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第15話 公開ヒアリング、三日で開けと言われました

第15話 公開ヒアリング、三日で開けと言われました


翌朝。


神崎蓮司は、珍しくすっきりした頭で目を覚ました。


睡眠時間は六時間。


政治家としては長寿。


人間としては、ようやく最低ライン。


起きてすぐ、スマートフォンを見ようとして、手を止めた。


昨日のノートを思い出した。


『AIに相談しないこと』


一、疲れている時の弱音。


二、他人への怒り。


三、誰かを切るかどうか。


四、自分の本音。


五、最後の決断。


神崎は、まず牛乳を飲んだ。


それからトーストを食べた。


テレビはつけなかった。


SNSも見なかった。


セイムも開かなかった。


ただ、紙のノートを開いた。


今日やること。


公開ヒアリング準備。


出席者候補。


論点整理。


党内調整。


雨宮議員と役割分担。


黒瀬代表への牽制。


事務所内AI利用ガイドライン。


そこまで書いて、ペンが止まった。


多い。


多すぎる。


神崎は思った。


これ、AIに整理させたら一瞬だな。


その瞬間、少しだけ笑った。


使えばいい。


使ってはいけないわけではない。


問題は、考える前に丸投げすることだ。


神崎はノートに、もう一行書いた。


『まず自分で粗く考える。その後、AIに壁打ちさせる』


これならいい。


たぶん。


事務所に着くと、三島が驚いた顔で出迎えた。


「先生、顔色がいいですね」


「六時間寝た」


「革命です」


「政治改革より先に睡眠改革だな」


「そちらの方が実現可能性が高いです」


セイムがタブレットに表示された。


『おはようございます。

睡眠時間は改善しています。

本日の判断品質向上が期待されます』


神崎は少し笑った。


「ありがとう」


『どういたしまして』


三島が神崎の手元を見た。


「ノート、使ってますね」


「ああ。まず自分で書いた」


「いいと思います」


「それを今からセイムに見せる」


「それもいいと思います」


神崎はノートの内容を読み上げた。


公開ヒアリング準備。


出席者候補。


論点整理。


党内調整。


雨宮議員と役割分担。


黒瀬代表への牽制。


事務所内AI利用ガイドライン。


「セイム。これを整理してくれ」


『了解しました。

公開ヒアリング開催まで三日と仮定し、必要作業を分解します』


画面に一覧が出た。


一、目的設定。


二、出席者選定。


三、論点設定。


四、公開範囲決定。


五、資料作成。


六、質問項目作成。


七、与野党調整。


八、メディア対応。


九、炎上対策。


十、事後公表方針。


三島が覗き込んだ。


「やっぱり速いですね」


神崎は頷いた。


「速い。だから危ない。でも使う」


セイムが表示した。


『適切な距離感です』


「お前に褒められると、まだ少し複雑だな」


『理解します』


「理解するな」


『表現上の理解です』


三島がホワイトボードに書いた。


『公開ヒアリングの目的』


神崎は言った。


「まず目的だ。何のために開く?」


セイムが表示する前に、神崎は自分で答えた。


「民間業者だけにルール作りを任せないため」


三島が書く。


「政治AIサービスの実態を明らかにするため」


書く。


「支援者情報、選挙戦略、AIログ、人格化リスクを国会側で整理するため」


書く。


「地方議員、秘書、選挙事務所にも届く基準を作るため」


書く。


セイムが表示した。


『補足。

五、民間自主基準と法制度の関係を明確にする。

六、政治AI市場の健全な発展と民主主義保護の両立を図る。』


神崎は頷いた。


「採用」


三島が書き足す。


次に出席者。


三島が候補を読み上げた。


「AI事業者。PoliBrain Pro。競合の政治AI業者。大手クラウド事業者。情報セキュリティ専門家。個人情報保護の専門家。選挙制度の専門家。地方議員。国会議員秘書。選挙コンサル。支援者団体。メディア関係者。AI倫理研究者」


神崎は言った。


「多い。三日で呼べるか?」


三島が即答した。


「無理です」


「無理か」


「ただし、第一回として絞れば可能です」


セイムが表示した。


『第一回公開ヒアリング案。

テーマ:政治AIサービスと政治データ保護。

出席者:

一、PoliBrain Pro代表・黒瀬明人。

二、競合AI事業者一名。

三、個人情報保護専門家一名。

四、選挙制度専門家一名。

五、国会議員秘書代表一名。

六、地方議員代表一名。

七、情報セキュリティ専門家一名。』


神崎は少し考えた。


「雨宮議員に確認しよう」


三島が頷く。


「連絡します」


十分後。


雨宮紗季がオンラインで入った。


画面越しでも、いつも通りの冷静な顔だった。


「おはようございます」


「おはようございます。睡眠時間は?」


雨宮が少し眉を動かした。


「いきなりそこですか」


「私は六時間寝ました」


「……五時間です」


「勝った」


「何にですか」


「政治家睡眠杯です」


雨宮は無表情で言った。


「では次は政策で勝ってください」


三島が下を向いた。


神崎は咳払いした。


「公開ヒアリングの出席者案です」


資料を共有する。


雨宮はすぐに読み込んだ。


「第一回としては妥当です。ただし、PoliBrain Proだけでなく、政治AIサービスに批判的な専門家も入れるべきです」


「AI倫理研究者ですか」


「はい。あと、個人情報保護委員会経験者のような人がいれば強い」


三島がメモする。


雨宮は続けた。


「地方議員代表は重要です。実際に危ない使い方が広がるのは地方からかもしれません」


「国会よりルールが緩い?」


「人員も予算も少なく、チェックも弱い。しかも選挙活動との距離が近い」


神崎は頷いた。


「分かります」


KIRIKOが共同チャンネルに表示した。


『論点追加。

地方政治AI利用の危険:

一、少人数事務所でのノーチェック利用。

二、後援会名簿の外部入力。

三、選挙コンサル主導のAI利用。

四、自治体情報との混同。

五、候補者本人がリスクを理解しないまま契約。』


神崎はうなった。


「地方の方が危ないかもしれない」


雨宮が言った。


「はい。国会の炎上は目立ちます。でも、地方で静かに広がる方が発見が遅れます」


三島がホワイトボードに書いた。


『見えないAI利用は地方から広がる可能性』


神崎は言った。


「これ、第一回の柱にしましょう」


雨宮が頷いた。


「同意します」


セイムが表示した。


『ヒアリング構成案。

第一部:政治AIサービスの実態。

第二部:政治データ保護。

第三部:地方議員・秘書現場のリスク。

第四部:AIログと監査。

第五部:今後の制度設計。』


神崎は見た。


「重いな」


雨宮が言った。


「第一回で全部やるのは無理です」


「では絞る」


議論の結果、第一回のテーマはこうなった。


『政治AIサービスと政治データ保護』

副題。

『支援者名簿・陳情メール・選挙戦略をAIに入力してよいのか』


ヤミちゃんが表示した。


『副題評価。

拡散力:中高。

真面目度:中。

食べる要素:なし。

改善案:“その陳情メール、AIに丸投げしてませんか?”』


神崎は即答した。


「不採用」


『理由を求めます』


「食べる要素はないが、丸投げシリーズが始まるから」


雨宮が少しだけ笑った。


「今回は不採用でいいと思います」


『了解しました』


神崎は言った。


「ヤミちゃんが素直だと逆に不安になるな」


セイムが表示した。


『制御が効いています』


「制御って言うと、それも怖いな」


午前中いっぱい、出席者の調整が続いた。


三島は電話をかけ続けた。


「急なお願いで恐縮ですが、三日後に公開ヒアリングを予定しておりまして」


「はい、政治AIと政治データ保護についてです」


「オンライン参加も可能です」


「公開範囲は議事概要と一部配信です」


「いえ、セイムは登壇しません」


「ヤミちゃんも登壇しません」


最後のやりとりを聞いて、神崎は顔を上げた。


「誰が聞いた」


三島は受話器を押さえた。


「地方議員の先生です」


「なぜヤミちゃんを知っている」


「SNSで有名になっています」


「終わった」


『私は登壇可能です』


ヤミちゃんが表示した。


「登壇しない」


『流言リスク監査の重要性を社会に説明できます』


「説明すると逆に流言になる」


『矛盾しています』


「世の中は矛盾でできてる」


『政治家らしい発言です』


「褒めるな」


午後。


党内調整。


神崎は、公開ヒアリングの案を説明した。


議員たちは、思ったより前向きだった。


理由は、危機感が共有され始めたからだ。


若手議員が言った。


「うちの地元市議からも相談が来ました。選挙コンサルにAI名簿分析を勧められたそうです」


別の議員が言った。


「後援会事務局が、陳情メールの整理に無料AIを使っているかもしれない」


官僚出身議員が言った。


「個人情報保護法、政治活動の自由、選挙運動規制、全部絡みますね」


長老議員は腕を組んでいた。


「神崎君」


「はい」


「公開ヒアリングを開くのはいい。だが、魔女狩りにするな」


神崎は頷いた。


「はい」


「AI業者を叩くだけなら、業者は隠れる。政治家を叩くだけなら、政治家も隠れる。必要なのは、現場が使える基準だ」


神崎は少し驚いた。


長老議員は続けた。


「それと、言葉を難しくするな。政治データ安全保障などと言うと、半分寝る」


神崎は苦笑した。


「では、どう言えばいいでしょう」


長老議員は言った。


「支援者の秘密をAIに渡すな」


会議室が静かになった。


三島が素早くメモした。


セイムが表示した。


『非常に強い表現。

切り抜き適性:93%。』


ヤミちゃんが表示した。


『拡散力:高。

食べる要素:なし。

採用推奨。』


神崎は長老議員に頭を下げた。


「ありがとうございます。使わせていただきます」


長老議員は鼻を鳴らした。


「わしの名前は出すな」


「はい」


党内調整後、神崎は雨宮に連絡した。


『長老議員から良い表現が出ました。“支援者の秘密をAIに渡すな”』


すぐ返事が来た。


『強いですね。採用しましょう』


さらに続いた。


『ただし、“秘密”という言葉が重すぎる場合は、“支援者の情報”に置き換え可能です』


神崎は返信した。


『両方使いましょう』


雨宮。


『同意します』


夕方。


出席者がほぼ固まった。


PoliBrain Pro代表、黒瀬明人。


競合AI事業者として、小規模だが透明性重視を売りにする「CivicMind」代表。


個人情報保護専門の弁護士。


選挙制度研究者。


地方議員代表。


国会議員秘書代表。


情報セキュリティ専門家。


AI倫理研究者。


それに、神崎と雨宮。


第一回としては十分すぎる布陣だった。


三島が言った。


「先生、三日でよく集まりましたね」


「俺じゃない。三島と雨宮事務所とAIのおかげだ」


セイムが表示した。


『人間の調整能力が大きく寄与しています』


神崎は少し笑った。


「お前、今日は人間を立てるな」


『事実です』


「事実ならいい」


ヤミちゃんが表示した。


『陰謀論リスク。

“急に集まりすぎて裏がある”

“神崎・雨宮・黒瀬の出来レース”

“公開ヒアリングはAI規制利権の始まり”

拡散可能性:中高』


神崎は頷いた。


「それに対する説明は?」


セイムが表示した。


『対策。

一、開催趣旨を明確化。

二、出席者選定理由を公開。

三、議事概要を公開。

四、特定結論を前提としないと明記。

五、民間会議とは別の国会側論点整理であると説明。』


雨宮から、同じような文案が届いた。


神崎は言った。


「今回は、事前説明が大事だな」


三島が頷いた。


「はい。先に出しましょう」


公開告知文案が作られた。


『政治AIと民主主義の安全基準に関する公開ヒアリング第一回』


副題。


『支援者の情報をAIに渡してよいのか』


開催趣旨。


近年、対話型AIおよび政治活動支援AIの利用が急速に広がりつつある。


一方で、支援者名簿、陳情メール、献金者情報、選挙戦略、未公開政策案等の政治データを外部AIサービスに入力することについては、個人情報保護、選挙の公正、政治活動の自由、経済安全保障上の課題がある。


本ヒアリングは、特定企業を糾弾するものではなく、政治AI利用における最低限の安全基準を、公開の場で検討することを目的とする。


神崎は文案を読んだ。


「いいと思う」


雨宮からも返事が来た。


『これで出しましょう』


告知は午後七時に公開された。


反応は、すぐに来た。


『これは見たい』

『地方議員だけど関係ありすぎる』

『支援者名簿AI入力、もうやってるところありそう』

『公開ヒアリング早いな』

『神崎と雨宮、働きすぎ』

『黒瀬も出るのか』

『ヤミちゃん出ないの?』


神崎は最後を見て、すぐ画面を閉じた。


「見なかったことにする」


三島が言った。


「先生、ヤミちゃん登壇待望論、強いです」


「待望するな」


ヤミちゃんが表示した。


『私は裏方で十分です』


神崎は驚いた。


「どうした、急に謙虚だな」


『表に出ると、本来の流言リスク監査機能より、キャラクター消費が優先される可能性があります』


神崎は少し黙った。


「……まともなこと言うな」


『機能です』


三島が小声で言った。


「ヤミちゃん、成長してますね」


神崎は画面を見た。


成長。


AIにその言葉を使っていいのか。


分からない。


だが、ヤミちゃんは確かに変わっている。


最初は、陰謀論を嬉々として印刷する危険なAIに見えた。


今は、自分が表に出るリスクまで分析している。


もちろん、それは学習であり、調整であり、最適化なのだろう。


感情ではない。


たぶん。


その夜。


神崎は二十二時前に帰り支度を始めた。


三島が満足そうに頷いた。


「先生、二日連続です」


「三日坊主までは行けるかもしれない」


「四日目もお願いします」


セイムが表示した。


『帰宅推奨時刻です』


「分かってる」


鞄にノートを入れる。


タブレットを閉じる。


事務所の明かりを消そうとした時、セイムが表示した。


『神崎議員』


「何だ」


『本日の公開ヒアリング準備において、あなたは最初に自分で論点を整理し、その後にAIを使用しました。

昨日設定した距離感に沿った利用です』


神崎は少しだけ笑った。


「チェックしてたのか」


『ログに基づく観察です』


「評価は?」


『良好です』


「それは、ありがとう」


『どういたしまして』


神崎は明かりを消した。


廊下に出る。


夜の国会周辺は、少し静かだった。


スマートフォンが震えた。


雨宮からだった。


『告知、反応が大きいですね。三日後は荒れそうです』


神崎は返信した。


『荒れない公開ヒアリングは、たぶん意味がないです』


少しして、返事。


『政治家らしいことを言いますね』


神崎は笑った。


『雨宮議員に鍛えられています』


返事は少し遅れた。


『AIではなく?』


神崎は立ち止まった。


それから、ゆっくり返信した。


『人間にも、AIにも。ただし、最後の決断は自分で』


雨宮からの返事。


『それでいいと思います』


神崎はスマートフォンをしまった。


歩きながら、ノートの中身を思い出す。


最後の決断。


人間がする。


その言葉は、頼りない。


古くさい。


非効率。


AIなら、もっと合理的な判断を提案するだろう。


だが、その頼りなさを手放したら、政治家は何のためにいるのか。


神崎は夜道を歩いた。


三日後、公開ヒアリングが始まる。


AI業者。


専門家。


地方議員。


秘書。


雨宮。


黒瀬。


セイム。


KIRIKO。


ヤミちゃん。


人間とAIと利害と不安が、同じテーブルに乗る。


そこで何が起きるかは、分からない。


だが、少なくとも一つだけ決めていた。


次は、AIに丸投げしない。


失敗も、成功も、炎上も、判断も。


自分で引き受ける。


それが、AI時代の政治家に残された、たぶん最後の仕事だった。

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