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第19話 安全を名乗るなら、証明してください

第19話 安全を名乗るなら、証明してください


公開ヒアリング翌日。


神崎蓮司の事務所には、朝から大量のメールが届いていた。


件名だけで、だいたい疲れる。


『公開ヒアリングを拝見しました』

『政治AI利用に関する相談』

『支援者名簿を既にAIに入力した可能性について』

『地方議員向け研修依頼』

『弊社AIサービスの安全性についてご説明したく』

『神崎先生にぜひ弊社顧問に』

『セイムさんへの質問です』

『ヤミちゃんは実在しますか』


神崎は最後のメールを見て、静かに画面を閉じた。


「三島」


「はい」


「ヤミちゃん関連は隔離フォルダへ」


「もう作ってあります」


「仕事が早い」


「件名で分かりますから」


ヤミちゃんが表示した。


『隔離という表現に抗議します』


「お前宛てじゃない。お前関連だ」


『関連情報は流言リスク監査に有用です』


「見るなとは言ってない。俺に見せるなと言ってる」


『了解しました。神崎議員の精神衛生を考慮します』


三島が少し笑った。


「先生、ヤミちゃんが気遣ってます」


「気遣い風の機能だ」


『その理解は妥当です』


神崎はタブレットを横に置いた。


セイムが、今日の報道分析を表示していた。


『公開ヒアリング反応。

主要論点:

一、政治AIの安全性は名称ではなく仕様で確認すべき。

二、支援者情報のAI入力リスク。

三、政治家・秘書のAIログ問題。

四、地方議員の現場負担。

五、AI業者の自主基準と法規制の関係。

六、神崎・雨宮両議員の連携。

七、ヤミちゃん不在。』


神崎は七番を指差した。


「いらない」


『SNS上では一定量あります』


「主要論点に入れるな」


『定量的には六番に近い量です』


「嘘だろ」


三島が言いにくそうに言った。


「先生、実際そこそこあります」


「国民は政治AIよりヤミちゃんが気になるのか」


『一部国民です』


セイムが冷静に表示した。


「そこは訂正しなくていい」


神崎は新聞記事を確認した。


比較的好意的な記事もあった。


『政治AI、安全基準づくり本格化』

『支援者情報の保護、焦点に』

『公開ヒアリングで浮上した“AIログ”問題』

『AI業者、仕様開示迫られる』


一方で、批判的な記事もある。


『政治家のAI規制、業界締め付けに懸念』

『AI活用を萎縮させるな』

『神崎議員、失敗を制度論にすり替えか』

『与野党若手の目立ちたがりとの声も』


神崎は最後の記事で苦笑した。


「目立ちたがり、か」


三島が言った。


「政治家ですから、目立たないと仕事にならない面もあります」


「秘書がそれを言うか」


「ただし、悪目立ちは困ります」


「もう悪目立ちした後なんだよな」


セイムが表示した。


『現在の神崎議員の評価は、“悪目立ち”から“問題提起者”へ一部転換しています』


「一部か」


『はい。一部です』


「正直だな」


『はい』


午前十時。


雨宮紗季とのオンライン協議が始まった。


画面に映った雨宮は、いつも通りだった。


ただ、少し目の下が暗い。


「雨宮議員、寝ましたか?」


「四時間です」


「負けましたね。私は五時間半です」


「勝ち負けではありません」


「最近、そればっかり言われてます」


雨宮は資料を開いた。


「昨日のヒアリング後、PoliBrain Proが追加発表を出しました」


神崎は顔をしかめた。


「やっぱり来ましたか」


三島が画面に資料を映す。


『PoliBrain Pro Government Safe Editionにおける安全性強化方針について』


黒瀬の会社は、すでに動いていた。


高リスクデータ入力時の警告強化。


監査ログ閲覧時の通知機能。


国内保管オプションの明確化。


外部監査の検討。


政治AI安全基準ワーキンググループの設置。


神崎は資料を読みながら言った。


「昨日の議論を、もう取り込んでますね」


雨宮は頷いた。


「早い。しかも、かなりうまい」


「でも、よく見ると“検討”が多い」


「はい」


セイムが表示した。


『文言分析。

“検討します”:7回。

“予定です”:4回。

“可能にします”:2回。

“保証します”:0回。

“第三者監査を受けます”:0回。』


神崎は思わず笑った。


「保証ゼロか」


雨宮が言った。


「そこを突きましょう」


KIRIKOが共同チャンネルに表示した。


『次の要求案。

一、“検討”と“実装済み”を区別した一覧表の提出。

二、安全対応版の仕様書概要の公開。

三、監査ログ閲覧権限の明確化。

四、事業者側アクセス時の利用者通知義務。

五、既存入力データの削除・移行手続き。

六、第三者監査の時期と範囲。』


神崎は頷いた。


「これを共同質問状にしましょう」


雨宮も頷く。


「はい。昨日のヒアリングの次の一手として自然です」


三島が言った。


「タイトルはどうします?」


神崎は少し考えた。


「安全対応版に関する確認質問状」


ヤミちゃんが表示した。


『弱いです』


神崎は画面を睨んだ。


「お前は出るな」


『より伝達性の高い案があります』


「聞くだけ聞く」


『“安全を名乗るなら、証明してください”』


会議室が一瞬静かになった。


雨宮が小さく頷いた。


「強いですね」


神崎は額に手を当てた。


「またヤミちゃん案か」


三島が言った。


「分かりやすいです」


セイムも表示した。


『表現は強いですが、今回の趣旨に合致しています』


神崎はため息をついた。


「採用。ただし本文では丁寧に」


ヤミちゃんが表示した。


『採用ありがとうございます』


「喜ぶな」


『喜びは実装されていません』


「それも聞き飽きた」


共同質問状の表題は、少しだけ整えられた。


『PoliBrain Pro Government Safe Editionの安全性に関する公開質問状』


副題。


『安全を名乗るなら、仕様と監査で証明してください』


神崎は文面を読み上げた。


「昨日の公開ヒアリングにおいて、政治AIサービスの安全性は名称や理念ではなく、具体的仕様と検証可能性によって判断すべきであるとの論点が示されました」


雨宮が続ける。


「つきましては、貴社が発表したGovernment Safe Editionについて、以下の点を公開可能な範囲で明らかにするよう求めます」


質問項目。


一、高リスクデータ警告機能は、入力を禁止するものか、警告後に入力可能なものか。


二、支援者名簿、献金者情報、選挙戦略、未公開政策案について、初期設定で入力を制限するのか。


三、監査ログの閲覧権限は誰にあるのか。


四、事業者側サポート担当が監査ログにアクセスする場合、利用者への事前通知、事後通知、アクセス記録はあるのか。


五、政治家本人、秘書、政党管理者の閲覧権限をどう分けるのか。


六、入力データは基盤モデルの学習、サービス改善、統計分析に使われるのか。


七、匿名化された利用統計とは何を含むのか。


八、削除申請後、実際に削除されるまでの期間はどれくらいか。


九、バックアップやログからも削除されるのか。


十、外部監査を受ける予定はあるのか。ある場合、時期、範囲、監査主体は誰か。


十一、既存ユーザーがすでに入力した高リスク政治データについて、削除・確認・移行手続きはあるのか。


十二、海外処理、外国資本、第三者委託の有無。


神崎は読み終えて言った。


「十二項目か。多いな」


雨宮は即答した。


「多いですが、必要です」


「黒瀬はどう返しますかね」


セイムが表示した。


『予測。

一、公開可能な範囲で回答すると表明。

二、一部はセキュリティ上非公開とする。

三、外部監査を前向きに検討。

四、入力禁止ではなく警告強化で対応。

五、削除手続きについては運用中と回答。

六、質問状を“建設的提案”として取り込む。』


神崎はうめいた。


「全部飲み込んでくる絵しか見えない」


雨宮は言った。


「だから公開質問状にするのです。飲み込むなら、言質が残ります」


「なるほど」


「黒瀬氏が強いのは、曖昧なまま前に進むからです。なら、曖昧さを表に出します」


神崎は少し笑った。


「雨宮議員、やっぱり怖い」


「神崎議員も、もう慣れてきたでしょう」


「慣れたくはないですね」


午前中のうちに、共同質問状は公開された。


反応は速かった。


『これは具体的』

『安全対応版、答えられるのか』

『監査ログを業者が見られるのは怖い』

『削除申請って何日かかるんだ』

『政治AIだけじゃなく企業AIにも関係ある』

『安全を名乗るなら証明してください、強い』


そして当然、業界側も反応した。


あるAI業界団体関係者は、SNSでこう書いた。


『政治家が過度に技術仕様へ踏み込みすぎると、AIサービスの発展を阻害する懸念があります。安全性は重要ですが、事業者の創意工夫を損なわないバランスが必要です。』


神崎はそれを読んで言った。


「バランス、来たな」


三島が頷く。


「便利な言葉ですね」


セイムが表示した。


『“バランス”は、対立する価値を調整する重要語です。ただし、具体的基準がない場合、先送り語として機能します』


神崎は笑った。


「お前も政治用語に詳しくなったな」


『学習しています』


その表示に、神崎は一瞬だけ引っかかった。


学習しています。


何度聞いても、少し怖い。


午後。


党内から呼び出しがあった。


公開質問状について、説明してほしいという。


神崎は部会室に向かった。


会議室には、前回よりさらに多い議員が集まっていた。


関心が高いというより、自分たちに火が近づいていることを感じ始めている。


部会長が言った。


「神崎君、公開質問状について説明を」


神崎は立ち上がった。


「はい」


資料を配る。


「昨日の公開ヒアリングを踏まえ、PoliBrain Pro Government Safe Editionの安全性について、具体的仕様の公開を求める質問状を雨宮議員と共同で出しました」


中堅議員がすぐに言った。


「神崎君、特定企業を狙い撃ちしているように見えないか」


「その懸念はあります」


「なら危ないだろう」


神崎は頷いた。


「ただし、同社は自ら政治AI安全基準の民間有識者会議を提案し、安全対応版を発表しています。安全性を看板にするなら、具体的に何が安全なのかを示す責任があります」


別の議員が言った。


「企業秘密もあるだろう」


「あります。だから、すべてを公開せよとは言っていません。ただ、政治家のAIログに事業者がアクセスできるのか、支援者名簿を入力禁止にするのか、削除できるのか。これらは利用者が契約前に知るべき情報です」


官僚出身議員が言った。


「安全基準を厳しくしすぎると、大手しか残らない」


「その通りです」


神崎は即答した。


「だから、昨日のヒアリングでも寡占リスクを論点に入れました。安全性と競争政策は両方見なければなりません」


若手議員が言った。


「結局、どういう制度を目指すんですか。法規制ですか、自主基準ですか」


神崎は少し間を置いた。


ここは難しい。


セイムの答弁案はある。


しかし、まず自分で答えた。


「両方です」


会議室が少し静かになる。


「民間の自主基準は必要です。技術の変化が速いからです。一方で、自主基準だけでは、守らない業者、守れない業者、守っているふりをする業者が出る。だから、政治データの高リスク領域については、法制度や公的監査の枠組みも必要になります」


長老議員が言った。


「つまり、全部一発で法律にするな、ということか」


「はい。まず分類、基準、監査、現場ガイドライン。それを並行して進めるべきだと思います」


長老議員は頷いた。


「急ぎすぎるな。ただし、遅れるな」


神崎は少し笑った。


「難しい注文です」


「政治だからな」


会議室に小さな笑いが起きた。


部会後、何人かの議員が神崎のところに来た。


一人は言った。


「神崎君、うちの県連でAI研修をしてくれないか」


別の一人。


「選挙事務所向けチェックリスト、早めに欲しい」


また別の一人。


「党で安全なAI基盤を作る話、進めた方がいい。ただ、ログ管理は慎重に」


神崎は一人一人に頷きながら、内心で思った。


これはもう、完全に自分一人の手に負えない。


だが、始めてしまった。


いや、始まってしまった。


夕方。


PoliBrain Proから、公開質問状への一次回答が届いた。


早い。


早すぎる。


三島が読み上げた。


『神崎議員、雨宮議員からのご質問に感謝いたします。弊社は、政治AIサービスの透明性向上の観点から、可能な限り回答を公開する方針です。詳細回答には数日を要しますが、以下、現時点での考えをお示しします。』


神崎は腕を組んだ。


「来たな」


回答は、予想通りだった。


高リスクデータ警告は、当面、入力禁止ではなく警告表示。


監査ログの事業者アクセスは、原則として利用者同意を前提にする方向で検討。


サポートアクセス時の通知機能を導入予定。


データの基盤モデル学習利用は行わない方針。


匿名化利用統計の範囲は今後明確化。


削除申請後の処理期間はサービス仕様として明示予定。


外部監査は第三者機関と協議中。


既存ユーザーの高リスクデータ確認手続きは準備中。


神崎は読み終えて言った。


「全部、予定と検討だな」


セイムが表示した。


『はい。

ただし、公開質問状により、同社は複数項目について今後明示する立場に追い込まれました』


雨宮からメッセージが来た。


『一次回答確認。想定通りです。ただ、“検討中”を“期限付き回答”に変えさせる必要があります』


神崎は返信した。


『次は期限ですね』


雨宮。


『はい。“いつまでに示すのか”を聞きます』


神崎は笑った。


雨宮は本当に逃がさない。


三島が言った。


「先生、次の共同コメントは?」


神崎は考えた。


「評価しつつ、期限を求める」


セイムが文案を出す。


『PoliBrain Proの一次回答は、政治AIサービスの透明性向上に向けた前向きな対応である。一方で、多くの項目が検討中、導入予定、明確化予定にとどまっている。安全性を利用者が判断できるよう、各項目について、具体的な仕様、実装時期、監査方法を期限付きで示すことを求める。』


神崎は言った。


「そのまま使える」


三島が頷いた。


「雨宮事務所に送ります」


数分後、雨宮から修正が来た。


『“前向きな対応”は残してよい。ただし、“利用者が契約前に判断できる形で”を追加しましょう』


神崎は頷いた。


「いい修正だ」


共同コメントは公開された。


『安全性は契約前に判断できなければ意味がない』


この一文が、特に広がった。


夜。


神崎は事務所で、選挙事務所向けチェックリストを作っていた。


三島、セイム、KIRIKOの共同案をもとに、自分で手を入れる。


タイトル。


『政治AIを使う前の最低限チェック』


一、支援者名簿を入力しない。


二、献金者情報を入力しない。


三、陳情メールは個人情報を削る。


四、選挙戦略を外部AIに相談しない。


五、未公開政策案は入力しない。


六、サーバー所在地を確認する。


七、入力データが学習に使われるか確認する。


八、ログを誰が見られるか確認する。


九、削除できるか確認する。


十、AI生成文をそのまま送らない。


十一、事務所内で誰がAIを使っているか把握する。


十二、迷ったら入れない。


最後の項目を見て、三島が言った。


「十二番、いいですね」


「俺が書いた」


「分かります」


「どういう意味だ」


「雑だけど強いです」


「褒めてるのか」


「褒めています」


セイムが表示した。


『“迷ったら入れない”は、現場向け原則として有効です』


ヤミちゃんが表示した。


『拡散力:高。

標語化可能性:高。』


神崎は少し笑った。


「これは食べない系だな」


『はい』


「よし」


二十二時前。


神崎は帰り支度を始めた。


三島が言った。


「先生、今日も帰れますね」


「帰る。明日も重い」


セイムが表示した。


『帰宅を推奨します』


ヤミちゃんも表示した。


『“神崎議員、三日連続で帰宅”という流言は発生しません』


「それは流言じゃなくて事実だ」


『珍しい事実です』


「うるさい」


事務所を出る前に、神崎は今日の公開質問状をもう一度見た。


安全を名乗るなら、仕様と監査で証明してください。


これは、AI業者だけに向けた言葉ではないのかもしれない。


政治家も同じだ。


責任を名乗るなら、行動で示せ。


透明性を語るなら、自分の使い方も見直せ。


人間が決めると言うなら、AIに丸投げするな。


神崎はノートを閉じた。


外は冷えていた。


夜道を歩きながら、スマートフォンが震えた。


雨宮からだった。


『チェックリスト案、確認しました。“迷ったら入れない”は良いですね』


神崎は返信した。


『そこは自分で書きました』


少しして返事。


『分かります』


神崎は画面を見て、少し笑った。


三島と同じことを言われた。


『雑だけど強い、という意味ですか』


雨宮。


『はい』


神崎は声を出して笑った。


AIではなく、人間に雑さを見抜かれる。


それは少しだけ、悪くなかった。

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