第19話「だから……すごいのは、星子でしょう?」
セリフ審査のあとは、歌唱審査だ。
「こんこん! 失礼しまーす!」
口でノック音を鳴らし、ドアを乱雑に開けた彼女はスタジオに椅子を持って入ってきた。
「凪……!?」
「よろしくお願いしまーす!」
マイクの前までくると元気よく挨拶をして、歌唱審査にも関わらず、持ち込んだ椅子に座る。
「えっと……座ったままで大丈夫ですか?」
「はい! 私、座って歌うことになるので!」
「……なるほど。ドラマーだからということですか?」
「そーです!」
そのあたりで審査員も察し始める。
今、目の前にいるのは、月白凪ではなく、リグレットリユニオンのドラマー・五十嵐星子なのだと。
「では、お願いします」
ディレクターの合図でオケが流れ始めると、座ったまま、堂々と、明るく歌い始める。
そして、ところどころ客を煽るようにフリ付きで歌ってみせる。その手には、ないはずのドラムスティックが見えた。
俺はこっそり目頭が熱くなる。
ついこの間まで、凪は歌うことも踊ることも拒んでいたのだ。けれど今、彼女は迷いなくマイクの前に立っている——いや、座っている。
そこにいるのは月白凪のはずで、ここはスタジオのはずだった。
それでも、1曲流れている間、俺の目にはライブハウスの照明に照らされている五十嵐星子が見えていた。
観客を煽り、出たがりで、楽しそうにスティックを振るドラマーの少女が。
『星子はなんでドラムを始めたんだ?』
『一番音が大きくて、一番分かりやすくて、一番目立つから!』
『あのなー、ドラマーってのは支えるもんなんだよ……!』
『ふーん、悠里って保守的だね。ロックじゃなーい』
『んな……!』
そんな会話がきっと二人の間にはあったんだろうな、なんて思ってしまう。
歌い終わると、星子は立ち上がる。
「ありがとーございます!」
と言いながらぴょこんと礼をする。
そして、瞳をいつものクールなものに戻し、
「……以上です。ありがとうございます」
と、凪の声で言い直した。
「……さすが役者さんですね」
プロデューサーが思わずと言ったように呟いた。
「たまにいるんです、ステージに立っているのは声優さんのはずなのに、キャラクター本人がそこにいるように見える方が。まさしくそれです。いや……それ以上だったかもしれません」
オーディションでそんなこと言ってもいいのか、と耳を疑ってしまう。
だって、そんなの、ほぼ確約みたいなものじゃないか。
終わった後、廊下に出てきた凪を迎える。
「お疲れ。あの振り付けは、事前に作ってったのか?」
「振り付け……? 作っていく? 私がですか?」
私は振付師じゃありませんけど、と不思議そうに顔を顰める。
「してただろ? 煽るみたいに踊ってた」
「知りませんよ、そんなの。星子に聞いてください」
「……そっか。すごいな、凪」
「だから……すごいのは、星子でしょう?」
凪は台本で口元を隠しながら、俺を睨んだ。
しかし、その耳元がほんのり紅潮しているのを、俺は見逃さない。
今、俺が褒めたのが誰かってことくらい、この考察の達人が分からないはずないのだから。
そして、最後は橘亜香里。
「この役はどうですかねー」
橘さんが入室する前、圭吾が苦笑気味にぼやく。
「難しい役ですよね、かなり」
橘さんが受けている役はベースボーカル・恩田海里。
穂波が狙っている役——メインボーカル・磯谷紗良とツインボーカルを担当する。
そのビジュアルとパフォーマンス全体で会場を巻き込む紗良とは別で、卓越した歌唱技術で観客を魅了するという設定のキャラクターだ。
——つまり、『個性』では誤魔化しのきかないキャラクターであると言うことだ。
歌のパートは別の歌手を立てるという手法は、このコンテンツにおいてはありえない。
となると、必然的に圧倒的な歌唱力を持つ人物が声をあてる必要がある。
「橘さんが最後ですか……まあ、こうなる可能性は考えなかったわけではないですが……」
どうやら、ここまで受けた数人も、上手くハマらなかったようだ。
『どうして運営さんは、この子をこんなにハードルの高いキャラクター設定にしちゃったんだろうねえ』
橘さんも、オーディションの前に苦笑いしていた。
『他の役の方がいいですか?』
『んー……ううん、あたしがやってみる。やってみたい。だって、』
橘さんは、
『——そうくんは、あたしなら出来るって期待してこの役をあたしに振ってくれたんでしょ?』
かっこよく微笑んだ。
『だったら、期待には答えなきゃね』
「よろしくお願いします!」
スタジオに入ってきた橘さんは元気よく挨拶をし、マイクの前に立つ。




