第23話「お前をそんなめんどくさいやつにしたのは」
あれから数日。
俺は会社で、引き継ぐための資料を作っていた。後任のマネージャーはまだ決まっていないけど。
佐渡島部長が音楽班にあたってくれているらしいが、まあそんなすぐに見つかるものではないだろう。
この数日、4人とは会っていない。
担当声優に会わないマネージャーなんて、仕事をサボってるようなもんだとは思いつつ、ちょうどクールの切れ目ということもあり、たまたま4人ともオフだったのだ。売れっ子で多忙な声優への道のりはまだ遠いな……。
リグレットリユニオンがその突破口になってくれれば……と思っていると、机の上に置いたスマホが電話の着信を伝えた。
「もしもし?」
『おぉ、颯太。今って会社にいる?』
電話の主は大沢圭吾。
「ああ、いるけど」
『ちょうどよかった。地下スタジオに来てもらえないか?』
ツキダシエンタは、声優部門こそ掃き溜め扱いされているが、大手プロダクションだ。会社の中に防音スタジオがある。
「いや、仕事中なんだけど……」
『大丈夫大丈夫』
「大丈夫かどうかは圭吾が決めることじゃないだろ……」
『颯太の仕事に関係あるから大丈夫なの。リグレットリユニオンの曲を作ってるんだけど、ちょっと行き詰まってて』
「……そうか」
圭吾にマネージャーを外れる話は出来ていない。俺が元リコシェだったことが理由だと知って気に病まれても困る。
「分かった、すぐいくよ」
電話を切る。
「とはいえ、ずっと隠しておくわけにもいかないか」
独り言を呟いてから、俺はエレベーターで地下へと降りていった。
「おー、まじですぐ来てくれた」
防音室の前に置いてあるテーブルに彼は座っていた。
「同じビルにいるからな。で、行き詰まってるって?」
「うん、今作ってたデモを聞いてちょっと意見くれたらって」
「そんなの、バンドメンバーに言えよ……まあいいけど」
MacBookのスピーカーから、彼は作りかけの新曲を流す。
疾走感のある曲。日本語とも英語ともつかないテキトーな言語で仮歌が歌われている。
……やっぱり圭吾はいい曲を書く。
「どう思う?」
でも、足りないところばかりだ。
「何言ってもいいか? 結構、大工事になるかも」
「お手柔らかに頼むわ」
「断る。わざわざ呼び出されたんだ」
「はは、そりゃそうだ」
俺は、せっかくなら、と忌憚のない意見を言わせてもらうことにする。
「まず、どこかでもう少し早口のフレーズ入れられたりするか? メインボーカルの紗良は穂波がやるんだけど、あいつ真面目だから早口言葉とかすごい練習してて実は口がよく回るんだよ。そこを見せつけられるといいと思ってて。それと——」
次はエリカの演じるギタリスト・浅沼悠里。彼女は歌唱としてはコーラスを歌うだけだが、この曲を作っているのは作中では悠里だ。
「悠里はこの間のオーディションの感じからすると、ここまでストレートに正々堂々で自信満々な曲を作れない気もする。少しトリッキーなことっていうか……自信がないやつこそギミックに頼るっていうか。そういうところが出るといいな。エリカの演技に意味が生まれる。あと——」
次は、凪の演じるドラマー・五十嵐星子。
「子役から大人びてみられてる凪が観客を煽ると結構面白いと思うんだよな。せっかく星子が天真爛漫なキャラだから……。ドラムがスティックを止めて、パフォーマンス出来るところをどこかに作って欲しい。最後は——」
最後は橘さんの演じるベースボーカル・恩田海里。
「曲の最後、アドリブでフェイクを入れる尺を作っておいてくれないか。ここで毎回アドリブで歌ってもらおう。橘さん、楽曲をライブにするだろ? ただのキャラソンじゃないって思い知らせるには最高だと思うんだよな」
そこまでつらつらと話して、「以上。色々言ってごめんな」というと。
「颯太……」
圭吾はなぜか呆れ笑いを浮かべていた。
「おれは曲の話を聞かせて欲しかったんだけど」
「ん? 曲の話しかしてないだろ」
「いや、颯太が今してたのは、あの4人の話だ」
圭吾は続ける。
「曲をどう鳴らすかじゃなくて、彼女たちを声優としてどう舞台に立たせたいかを考えてる」
「あー……」
気づいて、気まずさに歯の間から息を吸う。
「はは。やっぱりあの話、なかったことにした方が良さそうだな」
「あの話って?」
「忘れたのかよ、結構勇気出して言ったのに」
「ああ……ソロプロジェクトの」
その後にあったことが衝撃的すぎて、そういえば置いてきぼりにしてしまっていたな、と思い出す。
『……リコシェの大沢圭吾さんに、またバンドに誘われているんじゃないですか?』
穂波がそんなことを言っていたのを同時に思い出した。
「多分、今の颯太じゃ、おれが望んでる感じにならないし」
「どういうことだ?」
「颯太のドラムの強みは、異常な練習量に裏打ちされていた正確さ。あとは、おれが頼んだように必ず叩いてくれる信頼感だとおれは思ってる。だから……あの日、あんなことを言った」
『颯太はさ、颯太じゃなくても叩けるドラムしか叩かないんだよ』
だからこそ、俺はリコシェにはいられなかったのだろう。ただ——
「そこが、ソロプロジェクトにはちょうどいいって思ってたってことか」
「ああ」
圭吾は簡単に白状した。白状も何も、隠してもなかったのかもしれない。
「昔の颯太は、おれがこう叩いてくれって言ったら、『分かった』って言って、きっちり完璧にその通りに叩いた」
「まあ、な」
それでいいと思っていた。それがいいと思っていた。
圭吾の曲を届けるために、俺はドラムを叩いていたんだから。
「でも、今の颯太はそうじゃない。さっき彼女たちの話をする颯太は、『こういう風に歌わせたい』とか『こういう演技を生かしたい』とか、そんなことばかり言ってただろ」
「うん……?」
「今の颯太には、意思がある。意思があるやつって、めんどくさいんだよ。そいつの意思とおれの意思がズレた時にぶつけないといけないから」
「めんどくさいって、お前な……」
「なあ、颯太」
圭吾は寂しそうに、誇らしげに、微笑む。
「お前をそんなめんどくさいやつにしたのは、——いや、出来たのは、誰なんだ? おれには……」
それが出来なかったのに。と彼は下唇を噛んだ。
「それは……」
「答えを聞くまでもないけどな。悔しいけど」
圭吾は立ち上がる。
「さっきの意見、めちゃくちゃ参考にさせてもらうよ。ありがとう」
圭吾はそしてスタジオに戻って行った。
置いていかれた俺は頭に残る残響——『お前をそんなめんどくさいやつにしたのは、——いや、出来たのは、誰なんだ?』——を抱えたまま、立ち上がる。
とりあえず席に戻ろう。
エレベーターホールへ向かうために、数歩進んで角を曲がったところ、
「あっ……!」
「どうしてここに……?」
穂波が立っていた。
「……颯太さん、話が違うじゃないですか」
いつになく真剣な目で、俺をじっと見据える。




