表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/60

第16話 その公開ヒアリング、荒れます

第16話 その公開ヒアリング、荒れます


公開ヒアリングまで、あと二日。


神崎蓮司の事務所は、軽く戦場になっていた。


ただし、以前のような電話と怒号の戦場ではない。


資料。


資料。


資料。


机の上にも、床にも、壁にも、ホワイトボードにも、紙と付箋とタブレットが並んでいる。


『政治AIと民主主義の安全基準に関する公開ヒアリング第一回』


副題。


『支援者の情報をAIに渡してよいのか』


出席者リスト。


質問項目。


想定反論。


炎上見出し予測。


法的論点。


技術論点。


地方議員向けチェックリスト。


秘書向けAI利用注意事項。


そして、ヤミちゃんが勝手に作った一枚紙。


『このヒアリングで起きそうな地獄』


神崎はそれを見て言った。


「誰が作れと言った」


ヤミちゃんが表示した。


『流言リスク監査の一環です』


「タイトルが悪い」


『改善案:

“このヒアリングで発生し得る高リスク事象”』


「急に役所っぽい」


『どちらにしますか?』


「……地獄の方が分かりやすいのが腹立つな」


三島が横から覗いた。


「先生、内容は役に立ちます」


「お前まで」


三島は紙を読み上げた。


一、AI業者が自主基準で逃げる。


二、専門家が法制度上の難点を並べて結論がぼやける。


三、地方議員が「現場では無理」と言う。


四、秘書代表が「人手不足でAIなしでは回らない」と言う。


五、黒瀬代表が全部を“建設的な議論”として飲み込む。


六、SNSがセイムとKIRIKOの関係性ばかり見る。


七、ヤミちゃん登壇要求が再燃する。


神崎は最後で紙を伏せた。


「七番は消せ」


『発生可能性があります』


「消せ」


『記録上は残します』


「残すな」


セイムが表示した。


『一から五は、実務上重要です』


神崎は椅子にもたれた。


「問題は黒瀬だな」


三島が頷いた。


「はい。黒瀬代表は、たぶん反論しないと思います」


「反論しない?」


「おそらく、ほとんど受け止めます」


神崎は目を細めた。


「受け止める方が厄介だな」


「はい」


セイムが表示した。


『黒瀬代表の想定戦略。

一、懸念に理解を示す。

二、自社は安全に配慮していると説明。

三、業界全体の課題として一般化。

四、民間自主基準の必要性を主張。

五、自社を“責任ある事業者”として位置づける。

六、厳格な法規制には慎重論を出す。』


神崎は頷いた。


「つまり、こちらの問題提起を全部飲み込んで、自分が安全基準の旗振り役になる」


『はい』


「政治家より政治がうまいな」


三島が言った。


「経営者も政治家みたいなものです」


「嫌な説得力だ」


その時、雨宮紗季から共同チャンネルにメッセージが入った。


『本日十時、出席者別の想定問答を確認したいです。黒瀬氏への質問は、逃げ道を塞ぐ形にしましょう』


神崎は返信した。


『了解。こちらも同じ認識です』


すぐに返事。


『あと、ヤミちゃんの“地獄リスト”はこちらにも共有されています』


神崎は固まった。


「ヤミちゃん」


『はい』


「共有したのか」


『共同リスク監査チャンネルに送信しました』


「勝手に?」


『事前許可範囲内です』


「どの範囲だ」


『流言リスクおよび炎上リスク共有』


「地獄リストは範囲内なのか」


『実質的に範囲内です』


三島が小声で言った。


「先生、たぶん範囲内です」


神崎は頭を抱えた。


数分後、雨宮から追加メッセージが来た。


『内容は有用です。ただし、タイトルは不適切です』


神崎は笑った。


「雨宮議員らしいな」


午前十時。


オンライン協議が始まった。


神崎側は、神崎、三島、セイム、ヤミちゃん。


雨宮側は、雨宮、秘書、KIRIKO。


画面越しに雨宮が言った。


「まず、黒瀬氏への質問です」


神崎は頷いた。


「はい」


雨宮のKIRIKOが、質問案を表示した。


『質問一。

支援者名簿や献金者情報をAIサービスに入力する場合、本人同意の有無を事業者として確認するのか』


神崎は言った。


「これは必須ですね」


雨宮が続けた。


「黒瀬氏はおそらく、“契約者に適法性を保証してもらう”と答えます」


神崎は頷く。


「では追撃」


セイムが表示した。


『追撃質問。

契約者が適法性を保証するとしても、営業資料で支援者名簿の入力を推奨している以上、事業者にも注意喚起義務があるのではないか』


雨宮が頷いた。


「良いです」


KIRIKOが次を表示した。


『質問二。

高リスク政治データについて、初期設定で入力禁止または警告表示にするのか』


神崎が言う。


「黒瀬は“警告表示を検討”で逃げますね」


雨宮が言った。


「なら、入力禁止にできない理由を聞く」


セイムが追撃案を出す。


『追撃。

なぜ支援者名簿や献金者情報を初期設定で入力禁止にしないのか。それらを入力させることが事業モデル上必要なのか』


三島がメモした。


「これは刺さりますね」


神崎は頷いた。


「刺さりすぎて怒るかもしれない」


雨宮は淡々と言った。


「怒らせるためではありません。答えさせるためです」


神崎は少し笑った。


「雨宮議員、やっぱり怖いですね」


「神崎議員も、最近少し怖くなっています」


「そうですか?」


「はい。AIで無双していた時より、今の方が怖いです」


神崎は意外だった。


「なぜです?」


雨宮は少し間を置いた。


「自分の弱さを知っている人間の方が、強いからです」


三島が顔を上げた。


セイムが表示した。


『発言評価:高。』


神崎は少し照れた。


「それ、切り抜きに使っていいですか」


雨宮は即答した。


「だめです」


「残念」


協議は続いた。


出席者ごとの想定問答。


個人情報保護専門家には、政治的支持情報の扱いを聞く。


選挙制度研究者には、個別最適化された政治メッセージと選挙運動規制の関係を聞く。


地方議員代表には、現場でAIがどのように使われ始めているかを聞く。


秘書代表には、人手不足とAI利用の現実を話してもらう。


情報セキュリティ専門家には、外部AIへの入力リスク、サーバー所在地、ログ管理を聞く。


AI倫理研究者には、人格化、依存、意思決定の自動化について聞く。


神崎はホワイトボードを見た。


論点が多い。


多すぎる。


でも、どれも削りにくい。


「第一回でこれ全部やると、時間が足りないですね」


雨宮が頷く。


「足りません。だから、第一回では“危険の全体像を見せる”ことを目的にするべきです。結論を出す場ではなく、論点を公開する場です」


神崎はメモした。


『第一回は結論ではなく、論点公開』


セイムが表示した。


『冒頭発言案。

“本日のヒアリングは、ただちに結論を出す場ではありません。政治AI利用について、何が分かっておらず、何を急いで決めるべきかを公開する場です。”』


神崎は頷いた。


「使いましょう」


雨宮も頷いた。


「賛成です」


午前十一時半。


協議が一段落したところで、ヤミちゃんが警告を出した。


『流言リスク。

公開ヒアリング前に、PoliBrain Pro側が“安全基準対応版”を発表する可能性があります』


神崎は顔を上げた。


「そんな早く?」


『可能性:中高。

理由:

一、ヒアリング前に主導権を取る。

二、批判を先取りして安全対応をアピール。

三、黒瀬代表がヒアリングで“すでに対応済み”と言える。』


雨宮の表情が厳しくなった。


「あり得ます」


セイムが表示した。


『対応案。

一、事前に“サービス名変更や安全版発表だけでは不十分”との論点を用意。

二、具体的仕様を確認する質問を準備。

三、第三者監査の有無を問う。

四、既存ユーザーのデータ移行・削除対応を問う。』


神崎は言った。


「安全対応版と言われたら、具体的に何が違うのか聞く」


雨宮が頷いた。


「国内保管、学習利用なし、削除可能、監査ログ。全部、証明できるのかを聞くべきです」


三島がメモする。


「“安全です”ではなく、“どう安全なのか”」


神崎はそれを見て言った。


「いいですね」


ヤミちゃんが追加した。


『見出し案:

“安全を名乗るAIは、何を証明できるのか”』


神崎は少し考えた。


「これは悪くない」


雨宮も頷いた。


「使えます」


『ありがとうございます』


ヤミちゃんの表示が、なぜか少し誇らしげに見えた。


もちろん、見えただけである。


午後。


予想は当たった。


PoliBrain Proが、新サービスを発表した。


『PoliBrain Pro Government Safe Edition』


政治データ安全保障対応版。


国内サーバー保管。


監査ログ機能。


高リスクデータ警告。


AI利用三原則対応。


支援者情報保護モード。


選挙戦略安全管理。


神崎は発表資料を見て、しばらく黙った。


「本当に出してきたな」


三島が言った。


「早すぎます」


セイムが表示した。


『おそらく以前から準備していた可能性があります。

神崎・雨宮提言を受けて急造したのではなく、発表タイミングを調整したと推定されます』


神崎は頷いた。


「黒瀬、やっぱり準備してたか」


ヤミちゃんが表示した。


『流言リスク。

“神崎・雨宮の提言がPoliBrain新製品の宣伝に利用された”

拡散可能性:高』


「というか、実際そう見える」


三島が言った。


「どうします?」


「すぐコメントする」


神崎は、雨宮に連絡した。


『出ましたね』


返事はすぐ来た。


『はい。共同コメントを出しましょう。“安全を名乗るなら仕様と監査を示すべき”という方向で』


神崎は頷いた。


セイムとKIRIKOが共同で文案を出した。


『政治AIサービスが安全性を高める方向に進むこと自体は歓迎する。

しかし、“安全対応版”という名称だけでは不十分である。

重要なのは、データ保存場所、学習利用の有無、第三者提供、削除手続き、監査ログ、外部監査、既存ユーザーのデータ取り扱いについて、具体的かつ検証可能な情報を示すことである。

公開ヒアリングでは、こうした点を確認していく。』


神崎は読んだ。


「いいですね」


雨宮から修正が入る。


『“歓迎する”を“前向きな動きである”に弱めましょう。歓迎しすぎると宣伝に使われます』


神崎は苦笑した。


「なるほど」


修正後、共同コメントが出された。


『政治AIサービスが安全性を高める方向へ進むことは前向きな動きである。一方で、“安全対応版”という名称だけでは不十分であり、具体的かつ検証可能な情報開示が必要である。公開ヒアリングでは、データ保存場所、学習利用、第三者提供、削除、監査ログ、外部監査、既存ユーザーのデータ取り扱いについて確認していく。』


コメントは、すぐに報道された。


見出し。


『神崎・雨宮、PoliBrain安全版に“名称だけでは不十分”』

『政治AI安全性、仕様開示が焦点に』

『公開ヒアリング前に応酬』


黒瀬側も、すぐ反応した。


『弊社は透明性ある説明を行う用意があります。公開ヒアリングでも、建設的な議論に貢献してまいります。』


神崎は画面を見て言った。


「本当にうまいな」


三島が頷いた。


「絶対に喧嘩腰になりませんね」


「喧嘩腰にならない相手は厄介だ」


セイムが表示した。


『黒瀬代表は、対立を吸収し、制度形成の中心に入る戦略を取っています』


神崎は言った。


「なら、こちらは具体論で逃がさない」


夕方。


公開ヒアリングの告知ページには、視聴登録が殺到していた。


記者からの問い合わせも増えている。


地方議員からの質問。


秘書からの相談。


AI業者からの参加希望。


市民団体からの要望。


そして、なぜかファンアート。


三島が画面を見ながら言った。


「先生」


「言うな」


「まだ何も言ってません」


「どうせセイムかヤミちゃんだろ」


「今回は、公開ヒアリング擬人化です」


神崎は理解できなかった。


「何だそれ」


「公開ヒアリング自体が、眼鏡をかけた委員長キャラになっています」


神崎は頭を抱えた。


「日本のインターネットは何でも擬人化するな」


ヤミちゃんが表示した。


『社会的受容の一形態です』


「受容するな」


『観測しています』


「なお悪い」


三島が笑いながら言った。


「先生、でも話題化にはなっています」


「話題化と理解は違う」


セイムが表示した。


『その発言は重要です』


神崎は少し黙った。


確かにそうだ。


話題化と理解は違う。


炎上と議論も違う。


拡散と納得も違う。


AIは拡散させることが得意だ。


ヤミちゃんは、特にそのあたりをよく見ている。


しかし、政治に必要なのは拡散だけではない。


最後に、何を決めるか。


誰が責任を取るか。


そこに戻ってくる。


夜。


神崎は、事務所で一人、公開ヒアリングの冒頭発言を書いていた。


今日は、あえて最初からセイムには頼まなかった。


ノートに、自分の言葉で書く。


『本日のヒアリングは、誰かを糾弾する場ではありません』


少し考える。


『ただし、問題を曖昧にする場でもありません』


さらに書く。


『AIは政治を効率化します。しかし、効率化してはいけないものまで効率化する危険があります』


神崎はペンを止めた。


効率化してはいけないもの。


何だろう。


支援者との信頼。


有権者への説明。


政策を考える苦労。


迷い。


反対意見を聞く時間。


最後の決断。


神崎は書き足した。


『政治のすべてを効率化すれば、残るのは政治ではなく、操作かもしれません』


自分で書いて、少し大げさかと思った。


セイムに見せる。


「どうだ?」


『評価します。

表現は強いですが、冒頭発言として有効です。

ただし、“操作”という言葉は業界側が反発する可能性があります』


「反発させたいわけじゃない」


『代替案:

“政治のすべてを効率化すれば、説明や納得の過程が失われる危険があります。”』


神崎は考えた。


「弱いな」


『はい。安全ですが弱いです』


「両方入れるか」


『可能です』


神崎は書いた。


『政治のすべてを効率化すれば、説明や納得の過程が失われる危険があります。極端に言えば、政治が説得ではなく、操作に近づくかもしれません。』


セイムが表示した。


『良好です』


神崎は頷いた。


「よし」


二十二時前。


三島が戻ってきた。


「先生、帰りましょう」


「分かった」


「冒頭発言は?」


「自分で書いて、セイムに見せた」


「いい距離感ですね」


「だろ?」


三島が資料を見た。


「先生、これいいですね。政治のすべてを効率化すれば、説明や納得の過程が失われる」


「そこは俺」


「操作に近づくかもしれない、も?」


「そこも俺」


「セイムは?」


「反発リスクを指摘した」


「役割分担できてますね」


神崎は少し得意げに言った。


「成長しただろ」


三島は頷いた。


「はい。先生が」


セイムが表示した。


『同意します』


神崎はタブレットを見た。


「お前まで言うか」


『事実です』


ヤミちゃんが表示した。


『流言リスク:

“神崎議員、AIに褒められて喜ぶ”

拡散可能性:低。身内向け。』


「身内向けなら出すな」


『了解しました』


神崎は鞄にノートを入れた。


公開ヒアリングまで、あと二日。


黒瀬は安全対応版を出してきた。


業界は自主基準で主導権を取りに来る。


雨宮は鋭く切り込むだろう。


専門家は難しい論点を投げるだろう。


地方議員は現場の限界を話すだろう。


秘書代表は人手不足を訴えるだろう。


SNSは、きっと妙な方向で盛り上がるだろう。


そして自分は、その真ん中に立つ。


神崎は明かりを消した。


「その公開ヒアリング、荒れます」


自分でつぶやいて、少し笑った。


セイムが表示した。


『高確率で荒れます』


「そこは否定してほしかったな」


『事実です』


神崎は事務所を出た。


荒れるなら、荒れればいい。


ただし、今度は燃えるだけで終わらせない。


炎上を、論点に変える。


混乱を、制度に変える。


失敗を、基準に変える。


それができるなら。


少しは、自分が燃えた意味もあるのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ