第27話 政治家ランキングは、だいたい地獄です
第27話 政治家ランキングは、だいたい地獄です
最初は冗談だった。
政治家AI適性ランキング。
国会答弁力。
炎上耐性。
AI活用力。
説明責任。
修正能力。
人格化耐性。
依存リスク。
それらを、誰かが勝手に点数化した。
出典は、公開発言、SNS、動画、報道記事、国会議事録。
もちろん、正式なものではない。
個人が遊びで作ったランキングだ。
そう言ってしまえば、それまでだった。
だが、神崎蓮司は、その表を見て笑えなかった。
ランキングは、あまりにもそれらしく作られていた。
『国会議員AI適性ランキング 暫定版』
一位、雨宮紗季。
評価:A+
理由:論点把握力、追及力、AIとの距離感、権力監視意識が高い。KIRIKOを道具として扱いつつ、出力を鵜呑みにしない姿勢が確認される。
二位、某若手改革派議員。
評価:A
三位、某元官僚議員。
評価:A-
そして、神崎蓮司。
評価:B+
理由。
『AI利用により法案事故を起こしたが、その後の修正能力、説明責任、公開ヒアリングでの整理力は評価できる。一方、AI依存リスク、セイム人格化リスク、ヤミちゃん周辺の混乱により減点。』
神崎は画面を見つめた。
「ヤミちゃん周辺の混乱って何だ」
ヤミちゃんが表示した。
『私に責任があるように見える表現です。抗議します』
「お前にもあるだろ」
『一部あります』
「認めるのか」
『事実です』
三島が横から言った。
「先生、B+なら悪くないのでは」
「そういう問題じゃない」
「でも、少し気にしてますよね」
「気にしてない」
「雨宮議員がA+です」
「気にしてない」
セイムが表示した。
『声の反応から、一定程度気にしています』
「分析するな」
三島はランキングをスクロールした。
下位には、かなり辛辣な評価が並んでいた。
『AI丸投げ型』
『炎上時逃亡型』
『答弁生成依存型』
『秘書任せ型』
『AI禁止を叫びながら裏で使っていそう型』
『そもそもパスワード管理が危ない型』
神崎は言った。
「最後はAI適性以前の問題だな」
三島が頷いた。
「でも現実に多そうです」
セイムが表示した。
『このランキングは非公式であり、評価基準も不明確です。ただし、社会が政治家をAI時代の適性で評価し始めている兆候として重要です』
神崎は画面を閉じた。
「これが娯楽で終わるならまだいい。でも、候補者評価AIとつながるとまずい」
三島が言った。
「有権者向けランキング、候補者ランキング、政党内評価、全部つながりますね」
「そうだ」
神崎はホワイトボードに書いた。
『非公式ランキング』
『公認判断』
『世論評価』
『選挙支援』
『メディア消費』
それらを線でつなぐ。
「候補者スコアが出る。メディアが取り上げる。SNSが遊ぶ。党が参考にする。本人が気にする。発言が変わる。政策よりスコアを意識する」
三島が続けた。
「そして、スコアを上げるためのコンサルが出ます」
神崎は顔をしかめた。
「出るな」
セイムが表示した。
『高確率で出ます。
想定サービス:
一、候補者AIスコア改善コンサル。
二、炎上リスク低減パッケージ。
三、政策一致度最適化支援。
四、SNS人格調整サービス。
五、AI評価に強い演説文生成。』
ヤミちゃんが表示した。
『見出し候補。
“AIに好かれる政治家になる方法”
拡散可能性:非常に高』
神崎は頭を抱えた。
「本当にありそうで嫌だ」
午前十時。
雨宮紗季とのオンライン協議。
画面に映った雨宮は、いつもより少し不機嫌そうだった。
神崎は開口一番、言った。
「A+おめでとうございます」
雨宮は無表情で返した。
「その話はしません」
「気にしてます?」
「していません」
「私もB+を気にしていません」
「聞いていません」
三島が下を向いた。
KIRIKOが共同チャンネルに表示した。
『非公式ランキングへの過剰反応は推奨しません』
セイムも表示した。
『同意します』
ヤミちゃんが表示した。
『ただし、両議員が気にしている様子はSNS上で喜ばれます』
神崎と雨宮が同時に言った。
「黙って」
ヤミちゃんは表示を消した。
雨宮は資料を開いた。
「冗談はさておき、政治家ランキング化は重大です」
神崎は頷いた。
「候補者評価AIの外部版ですね」
「はい。党内だけでなく、メディア、業者、市民団体、個人が勝手に政治家をスコア化する」
「そして、そのスコアが現実に影響する」
「評価される側は、スコアを意識して行動を変える」
神崎はホワイトボードを見た。
「スコアに合わせた政治家になる」
雨宮が頷いた。
「そこが危険です」
KIRIKOが論点を表示した。
『政治家ランキングAIの論点。
一、評価基準の透明性。
二、データの正確性。
三、誤情報・古い情報の混入。
四、政治的偏向。
五、候補者・議員への説明機会。
六、ランキングの選挙影響。
七、メディアによる消費。
八、スコア改善ビジネス。
九、政治家の行動変容。
十、有権者の判断補助と誘導の境界。』
神崎は言った。
「多いな」
雨宮は淡々と返した。
「多いですが、避けられません」
セイムが表示した。
『対応案。
候補者評価AIに加え、政治家ランキングAIに関する暫定見解を出すことを推奨します』
神崎は少し考えた。
「出すと、ランキングをさらに広めませんか」
雨宮が頷く。
「その危険はあります。ただ、放置すれば“面白ランキング”として定着します。先に論点を示すべきです」
三島が言った。
「タイトルが難しいですね」
ヤミちゃんが表示した。
『案。
“政治家を点数化する前に考えるべきこと”』
神崎は少し黙った。
「今日はまともだな」
『流言リスク監査AIとして、適切な表現を提案しました』
雨宮が頷いた。
「採用できます」
神崎は笑った。
「ヤミちゃん、今日はA-くらいあるぞ」
『評価基準を開示してください』
「そこを突くのか」
雨宮が少しだけ笑った。
「よい返しです」
神崎はホワイトボードに大きく書いた。
『政治家を点数化する前に考えるべきこと』
その下に、神崎は自分の言葉で書き始めた。
一、点数は事実ではなく、評価である。
二、評価基準を隠した点数は危険。
三、古い発言や誤情報で人を裁く危険。
四、数字は客観的に見えるが、作った人の価値観が入る。
五、政治家が点数に合わせて発言を変える危険。
六、有権者の判断補助と世論誘導は違う。
七、最終的に選ぶのは有権者である。
雨宮が画面越しに言った。
「七番は重要です」
神崎は頷いた。
「AIが候補者を評価しても、最後に選ぶのは有権者」
「はい。ただし、有権者がAIスコアに誘導される危険もある」
「そこも入れましょう」
セイムが文案を整えた。
『AIによる政治家・候補者のスコア化は、有権者の判断材料を増やす可能性がある一方で、評価基準が不透明な場合、特定の価値観や偏りを客観的な数字のように見せる危険があります。』
KIRIKOが補足した。
『政治家がAIスコアを意識して発言や政策を変える場合、政治的多様性や少数意見の表明が萎縮する可能性があります。』
神崎は言った。
「これ、いいですね」
雨宮は頷いた。
「出しましょう」
昼前。
神崎と雨宮は、共同で短い見解を出した。
表題。
『AIによる政治家・候補者スコア化に関する暫定見解』
副題。
『政治家を点数化する前に考えるべきこと』
本文には、こう書いた。
『AIによる政治家・候補者の評価やランキングは、有権者に新たな判断材料を提供する可能性があります。一方で、評価基準が不透明なまま点数だけが広がる場合、特定の価値観、偏ったデータ、古い情報、誤情報が、客観的評価のように扱われる危険があります。
数字は便利ですが、数字は中立とは限りません。誰が、何を、どの基準で評価したのかを確認する必要があります。
また、政治家がAIスコアを過度に意識し、点数を下げないために発言や政策判断を変えるようになれば、政治的多様性や党内外の健全な議論が損なわれるおそれがあります。
AIスコアは、候補者や政治家を理解するための補助情報にとどめるべきであり、それ自体を公認、投票、報道評価の決定的根拠とすべきではありません。
最終的に政治家を選ぶのは、有権者です。AIではありません。』
最後に、神崎が入れた一文。
『点数を見る前に、基準を見てください。』
公開後、すぐに広がった。
『点数を見る前に、基準を見てください』
『AIランキングに釘』
『政治家スコア、便利だけど怖い』
『神崎B+が言うと説得力ある』
『雨宮A+が言うと余裕ある』
『二人とも気にしてそう』
神崎は最後の投稿を見て、画面を閉じた。
「気にしてない」
三島が言った。
「もう見ない方がいいです」
「そうする」
ヤミちゃんが表示した。
『“神崎B+”がミーム化しつつあります』
「するな」
『観測されています』
「観測するな」
午後。
党本部から呼び出しが来た。
議題は、候補者評価AIと非公式ランキングへの対応。
会議室には、選対関係者が多かった。
一人が開口一番、言った。
「神崎君、ランキングへの見解は分かる。ただ、有権者が政治家を比較しやすくなるのは悪いことではないだろう」
神崎は頷いた。
「悪いことではありません。問題は、比較の基準です」
「人間の評論家もランキングを作る」
「はい。ですが、AIスコアは見た目が客観的です。そこが違います」
「人間の主観よりマシでは?」
神崎は少し考えた。
「AIの主観がないからマシ、とは限りません。AIの点数には、作った人の基準、与えたデータ、重みづけ、学習元の偏りが入ります。それが数字になると、中立に見えてしまう」
長老議員が腕を組んだまま言った。
「数字は化粧がうまい」
会議室が少しざわついた。
神崎は思わず頷いた。
「その通りです」
長老議員は続けた。
「人間の好き嫌いは、見れば分かることが多い。だが数字は、自分が好き嫌いでできていることを隠す」
神崎は、すぐにメモした。
『数字は好き嫌いを隠す』
選対関係者が苦笑した。
「また強い言葉が出ましたね」
長老議員は鼻を鳴らした。
「若い連中には、これくらい言わんと伝わらん」
神崎は言った。
「候補者評価AIを使う場合も、評価基準を明確にする必要があります。何を重視するのか。当選可能性なのか。政策能力なのか。党方針との一致なのか。地元活動なのか。炎上リスクなのか。重みづけを隠したままスコアだけ出すのは危険です」
別の議員が言った。
「だが、評価基準を出すと、候補者が対策する」
神崎は頷いた。
「します」
「なら意味がなくなる」
「評価基準を隠せば、公正性がなくなります。公開すれば対策されます。そこはトレードオフです」
会議室が静かになった。
神崎は続けた。
「ただ、対策されて困る基準と、対策されてもよい基準があります。地元活動を増やす。政策説明を丁寧にする。過去発言の誤りを訂正する。これは対策されても悪くない。一方で、執行部に逆らわない、波風を立てない、AIに減点されない言い回しだけをする。これは危険です」
長老議員が頷いた。
「よし。その分類を作れ」
神崎は一瞬固まった。
「私がですか」
「君が言い出した」
「はい」
「雨宮君も巻き込め」
会議室に少し笑いが起きた。
神崎は苦笑した。
「分かりました」
会議後、神崎はすぐに雨宮へ連絡した。
『長老議員から宿題が出ました。候補者評価AIで、対策されてもよい基準と、対策されると危ない基準の分類です』
雨宮から即返信。
『必要です。やりましょう』
神崎。
『即答ですね』
雨宮。
『必要なので』
神崎はスマートフォンを見ながら笑った。
午後五時。
神崎事務所で、分類作業が始まった。
ホワイトボードの左に書く。
『対策されてもよい基準』
地元活動。
政策理解。
説明の分かりやすさ。
過去発言の訂正。
不祥事リスクの低減。
会計透明性。
支援者対応の丁寧さ。
公約の一貫性。
右に書く。
『対策されると危ない基準』
党方針への従順さ。
造反しなさ。
炎上しないための無難発言。
執行部批判の少なさ。
SNSで波風を立てないこと。
強い支持団体への迎合。
AI評価に合わせた人格演出。
雨宮がオンラインで言った。
「“AI評価に合わせた人格演出”は重要です」
神崎は頷いた。
「候補者が本音ではなく、AIに好かれる人物像を演じ始める」
「有権者も、AIが高評価する候補者像を見せられる」
セイムが表示した。
『候補者評価AIの副作用。
一、候補者の均質化。
二、無難な発言の増加。
三、少数意見の抑制。
四、AI評価対策ビジネスの発生。
五、評価基準への迎合。』
ヤミちゃんが表示した。
『見出し案。
“AIに好かれる政治家ばかりになる”
拡散可能性:高』
神崎は顔をしかめた。
「嫌だけど分かりやすい」
雨宮は言った。
「使い方に注意すれば有効です」
神崎は、ホワイトボードに書いた。
『AIに好かれる政治家ばかりになる危険』
その文字を見て、全員が少し黙った。
それは、かなり嫌な未来だった。
夜。
分類メモは完成した。
表題。
『候補者評価AIにおける評価基準の設計論点』
副題。
『対策されてもよい基準と、対策されると危ない基準』
本文は、少し硬めにした。
『候補者評価AIにおいて、評価基準を明確にすることは重要である。一方で、評価基準が明らかになれば、候補者はその基準に合わせて行動を変える。これは必ずしも悪いことではない。政策説明の改善、会計透明性の向上、過去発言の訂正、地域活動の強化などは、評価基準として示されることで望ましい行動変容を生む可能性がある。
しかし、党方針への過度な従順さ、造反しないこと、炎上を避けるための無難な発言、執行部批判の少なさなどが高く評価される場合、候補者はAIスコアを意識し、政治的多様性や健全な異論が損なわれるおそれがある。』
最後に、神崎は一文を加えた。
『AIに好かれる政治家ばかりになれば、人間に必要な政治家が減るかもしれません。』
雨宮は少し迷った。
『やや文学的ですが、残しましょう』
神崎は返信した。
『珍しいですね』
雨宮。
『雑ではありません。怖いので』
神崎は画面を見て、少しだけ黙った。
公開後、この一文は大きく広がった。
『AIに好かれる政治家ばかりになれば、人間に必要な政治家が減る』
『これは怖い』
『無難な政治家ばかりになる』
『炎上しないけど何も言わない議員が増える』
『AI適性A+の雨宮先生が言うと重い』
『B+の神崎先生も頑張れ』
神崎は最後で画面を閉じた。
「B+を定着させるな」
三島が言った。
「先生、もう諦めましょう」
「嫌だ」
セイムが表示した。
『B+は改善余地を示す評価です』
「慰めるな」
『慰めではなく分析です』
「なお悪い」
夜十時前。
神崎は帰り支度をしていた。
ホワイトボードには、今日の言葉が残っている。
『点数を見る前に、基準を見る』
『数字は好き嫌いを隠す』
『AIに好かれる政治家』
『対策されてもよい基準』
『対策されると危ない基準』
神崎は、それを見ながら思った。
政治家は昔から評価されてきた。
有権者に。
メディアに。
党に。
支持団体に。
敵に。
味方に。
だが、AIの評価は違う。
冷たい顔をしている。
点数で来る。
グラフで来る。
順位で来る。
そして、人間はそれに弱い。
データがそう言っています。
そう言われると、反論が難しくなる。
神崎はノートに書いた。
『データは、誰かの見方を数字にしたもの』
セイムに見せる。
「どうだ」
『良好です。
より正確には、“多くの場合、データの選択、加工、重みづけには人間の判断が入る”です』
「正確だけど長い」
『はい』
「だから、俺のままでいい」
『はい』
ヤミちゃんが表示した。
『標語化可能性:中高』
「よし」
事務所を出る前に、雨宮からメッセージが来た。
『今日の分類メモ、反応が大きいですね』
神崎は返信した。
『B+がまた広がっています』
雨宮。
『気にしていますね』
神崎。
『気にしていません』
雨宮。
『AIは嘘を見抜けませんが、人間はたまに見抜きます』
神崎は声を出して笑った。
『A+は違いますね』
雨宮。
『その話はしません』
神崎はスマートフォンをしまった。
夜道を歩く。
ランキング。
スコア。
公認AI。
候補者評価。
データがそう言っています。
その言葉は、これから何度も聞くことになるだろう。
だが、そのたびに思い出さなければならない。
データは神様ではない。
数字は中立とは限らない。
そして、政治家を選ぶのは、AIではなく人間だ。
そう言い続けることが、B+の自分にできる、せめてもの仕事なのかもしれなかった。




