第7話「私はやりませんよ」
「あの、何回も言ってますけど。声優って声の演技をするお仕事ですよね? それがどうして歌ったり踊ったりすることになるのでしょうか?」
眉間にしわを寄せて、不愉快そうにこちらを見上げるのは、月白凪。
「だよなー……」
演技にプライドを持っている凪が、歌ったり踊ったりのいわゆる『アイドル売り』に応じないということは、部長の佐渡島さんから聞かされていた。
とはいえ、聞きもせずに勝手に断るのも良くないだろう、と思って、オーディションへの誘いを彼女に伝えたのだが——
「私はやりませんよ」
——彼女の答えはいつもこうである。
『人生2周目の大御所子役』
それが月白凪の5年ほど前までの二つ名だった。
弱冠4歳で銀幕デビューを飾った彼女は、その演技力もさることながら、宣伝のために出演したバラエティ番組やワイドショー番組でも、冷静沈着で大人びた発言ばかりし、一躍時の人になる。
しかし、当然だが、本当に人生2周目なわけではない。
10年も経つと、精神に年齢が追い付いてきて、『人生2周目の大御所子役』は『ちょっとすました高校生』になった。同年代の人たちよりは圧倒的に大人びた態度をとっているとは思うが、それでも童女だった頃よりはインパクトは薄くなる。
子役としてのギャップ感で世の中から評価された凪は、子役でなくなっていくにつれて、徐々に仕事がなくなっていく。どう扱うかを困りあぐねたツキダシエンタ俳優部が苦肉の策として彼女を声優部門に異動させたのが、彼女がここにいる経緯だ。
凪も一度はごねたらしいが、俳優部のマネージャーの
『声の演技は実写の演技よりも難しいんだ。顔での表現が出来ない分、さらに高い演技力が要求されるし、決められたフレーム数でしっかり演技をし切る技術も必要なんだ。これは、実写の俳優には出来ないことだよ』
という言葉で、ころっといったらしい。
しかし、だからこそ凪は、アイドル売りがほぼセットになる現状の声優業界に疑問を抱き、さらには実写の俳優が映画の声優をすることが増えていることに焦りも感じているようだった。
「その仕事はお断りしてください。私には、アイドルの真似事をしている時間などありません」
「……ああ、分かった。今回のオーディションは断っておくよ」
「とは言ったものの、どうすんだこれ……」
凪が立ち去った後のデスクで、俺はうなだれる。
有り体に言って、ピンチだ。
先日、俺は鷺沼さんに
『阿賀商事がスポンサーでも、エリカを理由なく出さないでほしい』
と啖呵を切った。
その影響は、思ったよりも大きく表れることになる。
エリカ自身が「実力で仕事を取りたい」という姿勢を前に出し、彼女の父親もそれを尊重した結果、阿賀商事の出資作品からエリカの名前が消え始めたのだ。
「誰が見ても『この役は阿賀エリカがやるべきだ』って状況になるまでは、アタシは阿賀商事の出資する作品には出られないそうよ。困っちゃうわね。颯太のせいよ?」
と、エリカは嬉しそうに片眉を釣り上げていた。
長い目で見れば、これは良いことだと思う。というか、『良いこと』に出来るように、エリカも俺も頑張らなければいけない。
……なのだが、当然、部署の売上が激減することになってしまった。
会社からすれば、俺がマネージャーに就任したことによって売上が激減したわけだから(というか、実際そうなのだが)、経営的な措置として、早くも俺の仕事に審議が入ることになる。
結果、俺は会社から、売上ノルマを課せられてしまった。要するに、『決まっている仕事の見込売上が基準に達さない場合、クビにするぞ』ということだ。声優部の解散よりも前に。
正直、もう一度チャンスを与えられているだけでも、十分寛容な対応だと思う。
であれば、このチャンスを活かしてなんとか食らいつかなければ。
穂波とした約束もある。あの約束は穂波だけではなく、4人とそれぞれ交わしたものであるつもりだ。
ひとまず、来月中までに一本大きめの案件が決まればなんとかなりそうではあるのだが……。
「ということで、」
「どこからの『ということで』ですか」
「凪、オーディションの数を増やすぞ」
「ええ、よろしくお願いします」
会社の会議室に呼び出して、作品とキャラクターのリストを見せると、変わらずの大人びた無表情だが、小刻みに頷く凪。俺が凪の質問をスルーしたことは気にしていないらしい。
嬉しいなら素直に表情に出せばいいのに。とは思うが、もしかしたら世間が彼女に『大人っぽさ』を求め続けた結果、月白凪は『月白凪』を演じ続けているのかもしれない、などとお節介なことがよぎる。
「このリストの中で、知っている作品とかあるか?」
「ええ、全部読んでいます」
「まじか……!」
驚いた。ここには20作品近い作品が列挙されている。
当然どれも基本的にはアニメ化されていない作品であるため、まだ、知名度も高いとは言えない。
「すごいな、凪。物語が好きなんだな」
「好きというか……」
彼女は口をへの字にする。
「売れ行きの良い漫画や小説はアニメになる可能性が高いです。しかし、今回のリストも3割ほどがライトノベルですが、小説の場合はこうしてオーディションのオファーが来てから役を理解できるほどに読み込むことはかなり難しいでしょう。読めても最初の1巻が関の山です。ですので、少しでも話題になった作品は先回りして読んでおく必要があります。主要なマンガ雑誌については、毎週買って読んでいます。それだけの話です」
「おお……そっか」
だとしても、興味がなければそれも難しいと思うのだが。
「俺も見習わないとな」
「ええ、そうですね」
「今回のこの作品からまずは読み漁ってみるよ」
「ええ、ぜひそうしてください。それがいいと思います」
淡々と、だが、また小刻みに頷いている。喜んでくれている……のか?
「じゃあ、どの作品も準備万端か」
「ええ、準備万端です」
「分かった」
俺はいつでもどこでも読めるように、各作品を1巻ずつ電子書籍で購入した。
凪の『オーディションが来てからだと遅いです』という言葉を痛感しつつ、最低限の情報を頭に入れて、テープ録りに臨んだ。
20作品、計43キャラクターを吹き込み、各社にデータを送る。
「来年放映予定の『ミス研は探偵事務所じゃありません!』の佐久間有希役を、月白凪さんにお願いしたいと思います」
「ありがとう、ございます……!」
エリカがモブで参加しているアニメの現場の後、そのアニメの制作プロデューサーの三宅さんが声をかけてくれた。
『ミス研は探偵事務所じゃありません!』——通称『ミス探』は、本格ミステリと日常ゆるふわ4コマが融合した漫画作品だ。佐久間由希は5人いるミス研部員の1人で、引っ込み思案なミステリ作家の女の子である。
原作の注目度も高く、アニメ化が決まる前から話題沸騰中。
この作品なら、歌唱やイベント出演がなくとも、ボイスドラマやゲーム化などの声優が活躍するメディアミックスもたくさん行われるだろう。
何より、人気作品で名前が売れると、次の仕事が決まりやすい。
……と、その前に、ぬか喜びにならないように大切な確認事項があった。
「月白は、歌唱やダンスを受けられないのですが、それでも大丈夫ですか?」
「あれ、そうなんでしたっけ?」
初耳そうにする三宅さん。言っといてよかった……。
「はい、事前の資料にも書かせていただいていて。歌唱無しでもいけそうでしょうか……?」
俺はタブレットに入れていた資料を見せる。
「ああ、そうでしたね。でも全然大丈夫ですよ。この作品、レコード会社が委員会に入っていて、OPもEDも秘蔵っ子のアーティストに歌わせたいと息巻いてますから。キャラソンの予定はありません。まあ、ミス研の子たちが歌うっていうのもね、よくわかりませんし」
ははは、と快活に笑う三宅さん。まあ、美少女4コマにおいて、音楽無関係の部活の子達がキャラソンを歌うのはかなり既定路線ではあると思うが、彼がそこまでいうなら大丈夫なのだろう。
「ありがとうございます。それでは、ありがたく受けさせていただきます。一生懸命頑張ります」
「はい。僕、月白さんのファンなんですよー。子役時代ずっと見てました」
「はは、ありがとうございます」
今は?とは思わないではなかったが、言葉のアヤだろう。
いい報告をしに事務所に戻ろうと、スタジオを出て駅の方に歩き出す。
「ちょっと待ちなさい」
と同時、後ろから不機嫌な声と共に引っ張られた。
「エリカ? あれ、帰ってなかったのか?」




