第22話「そうくんは、それでいいって思ってるんだよね?」
「——俺は、4人のマネージャーを外れることになった」
鋭い静寂が一度会議室を支配して、そして。
「「「「……え?」」」」
と4人の声が重なる。
「……あんた、それ本気で言ってんの?」
エリカが俺を睨みつける。その瞳は揺れていた。
「どうしてアタシたちになんの相談もなく、そんなコト決めてんのよ!?」
「すまん。ただ、相談の余地があることじゃないんだ」
「どうして……?」
俺は今回のことを説明する。
俺がリグレットリユニオンの現場と窓口から外れるのが4人の合格の条件であること、その原因は俺がリコシェの元メンバーであること、そしてこのプロジェクトから外れる以上、もはや4人のマネージャーとしては機能しないこと。
「そんな……」
エリカは一度目を伏せから、
「そうだ、独立するのはどう!? 資本金が必要ってコトなら、アテだって……」
「独立したって、問題は解決しないだろ」
俺は首を横に振る。
「俺はリコシェのメンバーだったことは変わらない。それに、この会社のバックアップなしに、俺だけで4人を支えられるほど俺に能力はない。共倒れになるだけだ」
「でも、だって……」
エリカはその場にうずくまる。
「夢が叶ったって……! その時、颯太が隣にいないと……意味ないじゃない……!」
「……ありがとうな。でも、意味がないなんてことはない。マネージャーが変わったくらいでエリカの価値は変わらない。変わるべきじゃないんだ。それがエリカの夢だったはず」
『阿賀商事の御令嬢だから』ではなく、『大手事務所ツキダシエンタの所属だから』ではなく、もちろん『神山颯太がマネージャーだから』でもなく、声優・阿賀エリカとして認められ、仕事を得ていく。そのために彼女は頑張ってきたはずだ。
「あのさ、そうくん」
橘さんが悔しそうに手を挙げる。
「『責任とって』って言ったじゃん? ……あれは、このバンデシの仕事がもらえたから、もう果たしたってことでいいのかな?」
「……本当はもっと先まで、と思っていましたが。でも、一つの成果ではあるかと」
それは、俺にとっての成果ではなく、橘さんの成果として。
彼女は夢のはじっこを掴んだのだ。
「まあ……分かるよ。あたしがずっとやりたかった声優アーティストとしての仕事に限りなく近い。アイプロに憧れて入ってきたけど、アイプロだけが望んでいるものじゃない。それに、ここから先は、あたしたち自身の仕事だとも思う」
でもさ、と橘さんは続ける。
「寂しいじゃん? なんも言ってくれないなんて」
そして、苦笑いを浮かべた。
「あたし、そうくんのこと、結構ソウルメイトっていうか……仲間だと思ってたからさ。期待してたんだよ。そうくんと一緒なら……って」
「……すみません。それでも——いや、だからこそ、橘さんの夢を邪魔するわけにはいきません」
「邪魔だなんて……。そうくんは、それでいいって思ってるんだよね?」
「それでいい、というか……」
まただ。
鷺沼さんも、佐渡島部長も、橘さんも。
どうしてこの期に及んで俺の意思を確認しようとするんだ?
それが4人の合格の条件だっていうなら俺がどうしたいかなんて関係ないはずだ。
だって俺は、マネージャーだろ?
「颯太さん」
疑問を処理できず、言い淀む俺に助け舟を出すように、
「……リコシェの大沢圭吾さんに、またバンドに誘われているんじゃないですか?」
穂波が優しく微笑んでそう言った。
「……どうしてそれを?」
「はっ、やっぱり……」
そう鼻を鳴らした凪だった。
まあまあ、と穂波がとりなすようにして、言葉を続ける。
「オーディションの日、颯太さんの様子がおかしかったので、凪ちゃんにどういうことだと思うって相談したんです」
「そう難しい推理ではありません。あの日の大沢さんと神山さんの様子を見れば、何かあったことくらい分かります。元バンドメンバーからの“告白まがいのこと”なんて、候補は限られますから」
「まあ……それもそうか」
凪の考察癖が鋭いのは言わずもがなではあるものの、あの日の様子で何かがあったことは察しがついていたのなら、そこから導き出される答えは案外決まってくるということだろう。
「そこに戻るために、ということなら、わたしもそれを応援せざるをえません」
「なんであんたが勝手にそんなコト……!」
「エリカさん」
激昂するエリカを静かに遮る穂波。
「わたしたちは、颯太さんがいなくなったらどうしようもなくなる声優のままでいいんですか? それが颯太さんの努力の結果でいいんですか?」
「……っ!」
「わたしたち、たしかに、残念な声優でした。いや、まだまだそうかもしれません」
「山田ちゃん……」
「いくら頑張っても上手くいかなくて、それなのにわがまま言ったり、ポリシーを通し切る覚悟が持てなかったり、いじけてみたり……扱いづらいことこの上ない声優です。でも——それなのに、ここまで連れてきてもらったじゃないですか。他の誰にそんなことが出来たんでしょうか?」
穂波は、なおも微笑む。その拳はぎゅっと固く握られていた。
「わたしたちが、颯太さんがいなくなったってやっていけることこそが、颯太さんの成し遂げた、ものすっごい偉業だと、そう思いませんか?」
「だって……」
「でももだってもありません。のび太くんがジャイアンに勝てないと、ドラえもんは安心して未来に戻れないんですよ」
「それは、そうかも……しれないけど……」
すっかり勢いを失ったエリカを尻目に、穂波は俺に向き直る。
「颯太さん。どうか颯太さんは颯太さんの夢を叶えてください。わたしの願いは、それだけです」
そして俺の服の裾を掴んで、
「夢があるなら、とにかくレッツゴーですよ!」
と笑った。
「穂波……」
「……でも」
穂波はパッと離して、おどけるように手のひらをこちらに向ける。
「絶対にライブ、見にきてくださいね? じゃないと怒りますから!」
ぱっと開いた笑顔。
その手のひらには、深く、爪の跡が刻まれていた。




