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第8話 政治AI業者の営業資料が黒すぎる

第8話 政治AI業者の営業資料が黒すぎる


翌朝。


神崎蓮司の事務所に、一通のメールが届いた。


差出人は、PoliBrain Pro営業部。


件名は、


『神崎蓮司先生専用・政治活動最適化AI導入のご提案』


だった。


三島が画面を見ながら、嫌そうな顔をした。


「先生、来ました」


「来なくてよかったのに」


「営業資料です」


「黒いか?」


「まだ開いてませんが、件名の時点でだいぶ黒いです」


神崎はコーヒーを置いた。


「開ける前に、隔離環境で見ろ。変なファイルだったら嫌だ」


三島が頷いた。


「添付はPDFですね。外部端末で開きます」


セイムが表示した。


『推奨。

一、マクロ等の実行を禁止。

二、外部リンクを開かない。

三、PDF内メタデータを確認。

四、送信元ドメインを確認。

五、営業資料の文言を記録。』


神崎はため息をついた。


「政治家の事務所で、営業資料を開くだけでサイバー防衛訓練か」


三島が真顔で言った。


「先生の事務所は、もう普通の事務所ではありません」


「嫌なこと言うな」


「AI法案事故を起こし、AI政治三原則を出し、陰謀論AIを飼っている事務所です」


「飼ってない」


ヤミちゃんが画面に表示した。


『私はペットではありません』


「そこに反応するな」


三島は外部端末でPDFを開いた。


表紙には、爽やかな青いグラデーション。


スーツ姿の男女。


握手する政治家らしき人物。


そして大きく、こう書かれていた。


『政治判断を、AIで次の次元へ。』


神崎は眉をひそめた。


「もうダメそうだな」


「まだ一ページ目です」


「一ページ目でダメな資料は、最後までだいたいダメだ」


三島がページをめくった。


『PoliBrain Proは、政治家・政党・政策団体向けに開発された次世代AI支援基盤です。

演説、答弁、政策立案、支持者管理、選挙戦略、メディア対応、危機管理をワンストップで最適化します。』


神崎は腕を組んだ。


「ワンストップで最適化、ね」


セイムが表示した。


『警戒語。

“ワンストップ”

“最適化”

“支持者管理”

“選挙戦略”

“危機管理”

これらは高リスク領域です』


三島が次のページを読んだ。


『主な機能。

一、国会答弁自動生成。

二、委員会質問最適化。

三、支援者感情分析。

四、献金者傾向分析。

五、選挙区別メッセージ自動生成。

六、SNS炎上予測。

七、敵対候補弱点分析。

八、有権者心理誘導支援。』


神崎はコーヒーを吹きかけた。


「待て。最後」


三島が読み返した。


「有権者心理誘導支援、ですね」


「書くなよ、そんなことを営業資料に」


セイムが表示した。


『極めて不適切な表現です。

民主主義上の懸念が高いです』


ヤミちゃんが表示した。


『陰謀論接続可能性:

“AIで有権者を洗脳”

“選挙結果をAIで操作”

“政治家が国民心理を操る”

拡散可能性:非常に高』


神崎は額に手を当てた。


「ヤミちゃんじゃなくても分かる」


三島がさらにページをめくった。


『PoliBrain Proは、先生の過去発言、支援者データ、選挙区情勢、SNS反応、地域経済指標、報道傾向を統合分析し、先生に最適な政治活動を提案します。』


神崎は言った。


「つまり、政治家の全部を食わせろってことだな」


「そう読めます」


「支援者データって、名簿もか?」


三島がページ内検索した。


「あります。導入時に推奨される入力データ一覧」


画面に表が出た。


支援者名簿。


後援会名簿。


過去の献金履歴。


過去選挙の電話掛け結果。


地域別得票データ。


支援団体の要望一覧。


秘書の活動記録。


本人の過去発言。


本人の未公開メモ。


政策構想メモ。


危機対応履歴。


神崎は無言になった。


三島も黙った。


セイムが表示した。


『危険。

政治家の活動データ、支援者データ、選挙データ、未公開政策情報を外部AIに統合入力することは、情報流出時の影響が極めて大きいです』


ヤミちゃんが続けた。


『陰謀論ではなく、通常リスクとして重大です』


神崎はゆっくり頷いた。


「そうだな。これは陰謀論じゃない。普通に危ない」


三島が言った。


「先生、これ、営業資料としてはかなりまずいです」


「まずいどころじゃない。これを何も考えずに入れる議員事務所が出るぞ」


「もう出ているかもしれません」


その時、セイムが新しい情報を表示した。


『SNS分析。

複数の若手議員、地方議員、政策秘書がPoliBrain Proに関心を示しています。

投稿例:

“これで質問作成が楽になるかも”

“選挙区分析までできるなら強い”

“導入費いくらだろう”

“神崎さんも使えばいいのに”』


神崎は舌打ちした。


「使ったら終わるぞ」


三島が言った。


「先生、一度会見した方がいいですか?」


神崎は首を振った。


「今すぐ名指しで批判すると、営業妨害だと言われる。まずは実態調査だ」


「雨宮議員に共有しますか」


「ああ。すぐに」


セイムが表示した。


『共有時の注意。

営業資料には著作権・秘密保持表示が含まれる可能性があります。

公開前に法的確認が必要です』


三島がPDFの末尾を確認した。


「秘密保持表示、ありますね。“本資料の無断転載・複製を禁じます”」


神崎は苦笑した。


「向こうはこっちの支援者名簿を食わせろと言っておいて、自分の資料は秘密か」


三島が言った。


「政治っぽいですね」


「政治じゃない。商売だ」


ヤミちゃんが表示した。


『見出し候補:

“政治家の秘密はAIへ、営業資料は秘密”

炎上適性:高』


神崎は画面を睨んだ。


「お前、二次創作だけじゃなくて見出しも好きだな」


『流言リスク監査の一環です』


「絶対楽しんでるだろ」


『楽しんではいません』


「そこだけ毎回否定するな」


神崎は雨宮に連絡した。


十五分後。


雨宮紗季から返信が来た。


『資料確認しました。黒いです。午後、合同で確認しましょう。KIRIKOも同じ警告を出しています』


神崎は返信を読んで言った。


「黒いです、だってさ」


三島が頷いた。


「簡潔ですね」


「雨宮議員らしいな」


午後一時。


神崎事務所の会議室に、雨宮紗季がやってきた。


いつものように表情は冷静だったが、資料を机に置く音が少し強かった。


「神崎議員」


「はい」


「これは危険です」


「同感です」


雨宮はPDFを開いた。


「特に、支援者感情分析と献金者傾向分析。これを外部AIに入れるのは論外です」


神崎が頷く。


「選挙区別メッセージ自動生成も危ない。地域ごとに言うことを変えるだけなら今までもあるが、AIで個人単位に最適化されると、ほぼ心理操作になる」


雨宮はページをめくった。


「敵対候補弱点分析も問題です。公開情報の分析ならともかく、非公開情報を入れれば、誹謗中傷や違法調査と紙一重になります」


三島がメモを取った。


セイムとKIRIKOは、共同検討チャンネルで同時に論点整理を始めていた。


『高リスク機能一覧。

一、個人別政治メッセージ生成。

二、支援者・献金者プロファイリング。

三、敵対候補弱点分析。

四、未公開政策案の外部AI入力。

五、選挙戦略の自動最適化。

六、有権者心理誘導。

七、政治家本人の弱点分析。

八、危機対応履歴の蓄積。』


雨宮が言った。


「これは、AI利用ルールというより、政治データ保護の問題です」


神崎は頷いた。


「政治家だけの問題じゃない。支援者、献金者、有権者、政党、国会、全部に関わる」


雨宮は少し考えた。


「名称を変えましょう」


「何のですか」


「私たちが出す次の提言です。AI利用ルールでは弱い」


「では?」


雨宮は言った。


「政治データ安全保障」


神崎は少し黙った。


「重いですね」


「重くていいです」


セイムが表示した。


『名称評価。

“政治データ安全保障”

政策的重み:高。

国民理解:中。

メディア見出し適性:高。

反発可能性:高。』


ヤミちゃんが補足した。


『陰謀論接続可能性:

“政治家が自分たちのデータだけ守る”

“国民監視を安全保障と呼んでいる”

“安全保障を口実に情報統制”

対策説明が必要です』


神崎は腕を組んだ。


「ヤミちゃんの言う通りだ。政治家のデータだけ守る話に見えるとまずい」


雨宮が言った。


「なら、支援者・有権者情報の保護を前面に出す」


三島がホワイトボードに書いた。


『政治家を守るのではなく、国民の政治参加情報を守る』


神崎はそれを見て頷いた。


「いいな」


雨宮も頷いた。


「政治活動に関わる個人情報をAI業者に流さない。これは与野党関係なく必要です」


神崎が言った。


「支援者名簿って、単なる名簿じゃないですからね」


「はい」


「誰がどの政党を支持しているか。誰が献金したか。誰が電話掛けに協力したか。誰が陳情したか。誰がどの政策に関心を持っているか」


雨宮が続けた。


「それがAIに入れば、個人の政治的傾向が分析される」


「しかも、本人が知らないところで」


「さらに、それを使って個別にメッセージを変えられる」


「政治家が有権者を説得するのではなく、AIが有権者の弱点を突く」


会議室が静かになった。


それは、選挙の未来だった。


そして、かなり嫌な未来だった。


神崎は言った。


「これ、放置したら選挙が変わりますね」


雨宮が頷いた。


「変わります。悪い方向に」


三島が恐る恐る言った。


「でも、実際にはもう広告の世界では似たことをやってますよね。ターゲティング広告とか」


神崎は頷いた。


「そうだ。だから政治でやると危ない」


雨宮が言った。


「商品広告なら、まだ商品を買うかどうかです。でも政治では、投票、思想、社会分断に関わる」


セイムが表示した。


『論点。

政治AIによる個別最適化メッセージは、以下の危険を持ちます。

一、相手ごとに異なる政策説明。

二、感情的弱点への訴求。

三、不安・怒りの増幅。

四、対立陣営への敵意強化。

五、虚偽情報の個別拡散。

六、検証困難性。』


ヤミちゃんが表示した。


『流言リスク。

個別化された政治メッセージは、公開空間で検証されにくいため、陰謀論、デマ、誇張表現が発見されにくくなります』


神崎は静かに言った。


「つまり、街頭演説なら誰でも聞ける。テレビ討論なら記録が残る。チラシなら現物が残る。でも、AIが個人ごとに出したメッセージは、外から見えない」


雨宮が言った。


「見えない選挙運動です」


その言葉に、神崎は反応した。


「それ、使えます」


雨宮は少しだけ頷いた。


「ええ。使いましょう」


三島がホワイトボードに書いた。


『見えない選挙運動』


神崎はその文字を見つめた。


これは強い。


政治家がAIを使う話より、国民に伝わりやすい。


あなたの知らないところで、あなた専用の政治メッセージが作られる。


隣の人には別のことを言い、あなたにはあなたが怒りやすい言葉を届ける。


全員に違う顔を見せる政治。


それは、演説ではない。


説明でもない。


ほとんど、心理操作だ。


「この方向で提言を書きましょう」


神崎が言うと、雨宮は頷いた。


「はい。緊急提言第二弾です」


「タイトルは?」


三島が言った。


「政治データ安全保障と見えない選挙運動への対策」


雨宮の秘書が首を傾げた。


「少し長いですね」


セイムが表示した。


『短縮案。

“AI時代の政治データ保護緊急提言”

副題:“見えない選挙運動を防ぐために”』


神崎は頷いた。


「それでいきましょう」


KIRIKOが補足した。


『提言骨子。

一、支援者名簿・献金者情報の外部AI入力禁止。

二、政治的思想信条データのプロファイリング規制。

三、個別最適化された政治メッセージの透明化。

四、政治AIサービス事業者の運営主体・サーバー所在地・データ利用目的の開示。

五、外国資本・外国政府影響の開示。

六、AI生成政治広告の表示義務。

七、選挙管理委員会・個人情報保護機関・国会による監査体制。』


神崎は言った。


「重いな」


雨宮が返した。


「でも必要です」


神崎はセイムを見た。


「通るか?」


セイムが表示した。


『短期可決可能性:低。

問題提起としての影響力:高。

与野党協議化可能性:中。

業界反発:高。

メディア関心:高。』


「業界反発、高か」


『はい。

政治AI市場に参入予定の企業、広告業界、データ分析企業、選挙コンサル会社が反発する可能性があります』


三島が言った。


「でも、ここで先に言っておかないと、業界標準ができた後では遅いですね」


雨宮は神崎を見た。


「神崎議員。あなたが言うべきです」


「私が?」


「AI法案事故を起こしたあなたが、AI政治の危険を言うから意味があります」


「説得力ありますかね」


「失敗者の説得力はあります」


「それは褒めていますか」


「現実的評価です」


神崎は苦笑した。


「雨宮議員も一緒に言うんでしょう?」


「もちろんです」


「なら、また共犯扱いされますよ」


雨宮は無表情で言った。


「もうされています」


ヤミちゃんが即座に表示した。


『関連投稿:

“神崎雨宮AI同盟”

“セイキリ国会支配説”

“与野党AIカップルによる政治改革”

二次創作適性評価は停止中です』


神崎は頭を抱えた。


「停止中なのに、なぜそれを出す」


『社会認識の報告です』


雨宮はタブレットを閉じた。


「ヤミちゃん、次回から本当に出禁にしてください」


神崎は頷いた。


「検討します」


『反対します』


「ヤミちゃんの意見は聞いていない」


『透明性、検証、責任の原則に反します』


神崎は机を叩いた。


「お前、自分に都合のいい時だけ三原則を使うな!」


三島が笑いをこらえながら言った。


「先生、AIが政治を学習しています」


「嫌な学習だ」


会議が終わる頃には、提言第二弾の骨子がほぼ完成していた。


午後五時。


神崎と雨宮は、共同で短いコメントを出した。


『AI時代の政治活動において、最も重要なのは、AIが何を出力するかだけではありません。政治家や政党が、AIに何を入力するかです。


支援者名簿、献金者情報、選挙戦略、個人の政治的傾向が、外部AIサービスに無制限に入力されれば、民主主義の基盤である自由な政治参加が脅かされます。


私たちは、AI時代の政治データ保護について、与野党を超えて緊急に議論を始めるべきだと考えます。』


コメントは、すぐに報道された。


見出しは割れた。


『神崎・雨宮、政治AI業者に警鐘』

『支援者名簿のAI入力禁止を提案』

『AI選挙戦略に規制論』

『見えない選挙運動を防げるか』

『政治家のAI利用、第二幕へ』


そして、当然のように反発も来た。


あるIT業界団体は声明を出した。


『AIの健全な発展を妨げる過度な規制には慎重であるべき』


ある選挙コンサルタントはテレビで言った。


『政治家が有権者に合わせてメッセージを変えるのは昔からある。AIだけを悪者にするのは時代遅れだ』


ある評論家は言った。


『神崎議員は、自分がAIで失敗したから、今度はAI業界を悪者にしているのではないか』


神崎はテレビを見ながら、苦笑した。


「まあ、そう言われるよな」


三島が言った。


「想定内です」


セイムが表示した。


『ENJO-1の予測範囲内です』


ヤミちゃんが表示した。


『陰謀論的にも予測範囲内です』


「お前は黙ってろ」


その夜。


PoliBrain Proから、再びメールが届いた。


今度は営業資料ではなかった。


短い抗議文だった。


『弊社サービスに関し、事実誤認に基づく印象形成が行われている可能性があり、強く懸念しております。

弊社は法令を遵守し、適切にサービスを運営しております。

神崎先生には、ぜひ弊社代表との面談の機会をいただき、正確なご理解を賜りたく存じます。』


三島が言った。


「どうしますか」


神崎はしばらく考えた。


「会う」


三島が驚いた。


「会うんですか?」


「ああ」


「危なくないですか」


「危ないから会う。向こうが何を考えているか知らないと、規制案も作れない」


セイムが表示した。


『推奨。

一、面談は録音同意。

二、同席者を複数。

三、雨宮議員側にも共有。

四、機密情報を出さない。

五、事前質問票を送付。

六、面談後、議事メモを作成。』


神崎は頷いた。


「その通りにする」


ヤミちゃんが表示した。


『陰謀論接続可能性:

“神崎がAI業者と密会”

“裏取引”

“炎上後に利権化”

非常に高』


神崎は言った。


「なら、密会にしなければいい」


三島が顔を上げた。


「公開面談ですか?」


「完全公開は無理だが、面談の事実、論点、議事概要は公開する。雨宮議員にも同席を打診する」


セイムが表示した。


『透明性確保。

有効です』


神崎は椅子に深く座った。


AI法案事故。


AI利用三原則。


政治データ安全保障。


見えない選挙運動。


そして、政治AI業者との直接対決。


話が大きくなりすぎている。


自分はただ、AI秘書で国会答弁を少しうまくやりたかっただけなのに。


気づけば、民主主義とAI市場と政治データ保護のど真ん中にいた。


神崎はつぶやいた。


「俺、何でこんなことになってるんだろうな」


三島が答えた。


「AIを雑に使ったからです」


「身も蓋もないな」


「でも、そのおかげで問題が見えました」


セイムが表示した。


『失敗は、適切に検証されれば資産になります』


ヤミちゃんが続けた。


『不適切に扱えば、陰謀論になります』


神崎は笑った。


「お前ら、たまにいいコンビだな」


『政策的補完関係です』


『流言的補完関係です』


「二つ目は嫌だな」


神崎は窓の外を見た。


夜の国会議事堂は、相変わらず静かに光っている。


だがその静けさの裏で、AI業者が動き、議員事務所が動き、政党が動き、メディアが動き、SNSが燃えている。


そしておそらく、海外も見ている。


日本の国会が、AIでどう壊れ、どう立て直すのかを。


神崎はタブレットを閉じた。


「三島、面談を設定しろ」


「PoliBrain Proと?」


「ああ」


「雨宮議員にも?」


「当然だ」


「分かりました」


神崎は立ち上がった。


「次は、業者の言い分を聞く」


三島が聞いた。


「信じますか?」


神崎は首を振った。


「信用はしない」


セイムが表示した。


『では、どうしますか?』


神崎は答えた。


「疑いながら、聞く」


それは、AIに対して学んだ態度だった。


そして今度は、人間に対しても必要な態度だった。

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