第26話 データがそう言っています
第26話 データがそう言っています
翌朝。
神崎蓮司は、事務所に入るなり、三島から一枚の紙を渡された。
「先生」
「何だ」
「出ました」
「何が」
三島は紙を机に置いた。
そこには、SNSの投稿が印刷されていた。
『公認AI、もう導入してほしい。人間の派閥や好き嫌いより、データで決めた方が公平では?』
神崎は黙った。
三島は次の紙を出した。
『AIに嫌われた候補者とか言ってるけど、人間に嫌われて落とされるよりマシでは?』
さらに次。
『候補者スコアを公開すればいい。国民も見たい。』
神崎は、ゆっくり椅子に座った。
「来たな」
三島が頷いた。
「はい。公認AIへの反発だけではなく、期待も出ています」
セイムが表示した。
『世論反応分析。
公認AI・候補者評価AIへの反応は三分化しています。
一、危険視。
党内統制、造反予測、AIによる排除を懸念。
二、期待。
派閥・人脈・世襲より公平ではないかと期待。
三、娯楽化。
候補者スコア、AIに嫌われた候補者、政治家ランキングとして消費。』
ヤミちゃんが表示した。
『特に三が強いです』
神崎は額に手を当てた。
「政治家ランキングか」
三島が言った。
「先生、すでに非公式に作ってる人がいます」
「何を」
「国会議員AI適性ランキング」
神崎は目を閉じた。
「見たくない」
「先生は、中の上です」
「見たくないと言った」
ヤミちゃんが表示した。
『評価理由:
“失敗したが修正能力あり”
“AI依存リスクあり”
“炎上耐性あり”
“秘書とAIに管理されている”
総合:B+』
神崎はタブレットを睨んだ。
「見るなと言ってるだろ」
『観測結果です』
「B+って何だ。嬉しくも悲しくもない絶妙なところを出すな」
三島が小声で言った。
「先生、ちょっと嬉しそうです」
「嬉しくない」
セイムが表示した。
『政治家ランキング化は、候補者評価AIの社会的受容を加速する可能性があります』
神崎は真顔に戻った。
「そうだな。笑い事じゃない」
最初は冗談だ。
誰かが勝手に政治家を点数化する。
AI適性、答弁力、炎上耐性、政策理解、説明責任。
それをランキングにして、SNSで遊ぶ。
いつものことだ。
政治家は昔から、好き勝手に評価されてきた。
新聞に。
テレビに。
評論家に。
有権者に。
敵に。
味方に。
だが、AIランキングは少し違う。
数字がある。
項目がある。
グラフがある。
いかにも客観的に見える。
そして、いかにも正しそうに見える。
神崎は言った。
「このランキング、評価基準は公開されてるのか」
三島が画面を確認した。
「一応あります」
「一応?」
「公開発言、国会議事録、SNS投稿、報道、AI利用状況、説明責任、修正能力、炎上時対応をもとに総合評価、とあります」
「重みづけは?」
「不明です」
「誰が作った?」
「匿名アカウントです」
神崎はため息をついた。
「典型的だな」
セイムが表示した。
『問題点。
一、評価者不明。
二、評価基準不透明。
三、重みづけ不明。
四、データの正確性不明。
五、誤情報混入の可能性。
六、本人の反論機会なし。
七、点数が独り歩きする可能性。』
ヤミちゃんが表示した。
『ただし、娯楽性が高く、拡散力があります』
「最悪だな」
『はい』
三島が言った。
「でも、先生。これ、世間はかなり面白がっています」
「だろうな」
「危険だと言うだけだと、また堅苦しいと言われます」
「分かってる」
神崎はホワイトボードに書いた。
『政治家ランキングを笑ってよいか?』
そして、その下に書いた。
『笑っているうちに、評価が制度になる』
三島が少し黙った。
「重いですね」
「重くなってしまった」
セイムが表示した。
『有効な問題提起です』
午前十時。
雨宮紗季とのオンライン協議が始まった。
画面の向こうの雨宮は、いつもより少し冷たい顔をしていた。
神崎は先に言った。
「見ました?」
「見ました」
「A+でしたね」
雨宮は無表情で言った。
「その話はしません」
「私はB+でした」
「その話もしません」
「少し傷つきました」
「少し嬉しそうにも見えます」
神崎は固まった。
三島が横で咳をした。
セイムが表示した。
『複数者に同様の観測をされています』
「そこ、黙ってろ」
雨宮は資料を共有した。
『政治家AIランキング問題』
一、非公式評価が娯楽として広がる。
二、数字が客観性を装う。
三、評価基準が不透明。
四、本人の反論機会がない。
五、ランキングが候補者評価AIへの心理的抵抗を下げる。
六、メディアが利用する。
七、政党が参考にし始める。
八、政治家本人が点数を意識し始める。
神崎は言った。
「八番が一番嫌ですね」
雨宮が頷いた。
「はい。政治家が、AIに点を取るために振る舞いを変える」
「炎上しない発言だけする。AIに好かれる政策だけ言う。ランキングが上がるようにSNSを整える」
「候補者評価AIの前段階です」
神崎はホワイトボードに書いた。
『非公式ランキング → 世論評価 → 政党評価 → 公認判断』
雨宮が言った。
「この流れは止めにくいです」
「だから、評価の読み方を先に出す」
「はい」
KIRIKOが共同チャンネルに表示した。
『提案。
政治家ランキングを全面否定するのではなく、以下を求める。
一、評価基準の明示。
二、重みづけの明示。
三、データ範囲の明示。
四、誤情報訂正手続き。
五、本人の反論機会。
六、点数を絶対視しない注記。
七、評価時点の明示。』
セイムが補足した。
『さらに、メディアがランキングを扱う場合の注意喚起も必要です』
ヤミちゃんが表示した。
『見出し案。
“政治家ランキングを見る前に、基準を見てください”』
神崎は頷いた。
「それ、いいな」
雨宮も頷いた。
「使いましょう」
昼前。
神崎と雨宮は、共同で短い見解を出した。
表題。
『AIによる政治家・候補者ランキングに関する注意点』
副題。
『点数を見る前に、基準を見てください』
本文。
『AIを用いた政治家・候補者ランキングが、娯楽や参考情報として広がり始めています。政治家を評価すること自体は、民主主義社会において当然あり得ることです。有権者が政治家の発言、政策、説明責任、修正能力を比較しようとすることも自然です。
しかし、AIによる点数や順位は、客観的に見えても、その背後には評価者の基準、データの選び方、重みづけ、古い情報、誤情報、価値観が含まれます。
点数を見る前に、基準を見てください。
誰が評価したのか。
どのデータを使ったのか。
何を重く見たのか。
本人が訂正や反論をできるのか。
評価時点はいつなのか。
これらが分からない点数は、参考情報ではなく、印象操作に近づくおそれがあります。
また、政治家本人がAIランキングを意識しすぎれば、点数を上げるための発言、炎上を避けるための沈黙、AIに評価されやすい行動へと流れる危険があります。
政治家を評価する主体は、最終的には有権者です。AIスコアは、判断材料の一つであって、政治家を選別する神様ではありません。』
最後の一文は、神崎が入れた。
『データがそう言っています、という言葉の前に、そのデータを誰が作ったのかを見てください。』
雨宮は、それを見て少しだけ頷いた。
「これは残しましょう」
公開後、反応はすぐに広がった。
『点数を見る前に基準を見る』
『データがそう言っています、の前に誰のデータか見る』
『AIランキング、面白いけど怖い』
『神崎B+が言うと説得力ある』
『雨宮A+が言うと余裕ある』
『二人とも気にしてそう』
神崎は最後の投稿を見て、そっと画面を閉じた。
「見なかったことにする」
三島が言った。
「先生、気にしていますね」
「してない」
セイムが表示した。
『気にしています』
「お前も黙れ」
午後。
党本部の会合でも、この話題が出た。
選対関係者が、少し困った顔で言った。
「非公式ランキングとはいえ、有権者が見ているなら無視できない。候補者側からも、“自分のスコアが低いのはなぜか”という問い合わせが来るかもしれない」
神崎は頷いた。
「来るでしょう」
別の議員が言った。
「党として、そういうランキングに抗議するのか」
「内容次第です。明らかな誤情報や名誉毀損なら対応が必要です。ただ、全部を否定するのは現実的ではありません」
官僚出身議員が言った。
「では、党側も公式評価を出す?」
会議室が静かになった。
神崎は首を横に振った。
「慎重にすべきです。非公式ランキングがあるからといって、党が公式スコアを前面に出せば、公認AIへの道を開きます」
長老議員が言った。
「人は点数が好きだ」
神崎は頷いた。
「はい」
「だが、点数を出した者は、点数に責任を持て」
神崎はすぐメモした。
『点数を出した者は、点数に責任を持て』
長老議員は続けた。
「責任を持てない点数を、政治に持ち込むな」
会議室が静かになった。
神崎は深く頷いた。
「その通りです」
会合では、党として次の方向が確認された。
一、非公式ランキングに過剰反応しない。
二、明らかな誤情報には訂正を求める。
三、候補者に対し、ランキング対策ではなく本来活動を優先するよう周知する。
四、党内候補者評価AIを使う場合も、評価基準・データ範囲・本人訂正手続き・再評価を整備する。
五、公式スコアを対外的に安易に出さない。
六、AI評価を公認判断の決定的根拠にしない。
神崎は、少しだけ安心した。
少なくとも、党がすぐに「公式候補者スコア」を出す流れにはならなかった。
夕方。
事務所に戻ると、黒瀬明人からメールが来ていた。
件名。
『AIランキングと政治家評価に関する意見交換』
神崎は画面を見て言った。
「来た」
三島が言った。
「黒瀬代表ですか」
「そう」
メール本文。
『AIによる政治家・候補者ランキングについて、社会的関心が急速に高まっております。弊社としても、評価AIの透明性、説明可能性、訂正手続きについて重要な論点であると認識しております。政治AI信頼推進協議会でも、評価AIに関するガイドライン策定を急ぎたいと考えております。』
神崎は読み終えて、少し笑った。
「また飲み込む気だ」
セイムが表示した。
『黒瀬代表は、非公式ランキング問題を協議会の必要性の根拠として取り込もうとしています』
ヤミちゃんが表示した。
『見出し候補。
“火事を見つけて消防署を作る人”
拡散可能性:中』
神崎は少し考えた。
「黒瀬は消防署を作るけど、自分の会社が火元かもしれない」
三島が言った。
「強いですね」
セイムが表示した。
『公式には不向きです』
「分かってる」
雨宮に転送する。
すぐ返事が来た。
『会いましょう。ただし、ランキングAI・候補者評価AI・協議会ガイドラインを一体で議論する条件で』
神崎は返信した。
『了解。点数を出した者は責任を持て、も入れます』
雨宮。
『長老議員ですね』
神崎。
『はい』
雨宮。
『使えます』
夜。
神崎は、今日の論点をホワイトボードに整理した。
『点数を見る前に、基準を見る』
『データがそう言っています、の前に誰のデータか見る』
『点数を出した者は、点数に責任を持て』
『責任を持てない点数を、政治に持ち込むな』
『非公式ランキングを公式化しない』
『ランキング対策ではなく本来活動』
三島が言った。
「今日は、かなりまとまりましたね」
「うん。非公式ランキングが危ない理由が見えた」
セイムが本日のまとめを表示した。
『本日の成果。
一、非公式AIランキング問題を論点化。
二、評価基準・重みづけ・データ範囲の確認を呼びかけた。
三、党内で公式スコア化への慎重姿勢を確認。
四、ランキング対策ではなく本来活動を優先する方向性を得た。
五、黒瀬代表が評価AIガイドラインへ動き始めた。』
ヤミちゃんが表示した。
『流言リスク。
“神崎B+、ランキングを気にして規制へ”
“雨宮A+、ランキング維持へ制度化”
“AIランキングを見てはいけないと言いながら見ている”
拡散可能性:中』
神崎は苦笑した。
「最後は事実だな」
三島が言った。
「見てますからね」
「見てしまうんだよ」
「だから危ないんですね」
神崎は頷いた。
「そう。見てしまう。気にしてしまう。少し当たっている気がしてしまう。だから危ない」
二十二時前。
神崎は帰り支度を始めた。
雨宮からメッセージが来た。
『今日の“データがそう言っています、の前に誰のデータか見る”は良いですね』
神崎は返信した。
『第26話のタイトルにできそうです』
送ってから、神崎は少し首を傾げた。
第26話。
なぜそんな言い方をしたのか、自分でも分からなかった。
雨宮から返事。
『物語のようですね』
神崎は笑った。
『最近、毎日そんな感じです』
雨宮。
『でも、現実は続きます』
神崎。
『政治ですから』
雨宮。
『はい。政治ですから』
事務所を出る。
夜風は冷たい。
データがそう言っています。
その言葉は、これから何度も聞くだろう。
候補者評価で。
政治家ランキングで。
選挙戦略で。
政策判断で。
世論分析で。
だが、そのたびに聞かなければならない。
誰のデータか。
どのデータか。
何を数えたのか。
何を数えなかったのか。
誰が重みを決めたのか。
誰が点数を出したのか。
そして、その点数に誰が責任を持つのか。
神崎は歩きながら、小さくつぶやいた。
「責任を持てない点数を、政治に持ち込むな」
長老議員の言葉だ。
だが、今日は少しだけ、自分の言葉にもなった気がした。




