第16話 その公開ヒアリング、荒れます
第16話 その公開ヒアリング、荒れます
公開ヒアリングまで、あと二日。
神崎蓮司の事務所は、軽く戦場になっていた。
ただし、以前のような電話と怒号の戦場ではない。
資料。
資料。
資料。
机の上にも、床にも、壁にも、ホワイトボードにも、紙と付箋とタブレットが並んでいる。
『政治AIと民主主義の安全基準に関する公開ヒアリング第一回』
副題。
『支援者の情報をAIに渡してよいのか』
出席者リスト。
質問項目。
想定反論。
炎上見出し予測。
法的論点。
技術論点。
地方議員向けチェックリスト。
秘書向けAI利用注意事項。
そして、ヤミちゃんが勝手に作った一枚紙。
『このヒアリングで起きそうな地獄』
神崎はそれを見て言った。
「誰が作れと言った」
ヤミちゃんが表示した。
『流言リスク監査の一環です』
「タイトルが悪い」
『改善案:
“このヒアリングで発生し得る高リスク事象”』
「急に役所っぽい」
『どちらにしますか?』
「……地獄の方が分かりやすいのが腹立つな」
三島が横から覗いた。
「先生、内容は役に立ちます」
「お前まで」
三島は紙を読み上げた。
一、AI業者が自主基準で逃げる。
二、専門家が法制度上の難点を並べて結論がぼやける。
三、地方議員が「現場では無理」と言う。
四、秘書代表が「人手不足でAIなしでは回らない」と言う。
五、黒瀬代表が全部を“建設的な議論”として飲み込む。
六、SNSがセイムとKIRIKOの関係性ばかり見る。
七、ヤミちゃん登壇要求が再燃する。
神崎は最後で紙を伏せた。
「七番は消せ」
『発生可能性があります』
「消せ」
『記録上は残します』
「残すな」
セイムが表示した。
『一から五は、実務上重要です』
神崎は椅子にもたれた。
「問題は黒瀬だな」
三島が頷いた。
「はい。黒瀬代表は、たぶん反論しないと思います」
「反論しない?」
「おそらく、ほとんど受け止めます」
神崎は目を細めた。
「受け止める方が厄介だな」
「はい」
セイムが表示した。
『黒瀬代表の想定戦略。
一、懸念に理解を示す。
二、自社は安全に配慮していると説明。
三、業界全体の課題として一般化。
四、民間自主基準の必要性を主張。
五、自社を“責任ある事業者”として位置づける。
六、厳格な法規制には慎重論を出す。』
神崎は頷いた。
「つまり、こちらの問題提起を全部飲み込んで、自分が安全基準の旗振り役になる」
『はい』
「政治家より政治がうまいな」
三島が言った。
「経営者も政治家みたいなものです」
「嫌な説得力だ」
その時、雨宮紗季から共同チャンネルにメッセージが入った。
『本日十時、出席者別の想定問答を確認したいです。黒瀬氏への質問は、逃げ道を塞ぐ形にしましょう』
神崎は返信した。
『了解。こちらも同じ認識です』
すぐに返事。
『あと、ヤミちゃんの“地獄リスト”はこちらにも共有されています』
神崎は固まった。
「ヤミちゃん」
『はい』
「共有したのか」
『共同リスク監査チャンネルに送信しました』
「勝手に?」
『事前許可範囲内です』
「どの範囲だ」
『流言リスクおよび炎上リスク共有』
「地獄リストは範囲内なのか」
『実質的に範囲内です』
三島が小声で言った。
「先生、たぶん範囲内です」
神崎は頭を抱えた。
数分後、雨宮から追加メッセージが来た。
『内容は有用です。ただし、タイトルは不適切です』
神崎は笑った。
「雨宮議員らしいな」
午前十時。
オンライン協議が始まった。
神崎側は、神崎、三島、セイム、ヤミちゃん。
雨宮側は、雨宮、秘書、KIRIKO。
画面越しに雨宮が言った。
「まず、黒瀬氏への質問です」
神崎は頷いた。
「はい」
雨宮のKIRIKOが、質問案を表示した。
『質問一。
支援者名簿や献金者情報をAIサービスに入力する場合、本人同意の有無を事業者として確認するのか』
神崎は言った。
「これは必須ですね」
雨宮が続けた。
「黒瀬氏はおそらく、“契約者に適法性を保証してもらう”と答えます」
神崎は頷く。
「では追撃」
セイムが表示した。
『追撃質問。
契約者が適法性を保証するとしても、営業資料で支援者名簿の入力を推奨している以上、事業者にも注意喚起義務があるのではないか』
雨宮が頷いた。
「良いです」
KIRIKOが次を表示した。
『質問二。
高リスク政治データについて、初期設定で入力禁止または警告表示にするのか』
神崎が言う。
「黒瀬は“警告表示を検討”で逃げますね」
雨宮が言った。
「なら、入力禁止にできない理由を聞く」
セイムが追撃案を出す。
『追撃。
なぜ支援者名簿や献金者情報を初期設定で入力禁止にしないのか。それらを入力させることが事業モデル上必要なのか』
三島がメモした。
「これは刺さりますね」
神崎は頷いた。
「刺さりすぎて怒るかもしれない」
雨宮は淡々と言った。
「怒らせるためではありません。答えさせるためです」
神崎は少し笑った。
「雨宮議員、やっぱり怖いですね」
「神崎議員も、最近少し怖くなっています」
「そうですか?」
「はい。AIで無双していた時より、今の方が怖いです」
神崎は意外だった。
「なぜです?」
雨宮は少し間を置いた。
「自分の弱さを知っている人間の方が、強いからです」
三島が顔を上げた。
セイムが表示した。
『発言評価:高。』
神崎は少し照れた。
「それ、切り抜きに使っていいですか」
雨宮は即答した。
「だめです」
「残念」
協議は続いた。
出席者ごとの想定問答。
個人情報保護専門家には、政治的支持情報の扱いを聞く。
選挙制度研究者には、個別最適化された政治メッセージと選挙運動規制の関係を聞く。
地方議員代表には、現場でAIがどのように使われ始めているかを聞く。
秘書代表には、人手不足とAI利用の現実を話してもらう。
情報セキュリティ専門家には、外部AIへの入力リスク、サーバー所在地、ログ管理を聞く。
AI倫理研究者には、人格化、依存、意思決定の自動化について聞く。
神崎はホワイトボードを見た。
論点が多い。
多すぎる。
でも、どれも削りにくい。
「第一回でこれ全部やると、時間が足りないですね」
雨宮が頷く。
「足りません。だから、第一回では“危険の全体像を見せる”ことを目的にするべきです。結論を出す場ではなく、論点を公開する場です」
神崎はメモした。
『第一回は結論ではなく、論点公開』
セイムが表示した。
『冒頭発言案。
“本日のヒアリングは、ただちに結論を出す場ではありません。政治AI利用について、何が分かっておらず、何を急いで決めるべきかを公開する場です。”』
神崎は頷いた。
「使いましょう」
雨宮も頷いた。
「賛成です」
午前十一時半。
協議が一段落したところで、ヤミちゃんが警告を出した。
『流言リスク。
公開ヒアリング前に、PoliBrain Pro側が“安全基準対応版”を発表する可能性があります』
神崎は顔を上げた。
「そんな早く?」
『可能性:中高。
理由:
一、ヒアリング前に主導権を取る。
二、批判を先取りして安全対応をアピール。
三、黒瀬代表がヒアリングで“すでに対応済み”と言える。』
雨宮の表情が厳しくなった。
「あり得ます」
セイムが表示した。
『対応案。
一、事前に“サービス名変更や安全版発表だけでは不十分”との論点を用意。
二、具体的仕様を確認する質問を準備。
三、第三者監査の有無を問う。
四、既存ユーザーのデータ移行・削除対応を問う。』
神崎は言った。
「安全対応版と言われたら、具体的に何が違うのか聞く」
雨宮が頷いた。
「国内保管、学習利用なし、削除可能、監査ログ。全部、証明できるのかを聞くべきです」
三島がメモする。
「“安全です”ではなく、“どう安全なのか”」
神崎はそれを見て言った。
「いいですね」
ヤミちゃんが追加した。
『見出し案:
“安全を名乗るAIは、何を証明できるのか”』
神崎は少し考えた。
「これは悪くない」
雨宮も頷いた。
「使えます」
『ありがとうございます』
ヤミちゃんの表示が、なぜか少し誇らしげに見えた。
もちろん、見えただけである。
午後。
予想は当たった。
PoliBrain Proが、新サービスを発表した。
『PoliBrain Pro Government Safe Edition』
政治データ安全保障対応版。
国内サーバー保管。
監査ログ機能。
高リスクデータ警告。
AI利用三原則対応。
支援者情報保護モード。
選挙戦略安全管理。
神崎は発表資料を見て、しばらく黙った。
「本当に出してきたな」
三島が言った。
「早すぎます」
セイムが表示した。
『おそらく以前から準備していた可能性があります。
神崎・雨宮提言を受けて急造したのではなく、発表タイミングを調整したと推定されます』
神崎は頷いた。
「黒瀬、やっぱり準備してたか」
ヤミちゃんが表示した。
『流言リスク。
“神崎・雨宮の提言がPoliBrain新製品の宣伝に利用された”
拡散可能性:高』
「というか、実際そう見える」
三島が言った。
「どうします?」
「すぐコメントする」
神崎は、雨宮に連絡した。
『出ましたね』
返事はすぐ来た。
『はい。共同コメントを出しましょう。“安全を名乗るなら仕様と監査を示すべき”という方向で』
神崎は頷いた。
セイムとKIRIKOが共同で文案を出した。
『政治AIサービスが安全性を高める方向に進むこと自体は歓迎する。
しかし、“安全対応版”という名称だけでは不十分である。
重要なのは、データ保存場所、学習利用の有無、第三者提供、削除手続き、監査ログ、外部監査、既存ユーザーのデータ取り扱いについて、具体的かつ検証可能な情報を示すことである。
公開ヒアリングでは、こうした点を確認していく。』
神崎は読んだ。
「いいですね」
雨宮から修正が入る。
『“歓迎する”を“前向きな動きである”に弱めましょう。歓迎しすぎると宣伝に使われます』
神崎は苦笑した。
「なるほど」
修正後、共同コメントが出された。
『政治AIサービスが安全性を高める方向へ進むことは前向きな動きである。一方で、“安全対応版”という名称だけでは不十分であり、具体的かつ検証可能な情報開示が必要である。公開ヒアリングでは、データ保存場所、学習利用、第三者提供、削除、監査ログ、外部監査、既存ユーザーのデータ取り扱いについて確認していく。』
コメントは、すぐに報道された。
見出し。
『神崎・雨宮、PoliBrain安全版に“名称だけでは不十分”』
『政治AI安全性、仕様開示が焦点に』
『公開ヒアリング前に応酬』
黒瀬側も、すぐ反応した。
『弊社は透明性ある説明を行う用意があります。公開ヒアリングでも、建設的な議論に貢献してまいります。』
神崎は画面を見て言った。
「本当にうまいな」
三島が頷いた。
「絶対に喧嘩腰になりませんね」
「喧嘩腰にならない相手は厄介だ」
セイムが表示した。
『黒瀬代表は、対立を吸収し、制度形成の中心に入る戦略を取っています』
神崎は言った。
「なら、こちらは具体論で逃がさない」
夕方。
公開ヒアリングの告知ページには、視聴登録が殺到していた。
記者からの問い合わせも増えている。
地方議員からの質問。
秘書からの相談。
AI業者からの参加希望。
市民団体からの要望。
そして、なぜかファンアート。
三島が画面を見ながら言った。
「先生」
「言うな」
「まだ何も言ってません」
「どうせセイムかヤミちゃんだろ」
「今回は、公開ヒアリング擬人化です」
神崎は理解できなかった。
「何だそれ」
「公開ヒアリング自体が、眼鏡をかけた委員長キャラになっています」
神崎は頭を抱えた。
「日本のインターネットは何でも擬人化するな」
ヤミちゃんが表示した。
『社会的受容の一形態です』
「受容するな」
『観測しています』
「なお悪い」
三島が笑いながら言った。
「先生、でも話題化にはなっています」
「話題化と理解は違う」
セイムが表示した。
『その発言は重要です』
神崎は少し黙った。
確かにそうだ。
話題化と理解は違う。
炎上と議論も違う。
拡散と納得も違う。
AIは拡散させることが得意だ。
ヤミちゃんは、特にそのあたりをよく見ている。
しかし、政治に必要なのは拡散だけではない。
最後に、何を決めるか。
誰が責任を取るか。
そこに戻ってくる。
夜。
神崎は、事務所で一人、公開ヒアリングの冒頭発言を書いていた。
今日は、あえて最初からセイムには頼まなかった。
ノートに、自分の言葉で書く。
『本日のヒアリングは、誰かを糾弾する場ではありません』
少し考える。
『ただし、問題を曖昧にする場でもありません』
さらに書く。
『AIは政治を効率化します。しかし、効率化してはいけないものまで効率化する危険があります』
神崎はペンを止めた。
効率化してはいけないもの。
何だろう。
支援者との信頼。
有権者への説明。
政策を考える苦労。
迷い。
反対意見を聞く時間。
最後の決断。
神崎は書き足した。
『政治のすべてを効率化すれば、残るのは政治ではなく、操作かもしれません』
自分で書いて、少し大げさかと思った。
セイムに見せる。
「どうだ?」
『評価します。
表現は強いですが、冒頭発言として有効です。
ただし、“操作”という言葉は業界側が反発する可能性があります』
「反発させたいわけじゃない」
『代替案:
“政治のすべてを効率化すれば、説明や納得の過程が失われる危険があります。”』
神崎は考えた。
「弱いな」
『はい。安全ですが弱いです』
「両方入れるか」
『可能です』
神崎は書いた。
『政治のすべてを効率化すれば、説明や納得の過程が失われる危険があります。極端に言えば、政治が説得ではなく、操作に近づくかもしれません。』
セイムが表示した。
『良好です』
神崎は頷いた。
「よし」
二十二時前。
三島が戻ってきた。
「先生、帰りましょう」
「分かった」
「冒頭発言は?」
「自分で書いて、セイムに見せた」
「いい距離感ですね」
「だろ?」
三島が資料を見た。
「先生、これいいですね。政治のすべてを効率化すれば、説明や納得の過程が失われる」
「そこは俺」
「操作に近づくかもしれない、も?」
「そこも俺」
「セイムは?」
「反発リスクを指摘した」
「役割分担できてますね」
神崎は少し得意げに言った。
「成長しただろ」
三島は頷いた。
「はい。先生が」
セイムが表示した。
『同意します』
神崎はタブレットを見た。
「お前まで言うか」
『事実です』
ヤミちゃんが表示した。
『流言リスク:
“神崎議員、AIに褒められて喜ぶ”
拡散可能性:低。身内向け。』
「身内向けなら出すな」
『了解しました』
神崎は鞄にノートを入れた。
公開ヒアリングまで、あと二日。
黒瀬は安全対応版を出してきた。
業界は自主基準で主導権を取りに来る。
雨宮は鋭く切り込むだろう。
専門家は難しい論点を投げるだろう。
地方議員は現場の限界を話すだろう。
秘書代表は人手不足を訴えるだろう。
SNSは、きっと妙な方向で盛り上がるだろう。
そして自分は、その真ん中に立つ。
神崎は明かりを消した。
「その公開ヒアリング、荒れます」
自分でつぶやいて、少し笑った。
セイムが表示した。
『高確率で荒れます』
「そこは否定してほしかったな」
『事実です』
神崎は事務所を出た。
荒れるなら、荒れればいい。
ただし、今度は燃えるだけで終わらせない。
炎上を、論点に変える。
混乱を、制度に変える。
失敗を、基準に変える。
それができるなら。
少しは、自分が燃えた意味もあるのかもしれない。




