第21話「だったらもう大丈夫だな」
「4人の担当マネージャーを、神山さん以外の方に変更していただきたいんです」
あー、えーと……と、こめかみを押さえながら、目眩に倒れそうになるのをこらえながら、
「それは、どうしてですか……?」
と尋ねる。
「正確には、本プロジェクトに関しての担当さんを、ということになりますが……」
こほん、と咳払いをして鷺沼さんは話を続ける。苦い顔をしているのが電話越しにも分かる。
「神山さんが悪いということではないんです。ただ、実は、大沢さんとの打ち合わせの中で、神山さんがリコシェの元メンバーだったと伺いまして。……これまで気が付かなくてすみません」
「ああ……いえ。普通気付かないと思います」
声優のマネージャーが元バンドマンだという確率はかなり低い。それに、リコシェがいくら有名でも、よほどのファンでもない限り、辞めたドラマーの顔をステージ以外で見て「もしかして……」と思う方が難しいだろう。
「でも、それが、何か……?」
「リグレットリユニオンには、リコシェのファンも当然興味を持ってくれるでしょう。気付かなかったくせにこんなことをいうのもなんなのですが、おそらくリコシェのファンは神山さんに気づくと思うんです。ライブの現場とか、意外とマネージャーの顔が割れると言うことは少なくなくて……。その時、担当声優たちのマネージャーが元メンバーということが、ノイズになるリスクが高いんです。コネだとか、贖罪だとか……」
「なる、ほど……」
「もちろん、マネージャーを変えてくれだなんて、委員会《我々》からお願い出来ることではありません。ただ……」
「分かります。彼女たちの場合、ほとんどの稼働はリグレットリユニオンが占めることになるでしょう。俺が他の仕事のマネジメントだけしていても、むしろ迷惑をかけるだけです」
「……すぐに答えを出してくれとは言いません。来週の月曜中までに、お返事いただけるとありがたいです」
「……分かりました」
電話を切る。
良いニュースと悪いニュースが共存することって本当にあるんだな、と変なことを考えていた。
『すぐに答えを出してくれとは言いません』
ついさっきの鷺沼さんからの言葉が少し引っかかっていた。なんの答えを俺は出さないといけないんだっけ……?
呆然としていると、佐渡島部長が執務室に入ってきた。
「おう神山。……何ぼーっとしてんだ」
文字面だけなら叱っているようにしか思えないセリフだったが、その実、俺を心配してくれているのが伝わってきた。
「あ、いや……。今、鷺沼さんから連絡があったんです。バンデシの件で」
「……どうだった」
「通りました。4人とも」
「え?」
佐渡島部長は意外そうに目を丸くした。
「通ったってのは……合格したってことか? 担当に内定したって意味か? 全員が?」
「そうです」
「嬉しすぎるとお前はそういう顔すんのか……?」
佐渡島部長からすると、『どうだった』と訊いては見たものの、俺の表情から、少なくとも誰かは落ちていると思ったようだ。
「ややこしい表情しててすみません……」
「いや、本当に……。でも、やったな、神山」
「はい、ありがとうございます。4人の頑張りの結果です」
「お前のマネジメントもよかったんだろう。オレには出来なかったことだ」
俺の肩を少し強めに叩いてくれる。
「ただ、せっかく褒めていただいたところで申し訳ないのですが……一つ、条件があると言われました」
「条件? ギャラか? それとも、アーティスト印税の料率?」
「いえ、そこまで話はいってなくて……」
俺は今更取り繕うように口角を上げて、
「俺を4人の担当から外すように、とのことです」
そう、一息に伝えた。
「は? ……なんでそんなことを言われなきゃいけねえんだよ?」
強面の佐渡島部長がすごむように顔を顰める。俺のために怒ってくれているのだろうけど、俺がビビってしまう。
「えっと……俺が元リコシェだってことが、ファンから見た時に、コネとかの邪推を生むリスクになるんじゃないか、と。そういうことが製作委員会内で問題になったそうです。イベントとかには俺も帯同することになるので、顔が割れることを心配されているみたいで」
「はあ……なるほど、面倒だな……」
腹が立つものの理解はしたらしく、こめかみを押さえて首を振る佐渡島部長。
「で、お前はどうしたい?」
「優秀な人が後任についてくれればいいな、と思います。これだけ大きなプロジェクトになったので、音楽班のマネージャーとか、誰かついてくれるでしょうか」
「は? いや、そうじゃなくて……」
「え?」
「……いや、いい。わかった」
ふう、と佐渡島部長はため息をついて。
「4人には、なんて伝えるんだ?」
「ありのままを伝えるしかないかと思っています」
「……そうか」
翌日。
「ということで、バンデシの4人全員、うちが担当できることになった」
俺は4人を会議室に集めて、
「穂波が磯谷紗良役。エリカが浅沼悠里役。凪が五十嵐星子役。橘さんが恩田海里役です」
一気に結果を発表した。4人とも合格したからこそ出来る方法だな、と今さら思う。
「すごい、すごい、すごいです……!」
「やったわ!!」
「そう、ですか……!」
「そうくん、ありがとう……!」
4人は泣きそうになりながら喜んでいる。
「4人の頑張りの結果だと思います」
俺は続ける。
「ただ、これからはアニメの稼働だけじゃありません。ゲーム収録、イベント、ライブ、それにリハーサル……。これまでとは比べ物にならないほど忙しくなると思います。覚悟はいいですか?」
「何言ってんのよ、今さら」
エリカが片眉を上げる。
「そうですよ。オーディションを受けて、受かったらやっぱり及び腰になるなんて、そんなことありえません」
凪が珍しく笑った。
「颯太さぁぁん……!」
穂波が俺の目の前に立って、涙ぐむ。
「諦めなくてよかったですぅ……! ありがとうございます、本当に、ありがとうございます、颯太さぁぁあん……!」
俺のシャツを引っ張って、そこで涙を拭う穂波。
『才能がない人には、夢を見る資格がないんでしょうか?』
そう泣いた彼女に、俺は言ったのだ。
『それが夢なら、努力をやめるな。歩みを止めるな。才能があったってなくたって、決して諦めない声優になる。——それが穂波の仕事だ。そしたら俺は、穂波を、その努力が報われる場所まで連れていく』
「努力が報われましたぁ……!」
……ああ、そうか。
俺の役目はここで終わったんだ。
約束は、ここで果たせたんだ。
「……だったらもう大丈夫だな」
「はい……?」
穂波が「何かいいました?」と顔を上げる。
「来月か再来月か、後任が決まり次第——」
「ちょっと待って、後任……?」
俺の語り出しにその先を察したらしい橘さんがガタン、と強い音を立てて立ち上がった。
「——俺は、4人のマネージャーを外れることになった」




