最終話「どこに……いたいんですか?」
「……颯太さん、話が違うじゃないですか」
会社の地下スタジオの近く。
山田穂波が真剣な顔をして俺をじっと見つめる。
「穂波、どうして……」
「すみません、来ちゃいました」
穂波は妙な物言いをしつつ、続ける。
「あのあと、色々考えて……。わたし、あの日、勝手に色々喋っちゃってて、颯太さんの言いたいこと、ちゃんと颯太さんの口から聞けてないなって気づいたんです。だから、それを聞きに来たんですけど、颯太さん、席にいなくて……困ってたら、佐渡島さんが地下にいるって教えてくれて」
「……そうか」
「わたし、颯太さんに夢をたくさん叶えてもらいました。まだ叶っていない夢もありますけど、それでも、たくさん。だから、颯太さんが夢を叶えたいなら、送り出そうって、そう思ったんです」
「ああ」
「でも、バンドに戻る気なんてないんですね」
「……そう、なのかな」
「だから、話が違うも何も、わたしの早とちりだったんですけど……でも、それなら、そう教えてくれてもよかったじゃないですか」
「戸惑わせると、思ったから」
いずれにせよ、俺が外れることには変わりないのだ。それなら、まだ俺がバンドをやると思っていた方が、4人も気に病まずにすむだろう。
「バンドには、本当に戻らないんですか?」
「……ああ」
どうせマネージャーを辞めるのだから。
せっかく圭吾に誘われているのだから。
バンドをまた始めるべきだったのかもしれない。
でも、俺は圭吾に自分から連絡すらしていなかった。
多分、それが答えなのだろう。
「だったら、わたしたちのマネージャーから外れて、颯太さんは何をするんです? どこに行くんですか? というより……」
穂波は、言い直す。
「どこに行きたいんですか?」
「それは……」
まただ。
「……まだ、わからないんだ。だって、まだあれから一週間も経ってないだろ」
またしても、俺の意思なんかを確認してくる彼女に、繰り返しになる説明をする。
「俺は、ずっと4人の夢が叶うためにやってきた。4人の努力が報われるために。俺が出来たことなんて誰でも出来るようなことだったけど……でも、4人の努力のおかげで、やっとここまでこられた」
「……」
「バンデシはでかいプロジェクトだ。リコシェの音楽だってすごい。リグレットリユニオンはきっと売れる。これ以上ない話だ。だから、俺がここにいるわけにはいかないんだ。4人の夢が叶うためには、それが条件で——」
「わたし、そんなこと、聞いてませんよね……!?」
穂波がわなわなと震える声で、
「わたしは、ずっと、颯太さんがどうしたいか聞いてるんです!」
怒る声を張り上げる。よく通る、いい声だ。
「だから、俺は4人の夢が——」
「わたしたち4人の夢が叶うのが、颯太さんの夢なんですか?」
「ああ、そうだ」
問われた時に、戸惑いも躊躇いもなく、頷いている自分がいるのに気が付く。
「だったら……! だったら、なおさらじゃないですか! 夢が叶ったその瞬間に、颯太さんがいなくてどうするんですか?」
「ライブは行くよ」
詰め寄ってくる穂波に、だんだんと息苦しくなってくる。
「それでいいんですか?」
逃げ道を塞がれているような……いや、違うな。
「わたしたちの夢が叶った時……わたしたちがライブをする時、颯太さんは観客席にいるんですか? わたしたちがアニメで名前付きの役を演じる時、颯太さんはテレビの前にいるんですか?」
彼女は、俺が自ら塞いだ突破口を必死にこじ開けようとしてくれてるんだ。
「どこに……いたいんですか?」
「…………舞台袖にいたい」
だから、俺の本音が、そのこじ開けた小さな穴から、震えながら出てきてしまった。
「舞台袖にいたい。アフレコブースの近くにいたい」
彼女たちが不安に震えた時、彼女たちが喜びを感じた時。
「穂波たちに声をかけられる場所に、俺はいたい」
彼女たちほど通らないし力強くもないけど、それでも、この声が届く場所に。
「だったら……!」
「……なあ、穂波」
俺は情けなくも、すがるように彼女に尋ねていた。
「俺に、そこにいたいと願う資格があるんだろうか?」
なんの才能もない。
実力も、実績もない。
あるのは、4人の邪魔になってしまう経歴だけ。
そんな俺が、今、それを望むことは、マネージャーとして間違っているんじゃないか?
「颯太さん」
彼女は呆れたように、優しく笑った。
「わたし、あの日に聞きましたよね。『才能がない人には、夢を見る資格がないんでしょうか?』って。その答えが、最近やっと分かりました」
「答え……?」
「わたし、バンデシのオーディションを受けて、何回も才能があるって言われました。佐渡島部長も、これまでわたしに見向きもしなかったプロデューサーさんも、音響制作さんも、監督さんも。もしかしたら、バンデシでデビューしたら、もっともっとそんなことを言ってもらえるのかもしれません。……昨日まで才能なんてこれっぽっちもなかったのに」
はーあ。ため息を吐く穂波。
「結局『才能』とか『天才』って、成功した人に、あとから貼られる名前なんだと思います。だから、あの日のわたしへの答えはこうです」
そしてとうとう、彼女は答えを出した。
「『そもそも才能があるかどうかなんて、夢を本気で追いかけたあとにしか分からないよ』」
「穂波……!」
「だから、颯太さん。颯太さんがそこにいる資格なんて、何年も後にしか分かりません。あるとかないとか……そんなこと……でも……」
そう言いながら、彼女は不意に目を伏せた。
「でも、でも……!」
そして、震える声でそう言ってから、顔をあげる。
「わたしがそこにいてほしいってだけじゃ、資格にはなりませんか?」
そこには涙でぐしゃぐしゃになった顔があった。
「穂波はそれでよくても……」
「ああ、本当にめんどくさいなあ、颯太さんは……!」
穂波は目尻をぬぐって、近くの会議室を指差す。
「3人も来ています。あっちの部屋で待ってもらってます」
「え、あんた泣いてんの……?」
部屋に入るなり、ガタっと立ち上がったエリカが穂波を見て言った。
「泣いてません……だって颯太さんがめんどくさいから……」
「泣いてるじゃないの……!」
エリカが持っていたハンカチを穂波に差し出す。案外優しいところがある。
「で、そうくんはどうしたいって?」
「本人から聞きましょうよ」
橘さんが穂波に聞くと、凪が俺を目で示す。
「俺は……」
少し言い淀む。
こんなことを言ったら、4人がせっかく掴みかけた夢を破ってしまうかもしれない。
ただ、それでも。
『今の颯太には、意思がある。意思があるやつって、めんどくさいんだよ』
『お前をそんなめんどくさいやつにしたのは、——いや、出来たのは、誰なんだ?』
俺は、俺は……!
「……4人のマネージャーでいたい」
「颯太さん……!」
「颯太……」
「そうくん……」
「神山さん」
4人が息を呑む音がする。
「……努力が報われる場所まで連れていくって言った。それの最初の一歩くらいは出来たのかもしれない。声優部も存続できる。でも……報われたら終わりじゃなかった。俺は、その先も、一緒に見たい」
そして、言い直す。
「それが、俺の夢になってたんだ」
「やっと……」
「ずっと、才能がない俺には、夢を見る資格なんてないと思っていた。でも、才能を言い訳にしていただけだった。俺自身が傷つかないように」
代わりの効く存在でいようと思った。
自分は代わりの効く存在なんだと思い込み続けていた。
だって、自分が誰かに必要とされているなんて思ったら、思い上がったら。
『颯太はさ、颯太じゃなくても叩けるドラムしか叩かないんだよ』
いずれ、そうじゃなかったことを知って、傷つくから。
でも。
「……でも、もうそんなのはいい」
俺には、夢がある。
才能があるかどうかは、あとで決めることだ。
「4人の……そして俺自身の努力が報われる世界を作る。それが俺の夢だ」
「ふうん?」
エリカが片眉をあげて俺に近づいてくる。
「つまりあんたはその努力が報われる世界とやらを作るための実験台としてアタシたちを使いたいってコト?」
そして、人差し指を俺の胸に突き立てた。
「それは……!」
「上等じゃないの……! アタシはあんたを利用してアタシの夢を叶える。だから、颯太はアタシを利用して颯太の夢を叶えなさい」
「素直じゃないなあ、阿賀ちゃんは」
橘さんが立ち上がる。
「分かるよ、そうくん。夢を見るのって怖いよね。叶わなかった夢もたくさん見て、それの痛みも知ってて……」
そして、いつになく真剣な目で俺をじっと見た。
「でも、それでもあたしに前を向かせたのはそうくんじゃん。自分だけ逃げようなんて、許さないよ」
「橘さん……」
「神山さん」
凪は座ったまま、淡々と、
「私たちは、バンデシの仕事を逃したってまだチャンスはあります。でも……」
だけど、その分奥深くに力を込めて、
「神山さんがここで辞めたら、やっぱり才能や環境に、負けたことになります。神山さんは、神山さんじゃなくてもよくなってしまいます」
言葉を紡いでいく。
「そこにあなたの矜持はないんですか」
「きついこと言うよな……」
それは、俺が凪にいった言葉のブーメランだった。
口角が上がるのを感じる。
「ごめん、4人とも」
俺は頭を深々と下げる。
「頭下げて回る、やれること全部やる。拝み倒して、それでもダメな時は——」
「その時は、一緒に次の夢に向かいましょう!」
穂波が俺の言葉を遮る。
「夢があるんです! とにかくレッツゴーですよっ!」
「……ありがとう、行ってくる」
俺は会議室を飛び出した。
そして、会社を出たところで、
「神山さん!」
「鷺沼さん……!?」
驚いた顔をした鷺沼さんと行きあった。
「どこに行くんですか……?」
「鷺沼さんに会いにいこうかと……え、どうしてここに?」
「いや、僕は佐渡島さんに呼び出されて……神山さんが話があるからって。僕もちょうど話がありましたし……」
「え……!?」
「……一週間後、今日ですもんね。結論を聞かせてください」
「あっ……」
すっかり話した気になっていたが、俺はまだ自分が外れると言ってなかったのか。
「……お願いします」
俺は頭を下げる。
「どうか、彼女たちのマネジメントを続けさせてください。マネージャーを外れること以外ならなんでもします。俺が外れれば丸く収まることも、それが一番早いことも分かっています。でも——」
なんて子供っぽいんだろう。
なんてダサいんだろう。
駄々をこねて、効率も採算もめちゃくちゃで。
なんて、めんどくさいんだろう。でも。
「——でも、それじゃ、俺の夢が叶わないんです」
鷺沼さんは「僕もそう思います」と口を開いた。
「え?」
「来る途中、大沢さんからも電話を受けました。大沢さんには委員会が出した条件のことを話していたのですが……『あの話、考え直してくれ』って」
「え、そうなんですか?」
「ええ」
鷺沼さんは肩をすくめる。
「なんかちょうど神山さんをバンドに引き込みたいからちょうどいいやとか言ってましたよ」
「あいつ……!」
「でも、さっきの電話では、『それを翻したい』と。なぜなら——」
鷺沼さんは少し愉快そうだ。
「——『リグレットリユニオンには颯太がいないと、ダメだから』って」
「……!」
それは、まるであの日の言葉の正反対で。
「神山さんと--いや、むしろ神山さんの周りの人たちと話していると、みんな青春してると言うか、すごく大事なことを思い出させてくれます。神山さんの人柄が、そうさせるんでしょうね」
鷺沼さんは紙束を、カバンから取り出した。
「だから、これが僕からの提案書です」
「提案書……?」
受け取ったそれをパラパラとめくると、そこには。
「これは……!」
リコシェの元メンバーがマネージャーをやっていることを活用したPR施策が書いてあった。
「僕にも夢ができました。本当に自分が信じたスタッフで最高の作品を作り上げることです。……僕も、あなたと仕事がしたい」
「…………よろしくお願いします!」
数ヶ月後。
リグレットリユニオンの初お披露目のライブ。
その舞台袖に、俺は立っていた。
『それでは、リグレットリユニオンの登場です!』
MCが煽ると、観客席から歓声が上がる。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
俺は4人を送り出す。
「ちゃんと見てなさいよ、あんたの夢なんでしょ?」
エリカが俺の肩を叩く。
「どうして私がこんな仕事をしないといけなくなっちゃったんでしょうか? ……ほんと、困ったものです」
凪はそう言いながら俺に微笑む。
「責任重大だね、そうくん。あたしにこんな綺麗な景色見せちゃったら、あたし、死ぬまですがりつくから」
橘さんが意地悪な笑みを浮かべる。
「ああー……緊張します。……でも」
穂波が自信満々に笑う。
「とにかくレッツゴーですよっ!!」
そして、4人は同時に歩き出した。
俺の夢が、今、次の舞台へ上がっていく。




