める」

「八郎殿、頼むぞ」

八郎はぺこりと頭を下げた。

「承知しました」

「では、朝一番で戻ります」

「一郎兄様とも話を詰めます」

「それから風呂釜を大量に用意して、市へ送る準備をします」

「兄様方は、こちらで市を開く準備を始めておいてください」

三郎が目を見開く。

「おい、俺ら置いていくんか」

「置いていくというか、働いていただきます」

「言い方!」

五郎も顔をしかめる。

「また急に動かすな」

「急ではありません」

八郎は覚書を指差した。

「もう紙があります」

「紙があるなら動きます」

「怖いわ」

姫君たちも、そこへ顔を出していた。

昨夜の酒席とは違い、皆、少しだけ晴れやかな顔をしている。

長女格の姫が、八郎を見て言った。

「私たちも、覚書に従って動くということですね」

「はい」

八郎はにこりと笑う。

「姫君方には、兄様方が働いている姿を見ていただきます」

「惚れそうなら、私に言ってください」

「助け舟ぐらいは出します」

三郎と五郎が同時に叫んだ。

「余計なことすんな!」

八郎は首を傾げる。

「余計なことと言われましても」

「私たちは覚書に従って、淡々と動くだけです」

兄たちは固まった。

四郎が静かに笑う。

「八郎、紙を盾にし始めたな」

「紙は大事です」

長女格の姫は三郎と五郎を見た。

「年頃の殿方であれば、良き縁を求めるのは自然なことではありませんか」

三郎が咳き込む。

「いや、俺は今、料理に生きるからな」

五郎も慌てて続けた。

「俺も仕事が忙しいからな」

「そういうわけにはいきません」

妹姫の一人が、きっぱりと言った。

「こちらも、ただ待っているだけではありません」

「町娘に化けて、隣で様子を眺めながら、一緒にお仕事しようと思います」

五郎の顔がさらにこわばった。

「一緒に仕事?」

「はい」

「米払いを見たり、寺社市を見たり、湯浴みの順番を聞いたり」

「五郎様がどう話すのか、見ておきたいのです」

三郎が頭を抱える。

「なんで見られながら仕事せなあかんねん」

長女格の姫が笑う。

「せっかく、こんな面白い話があるのです」

「やらないと損でしょう」

「面白いって言った!」

「言ってません」

「今言いましたよね!」

「気のせいです」

姫君たちは涼しい顔で言い返す。

春姫は横で口元を押さえて笑っていた。

二郎は少し同情するように兄たちを見る。

「まあ、俺も春姫様と芋を見て回ったしな」

「それでまとまったところはある」

三郎が睨む。

「兄さんは成功した側やから言えるんや」

五郎も頷く。

「俺らはまだ何も始まってへんのに、外堀が埋まってるんや」

八郎は真面目な顔で言った。

「外堀は大事です」

「城攻めも縁談も、外堀からです」

「やめろ、その例え!」

六郎と七郎の方にも、妹姫たちが近づいていた。

「六郎様、七郎様」

「今日、寺社市の説明に行かれるのですよね」

六郎が少し身構える。

「行くけど、遊びちゃうで」

七郎も頷く。

「市の意味とか、米払いとか、説明するんやで」

妹姫はにこりと笑った。

「では、私は隣で聞いております」

「聞いてどうするんや」

「すごいなあと思いながら、尊敬の念を持って見るという仕事があります」

七郎が目を丸くした。

「どんな仕事やねん」

六郎は顔を赤くしながら、ぼそりと言う。

「やりにくいわ」

「でも、頑張ってください」

「失敗しても、やり直せばよいのでしょう」

その言葉は、昨日八郎が六郎たちに言ったものだった。

六郎は苦笑した。

「八郎の言葉、使われとるやないか」

七郎も肩を落とす。

「逃げ場ないな」

八郎は満足そうに頷いた。

「良いことです」

「兄様方も姫君方も、動きながら知ればよいのです」

「市も縁も、座って考えるだけでは進みません」

忠良はその様子を見て、大きく笑った。

「よいよい」

「八郎家の兄弟も、島津の姫も、よう働け」

「酒の席で始まった話じゃが、ここからは仕事じゃ」

高橋も頷く。

「市の導入、釜の手配、帳面役の配置、寺社市の調整」

「同時に、姫君方の視察と交流」

「すべて並行して進めます」

三郎が低く呟いた。

「仕事も縁談も一緒に来るな」

五郎もため息をつく。

「ほんま、八郎と関わると一個で済まへん」

八郎は胸を張った。

「一つのことに、二つ以上の意味を持たせるのが大事です」

長女格の姫が笑った。

「それが、昨日私たちが見てきた八郎様の仕組みですね」

「はい」

「では、私たちもその仕組みに乗ります」

「ただし、言いなりにはなりません」

八郎はにこりと笑った。

「それで十分です」

朝の島津本家は、にわかに慌ただしくなった。

釜を運ぶ者。

帳面を抱える者。

寺社へ走る者。

そして、町娘姿に着替える姫君たち。

市を入れる火と、縁を探る火が、同時に燃え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
429話 「八郎家の兄弟も、島津の姫も、よう働け」 「酒の席で始まった話じゃが、ここからは仕事じゃ」 高橋も頷く。 高橋って誰?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ