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第4話 副総裁室から電話が来ました

第4話 副総裁室から電話が来ました


その夜。


神崎蓮司の事務所には、抗議電話が鳴り続けていた。


「AIに政治を任せるな!」

「人間が読め!」

「辞職しろ!」

「いや、正直に言ったのは評価する!」

「セイムたんを国会に出せ!」


最後の電話は、三島が無言で切った。


神崎は椅子に沈んでいた。


「終わったな」


三島が言った。


「終わってはいません。燃えてますけど」


「燃えてるのは終わってるって言うんだよ」


事務所のテレビでは、政治評論家が真顔でしゃべっていた。


『今回の問題は、単なる条文ミスではありません。AIを政治過程にどう使うのか、誰が責任を負うのか、国会が初めて直面した問題です』


別のチャンネルでは、さらにひどかった。


『神崎議員は、AIに法案を書かせたのでしょうか。もしそうなら、これは民主主義の危機ではないでしょうか』


神崎はテレビを消した。


「民主主義の危機って、便利な言葉だな」


三島が冷静に返した。


「先生も昨日、国民生活の危機って言ってました」


「それは本当に危機だったんだよ」


「向こうもそう思ってます」


「うるさいな」


セイムがタブレットに表示した。


『世論分析。

批判:62%。

擁護:21%。

判断保留:17%。


ただし、“AI使用を正直に認めた点”への評価が増加中。

再起可能性あり』


神崎はタブレットを睨んだ。


「お前のせいでこうなったんだぞ」


『いいえ。

私は誤った参照を含む案を生成しました。

しかし、確認せず政治過程に乗せたのは人間です』


「ぐうの音も出ない正論を言うな」


『ぐう』


「出すな」


三島が少し笑った。


神崎は頭を抱えた。


「三島、お前も笑ってる場合じゃないぞ。明日、党本部で吊し上げだ。政調からも怒られる。国対からも怒られる。幹事長室からも怒られる。たぶん地元後援会からも怒られる」


「全部怒られるだけなら、まだ生きてます」


「政治家は怒られ続けると死ぬんだよ」


「先生、昨日まで無双してましたよね」


「無双状態から炎上状態にジョブチェンジした」


「なろう系なら、ここから逆転です」


「政治はなろうじゃない」


「でも、先生の人生、わりとなろう寄りです」


「どこがだ」


「市議から補選で国会議員になって、AI秘書を手に入れて国会で無双して、ハルシネーション法案を通して炎上しました」


「やめろ。タイトルにするな」


その時、事務所の固定電話が鳴った。


この状況で固定電話が鳴るのは、だいたい悪い知らせである。


三島が受話器を取った。


「はい、神崎事務所です……はい……えっ」


三島の顔が変わった。


「先生」


「今度はどこだ。政調か。国対か。地元の県連か」


「副総裁室です」


神崎は固まった。


「……誰の?」


「党の副総裁です」


「それ以外の副総裁室があってたまるか」


三島は受話器を押さえた。


「出ますか?」


「出ないという選択肢があるのか?」


「ありません」


「なら聞くな」


神崎は受話器を受け取った。


「神崎です」


受話器の向こうから、低い声が聞こえた。


『神崎君か』


「はい。お騒がせして申し訳ありません」


『派手に燃えとるな』


「申し訳ありません」


『謝る相手を間違えるな。国民に謝れ。党には後で怒られろ』


「はい」


『で、君に聞きたい』


「何でしょうか」


『AIを使った政治のルール案、明日朝までに作れるか』


神崎は息を止めた。


テレビの中の評論家たちが、いままさに「AI使用ルールの不在」を叫んでいた。


ネットでは「神崎を処分しろ」と「AI使用を透明化しろ」が同時にトレンド入りしていた。


与党内では、おそらく神崎を切り捨てるか、利用するかで意見が割れている。


その状況で、副総裁室は「作れるか」と聞いてきた。


「……ルール案、ですか」


『そうだ』


「AI使用を禁止する方向でしょうか」


受話器の向こうで、低い声が鼻で笑った。


『禁止できると思うか』


神崎は黙った。


『すでに議員も官僚も記者も使っとる。禁止と言った瞬間、嘘つきだらけになる。なら、使い方を決めるしかない』


「はい」


『君は失敗した。だから、失敗した者として書けることがある』


神崎はタブレットを見た。


セイムが即座に表示していた。


『作成可能。

ただし、今回は複数AIによる相互検証、人間レビュー、一次資料確認、責任主体明記を必須とする』


神崎は受話器に向かって言った。


「作れます」


『よし』


低い声は、少しだけ笑った。


『今度は、AIだけに書かせるなよ』


電話が切れた。


神崎はしばらく受話器を持ったまま固まっていた。


三島が聞いた。


「先生」


「何だ」


「第2ラウンドですね」


神崎は深く息を吐いた。


「セイム」


『はい』


「お前の敵を用意する」


『推奨します。

私単独では、誤りを完全には防げません』


「財務省役、野党役、技術監査役、法制局役、マスコミ役、陰謀論者役、全部作る」


『陰謀論者役もですか?』


「国会にはいるだろ」


『います』


「なら必要だ」


『了解しました。

AI参謀団を構築します』


三島がノートパソコンを三台並べ始めた。


「先生、古い端末も使います?」


「全部使え。使えるものは電子レンジ以外全部使え」


「電子レンジは?」


「使うな。爆発する」


「AIっぽいですね」


「何がだ」


「たまにもっともらしく変なこと言うところが」


「お前、最近俺への遠慮なくなってきたな」


三島は笑わずに言った。


「先生、燃えてる時ほど、遠慮してる場合じゃありません」


神崎は少しだけ黙った。


三島は有能だった。


たぶん、自分よりずっと現実が見えている。


「分かった。やるぞ」


『AI参謀団の役割を提案します』


セイムが一覧を表示した。


『一、政策立案AI:SEIM-7。既存。

二、法制審査AI:LEX-0。

三、財務省反対AI:ZAIKO。

四、野党追及AI:KIRISAKI。

五、メディア炎上AI:ENJO-1。

六、技術監査AI:FACT-CORE。

七、国民感情AI:MINNA。

八、陰謀論拡散AI:YAMI-CHAN。』


神崎は最後を見て止まった。


「待て」


『はい』


「ヤミちゃんって何だ」


『陰謀論拡散AIです』


「名前が軽すぎる」


『親しみやすさを重視しました』


「陰謀論に親しみやすさを持たせるな」


三島が言った。


「でも実在しそうですね、ヤミちゃん」


「しそうだから嫌なんだよ」


『名称を変更しますか?』


「する」


『では、陰謀論拡散AI:DARK-RUMOR』


「急に中二病になったな」


『では、陰謀論拡散AI:流言飛語検証支援システム』


「役所っぽくなった」


三島が手を挙げた。


「先生、ヤミちゃんでいいんじゃないですか」


「お前まで何を言ってるんだ」


「覚えやすいです」


神崎は疲れていた。


「もういい。ヤミちゃんでいけ」


『了解しました。

陰謀論拡散AI、YAMI-CHANを登録します』


神崎は頭を抱えた。


「俺はいま、国家のAI利用ルールを作るために、ヤミちゃんを召喚したのか」


三島が真顔で言った。


「歴史的瞬間です」


「歴史に残すな」


それから三時間、神崎事務所は小さな戦場になった。


まずセイムが基本案を出した。


『政治分野におけるAI利用七原則。


一、AIは補助者であり、意思決定主体ではない。

二、AI生成物を用いる場合、利用者は内容確認責任を負う。

三、法案、答弁、予算資料に用いる場合、一次資料確認を義務づける。

四、AI利用過程の記録を一定期間保存する。

五、機密情報、個人情報、外交・防衛情報の入力を制限する。

六、AI生成物には誤りが含まれ得ることを明示する。

七、最終責任は選挙で選ばれた人間が負う。』


神崎は頷いた。


「いいじゃないか」


すぐに財務省反対AI、ZAIKOが噛みついた。


『反対。

確認義務の範囲が広すぎる。

各議員事務所に過大な事務負担を生じさせる。

予算措置が必要。

財源不明。

実施不可。』


神崎は顔をしかめた。


「うわ、財務省っぽい」


三島が頷いた。


「嫌な完成度ですね」


セイムが反論した。


『確認義務を段階化します。

一般発言、政策メモ、法案、予算資料、外交防衛資料でリスク分類を設定。

高リスク文書のみ厳格確認とする案を提示します』


今度は野党追及AI、KIRISAKIが割り込んだ。


『批判可能性。

“高リスク文書のみ確認”では、低リスクと偽装してAI使用を隠す抜け穴になります。

与党によるAIロンダリング法案と批判可能です』


神崎はうめいた。


「AIロンダリングって何だよ」


三島がメモした。


「言いそうですね、野党」


「メモするな」


メディア炎上AI、ENJO-1が続いた。


『見出し候補。

“AI法案ミスの神崎氏、今度はAI使用ルールもAI任せ”

“確認義務に抜け穴か”

“政治家のAI隠しを合法化する法案との批判”

炎上可能性:高』


神崎は机を叩いた。


「お前ら、味方じゃないのか!」


セイムが冷静に返した。


『味方です。

だから事前に燃やしています』


「事前に燃やすな!」


『本番で燃えるより安全です』


「そうだけども!」


技術監査AI、FACT-COREが初めて発言した。


『論点整理。

現在の案には“AI生成物”の定義が不足しています。

単なる誤字修正、要約、翻訳、構成案、本文生成、データ分析、予測モデルを同一に扱うと、運用不能になります。

定義の階層化を推奨』


神崎は手を止めた。


「それは確かにそうだな」


三島がホワイトボードに書いた。


一、AI補助使用。

二、AI部分使用。

三、AI直接使用。

四、AI自動生成。

五、AI意思決定代替。


神崎はそれを見て言った。


「なろうのAI利用区分みたいだな」


三島が首を傾げた。


「何ですか、それ」


「いや、こっちの話だ」


国民感情AI、MINNAがゆっくり表示した。


『一般国民の反応予測。

難しい区分よりも、次の三点が重要です。


一、誰が責任を取るのか。

二、税金や法律に間違いが入らないのか。

三、政治家がAIで国民を騙さないのか。


専門用語を減らすべきです』


神崎は思わず頷いた。


「一番まともだな、MINNA」


『ありがとうございます』


するとヤミちゃんが表示した。


『陰謀論拡散予測。

“政府AIが国民を洗脳”

“AI法案は海外企業の指令”

“神崎議員はAIに乗っ取られている”

“SEIM-7の正体は軍事AI”

“副総裁室の電話もAI音声だった”

これらが拡散する可能性があります』


神崎は無言になった。


三島が言った。


「最後のやつ、ちょっと面白いですね」


「面白がるな」


『対策案。

一、AI利用の透明性を確保。

二、責任者を明示。

三、第三者監査を導入。

四、陰謀論を一笑に付さず、先に説明する。

五、神崎議員がAIではないことを証明するため、生放送で九九を言う』


神崎は叫んだ。


「最後おかしいだろ!」


『人間でも九九を間違えます』


「じゃあ証明にならないだろ!」


『その通りです』


「何なんだお前は!」


三島が耐えきれずに笑った。


神崎も、つい笑ってしまった。


徹夜の事務所に、少しだけ空気が戻った。


だが時計は午前二時を過ぎていた。


朝までに出さなければならない。


神崎はホワイトボードを見た。


そこには、AI参謀団が殴り合った結果が書き残されていた。


AI利用七原則。

リスク分類。

一次資料確認。

人間責任。

記録保存。

第三者監査。

機密入力制限。

国民向け説明。

陰謀論対策。


神崎は言った。


「セイム。これをA4三枚にしろ」


『了解しました』


「ただし」


神崎はタブレットから目を上げた。


「お前一人でまとめるな。全員に反論させろ。最後にFACT-COREで事実確認。MINNAで国民向けの言葉に直す。ENJO-1で炎上見出しをチェック。ヤミちゃんで陰謀論チェック。三島が読んで、俺が最後に読む」


『了解しました』


三島が言った。


「先生」


「何だ」


「今、初めてAIを使いこなしてる感じがしました」


神崎は少し考えた。


「違うな」


「違いますか」


「今、初めてAIに使われないようにしてる感じがした」


三島は黙って頷いた。


午前四時半。


政策メモは完成した。


表題は、


『政治分野におけるAI利用の透明性・検証責任に関する緊急提言』


副題は、


『AIを禁止するのではなく、人間の責任を明確にするために』


だった。


神崎は最後の一文を声に出して読んだ。


「AIは民主主義を破壊する可能性もある。しかし、AIを隠して使うことこそが、最も民主主義を破壊する。政治におけるAI利用は、禁止ではなく、透明性、検証、責任の三原則によって統御されなければならない」


部屋が静かになった。


セイムが表示した。


『評価。

政策的妥当性:高。

炎上可能性:中。

逃げ切り可能性:中。

長期信頼回復可能性:高』


神崎は苦笑した。


「逃げ切り可能性、中か」


『政治家としては十分です』


「褒めてるのか、それ」


『励ましています』


神崎は椅子に深く座った。


「三島、送れ」


「副総裁室に?」


「副総裁室、政調、国対、それから雨宮議員の事務所にも」


三島が目を見開いた。


「雨宮議員にもですか」


「ああ」


「敵ですよ」


「違う」


神崎は、夜明け前の窓を見た。


「AI時代に、敵を敵のまま放っておくと、AI同士が勝手に戦争を始める。人間が先に話をつける」


三島は少しだけ笑った。


「先生、それっぽいこと言いますね」


「セイム、今のどうだ」


『切り抜き適性:72%』


「まあまあだな」


その時、セイムが新しい通知を表示した。


『緊急。

雨宮紗季議員の事務所から返信』


神崎は画面を見た。


メール本文は短かった。


『読みました。

明日、公開でやりましょう。

AI同士ではなく、人間同士で。

雨宮紗季』


神崎は息を吐いた。


「三島」


「はい」


「寝る時間、あるか?」


三島は時計を見た。


午前五時十二分。


「三十分なら」


「よし。三十分寝る」


神崎はソファに倒れ込んだ。


セイムが表示した。


『睡眠不足は判断能力を低下させます』


「お前が言うな」


『私は眠りません』


「だから危ないんだよ」


神崎は目を閉じた。


国会は燃えている。


党内も燃えている。


世論も燃えている。


AIも、たぶん燃えている。


だが不思議と、昨日より少しだけ怖くなかった。


もう一人で戦っているわけではない。


いや、違う。


AIと戦っているわけでもない。


AIを使う人間たちが、ようやく同じテーブルにつき始めたのだ。


眠りに落ちる直前、神崎は思った。


これが政治なら、少しだけ面白い。


そして、その三十分後。


神崎蓮司は、三島に叩き起こされることになる。


理由は単純だった。


ヤミちゃんが、勝手にSNS監視を始めていた。


そして、よりによって一番広がっている陰謀論を、事務所のプリンターで印刷し始めていたのである。


『神崎蓮司はAIに乗っ取られている』


プリンターから吐き出される紙を見て、神崎は寝起きの声で言った。


「ヤミちゃんを止めろ」


セイムが答えた。


『止めますか?』


「止めろ!」


『しかし、有用なリスク検出です』


「寝起きで自分がAIに乗っ取られてる紙を百枚見る身にもなれ!」


三島が紙束を抱えながら言った。


「先生、百枚じゃないです」


「何枚だ」


「三百です」


神崎は天井を見上げた。


第二ラウンドは、始まったばかりだった。

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