1536年6月3週目。農民に証文をあつめさせ、商人を呼び八郎が真ん中に座る。八郎の一声で利息が下がり驚きと感嘆の涙が農民から出る。驚く姫君。
証文が集まるにつれ、農民たちの顔はどんどん青ざめていった。
庄屋の家の広間に並べられた借用証文は、山のようだった。
帳面役が一枚ずつ読み上げ、誰が誰にいくら借りているかを書き分けていく。
「合わせて……一千万文ほどでございます」
その声に、広間が静まり返った。
農民たちは顔を伏せた。
「そら、首も回らんわな」
三郎が低く呟く。
そこへ、呼ばれた商人たちが入ってきた。
最初は少し偉そうな顔をしていた。
「急に証文を集めさせて、何をするつもりですか」
「こちらも商いで貸しておるのですぞ」
だが、上座にちょこんと座る八郎の姿を見た瞬間、商人たちの表情が変わった。
「あ……」
「八郎様でございますか」
「話題の……」
八郎は軽く頭を下げた。
「今日は市を入れるつもりはありません」
「ただ、証文を見せていただいています」
商人の一人が身を乗り出した。
「では、いずれこちらにも市を?」
「それは島津本家のご判断です」
八郎はきっぱりと言った。
「ですが、うちの市では、農民の方々の米や野菜を仕入れ、帳面で合わせ、
借金の証文を順繰り消しています」
「隣の隣の市では、残りの借金が二百万文を切りました」
「隣では今、市を稼働させています」
「ここはまだ市がないので、今日は証文を見ています」
八郎は帳面を指で叩いた。
「利息が五割のところは、今後優先して消すことになります」
「利が安いところは後回しです」
「ただし、利の安い商人様とは、八郎商会が入った後も長くお付き合いできるかもしれません」
商人たちが顔を見合わせる。
八郎はにこりと笑った。
「私の顔に免じて、少し勉強してもらえませんか」
農民たちがざわついた。
「八郎様、無理です」
「わしらが何度も利を下げてくれ言うても、話にならん言われました」
「そんな簡単に下がるもんやないです」
ところが商人の一人が、静かに頭を下げた。
「二割五分までなら、下げましょう」
広間が爆ぜた。
「半分やないか!」
「なんで今まで下げへんかったんや!」
農民たちが怒り出す。
商人は手を上げて制した。
「違う」
「あんたら単体では、いつ飛ばれるか分からん」
「だから高い利でないと貸せんかった」
「だが、隣の市の借金の消え方は見ておる」
「八郎商会が入れば、返ってくる見込みが立つ」
「それに、八郎商会と付き合える方が大きい」
「市に店を出せる」
「交易品も扱える」
「肥後、薩摩、大隅に広がる商いに噛める」
「そちらの方が、あんたらから五割取るより、よほど利がある」
町娘姿の姫君が、思わず口を挟んだ。
「でも、島津には島津の面子もあると思います」
商人は苦笑した。
「お嬢さん」
「面子で食えるのは武士だけです」
「農民の借金は、本当にえぐい」
「種もみを買えんようになれば、娘を奉公に出すこともある」
「ひどい時は、二束三文で引き取られて、よそへ流れることもある」
姫君たちは息を呑んだ。
商人は続けた。
「わしらも鬼ではありません」
「返してくれるなら、それでありがたい」
「高い利は、返してくれへんかもしれんから高いんです」
「返る見込みがあるなら、無理に五割取る必要はない」
「それより長く商いをさせてもらえる方がええ」
八郎はぽつりと言った。
「まだ私は一文も使っていませんけどね」
商人は深く頭を下げた。
「いいのです」
「これは八郎様の信用です」
「握り飯から積み上げてこられた信用です」
八郎は帳面を見た。
「一千万文の借金に五割の利なら、年の利息は五百万文です」
「それが二割五分になるなら、二百五十万文」
「年間で二百五十万文ほど、負担が減ることになりますね」
その瞬間、農民の一人が畳に額をつけた。
「二百五十万文……」
「それだけあれば、種もみが買える」
別の女が泣き出した。
「娘を出さずに済むかもしれん」
「冬を越せるかもしれん」
広間のあちこちから、すすり泣きが漏れた。
姫君たちは、言葉を失っていた。
八郎はまだ、市を入れていない。
銭も出していない。
ただ証文を並べ、商人と話しただけ。
それだけで、村の空気が変わった。
長女格の姫は、拳を握りしめた。
悔しい。
腹立たしい。
けれど、目の前で泣いている農民たちを見れば、もう何も言えなかった。
八郎は静かに帳面を閉じた。
「市がなくても、できることはあります」
「市が入れば、もっとできます」
その小さな声は、広間の誰よりも重く響いた。




