第16話「……4人のおかげだな」
窓の外、ビルとビルに挟まれた、灰色の寒空。
「よく頑張った方だとは思う。神山は元々マネージャーじゃないしな」
1月中旬の会議室で、佐渡島部長は腕組みをして苦々しく呟いた。
「ただ——数字は、数字だ」
「……はい」
目の前にある紙に書いてあるのは、第3四半期までの売上。
一年の4分の3をかけても、約束の金額の半分にも満たない。改めて自分の能力のなさに愕然とする。
「リミットはあと2ヶ月。それ以内に見込みが立たなければ、声優マネジメント部は解散だ。実際に売上が立つのは来年度でもいいが、とにかく3月末までに決定をもぎ取る。それ以外に道はない」
「はい……!」
などと言いつつ、算段はまったくつかない。これまで通りの営業回りを繰り返すだけでなんとかなるものとも思えない。
万策尽きた……とマネージャーになりたての頃、勉強のために見たアニメのセリフが頭を巡る。いや、冗談言ってる場合じゃないんだけど。
「どうしましょう……」
情けなくも、相談ともぼやきともつかないそんな言葉を吐き出していた。
「起死回生の一手があるとすれば、これだな」
と、その時、佐渡島部長が紙束を俺の前に差し出した。
「これは……!」
紙束の表紙には、
『バンドデシネ 新バンド発足企画』
と書いてある。
「『バンドデシネ』って知ってるか? オレはよく知らないんだが……」
「はい、そりゃもう……!」
『バンドデシネ』は、ゲーム、アニメ、舞台、ライブ……と発展しているガールズバンドもののコンテンツだ。
有り体に言えばガールズバンドのメンバーであるキャラクターに声優が声を当てるというコンテンツなのだが、他のガールズバンドコンテンツとは違う大きな特徴がある。
作中バンド1つごとに、実在するバンドが1対1でプロデュースをするというところだ。作中バンドの声優ファンと、プロデュースする実在バンドのファンが互いに流れ込んだ結果、今や非常に大きいプロジェクトになっていた。
「企画書……読んでもいいですか?」
「ああ」
めくると、
『バンドデシネ 新バンド発足!新バンドのプロデュースは……』
と大仰にヒキを作っている。
さらにもう一枚めくると、そこに書かれていた名前は。
「リコシェ……!」
——それは俺の元々いたバンドだった。
「音楽マネジメント部門からくすねてきた。このオーディションに参加して、もしも4人全員が選ばれれば、来年度以降にそれなりの売上予算を確約できる」
「なるほど……」
決して簡単な道ではない。しかし、策が無いよりはずっと良い。
「……複雑か?」
珍しく俺を気遣うように顔を顰める部長。
「……いえ、やらせてください。ありがとうございます」
早速、俺は4人を会議室に召集して、企画書を見せる。
「うわぁ、すごい展開ですね……!」
「これ、1クールだけじゃなくずっと稼働があるってことよね」
口を開けて驚く穂波と、なぜか誇らしげにしているエリカ。
しかし、彼女たちを差し置いて、
「『バンデシ』の新しいバンド……! 可能性があるの? あたしたちに!? すごいじゃんそうくん!」
意外にも、最も目を輝かせたのは橘さんだった。俺の肩をバシバシと叩いてくる。
……いや、彼女は声優アーティストがあんなに大好きなのだ。意外なんかじゃない、か。
「……つまり、神山さんは——」
ぱしん、と彼女が机に紙を置いた。
決して大きくはないのに、確かな質量と重圧を含んだ音。
俺は肩をビクッと跳ねさせる。
「——私に『歌え』と言っているんですか?」
「まあ、そうなるよな……」
声の主は月白凪。
俺の無邪気すぎる提案に彼女が難色を示すのは当然だ。
「あのな、凪。この役を経験できれば——」
「いいですよ」
「いいの!?」
すまし顔の快諾に、つい素っ頓狂な声をあげてしまう。
「うるさいですね……。だって、このキャラクターはバンドをやっているんですよね? 歌いたいと思っているんですよね?」
「あ、ああ……!」
「それなら歌いますよ。私が歌いたくないくらいのことで、このキャラクターの歌いたい感情に蓋をするわけにはいきません。私の……」
ふふ、と見間違いかと思うほど一瞬だけ微笑んで、凪は続きを言う。
「私の、矜持に反します」
「へえ?」
エリカが片眉を上げた。
「でもあんた、前までは歌うキャラクターのオーディションは受けないって言ってたわよね?」
「それは矜持じゃなくて、好き嫌いの話です。好き嫌いで仕事を選んでいる場合ではないことくらい、私にもわかっています」
「ふーん? 突然大人になったじゃないの。どうして?」
「私はもともと大人です。子供扱いしないでください」
ふん、とそっぽを向く凪。
「ありがとう、凪……」
「神山さん、どうして泣きそうなのですか……?」
どうやら目がうるんでいたらしい。
「ちょっと颯太! アタシもやるって言ってるのになんで泣かないの!? それならアタシも普段からやらないって言っとけばよかったんだけど!?」
「阿賀ちゃん、気持ちはわかるけど、阿賀ちゃんの場合それは扱いづらい声優になるだけだよ」
いきり立つエリカを橘さんがなだめる。
「はあっ!? 婚活女は黙っててよ!」
「残念、もう今は婚活してませーん」
「え、そうなの? ……なんで?」
虚をつかれたように止まるエリカ。
「んー? なんでって……」
橘さんは意味ありげな視線を俺に送ってから。
「そうくんが責任とってくれることになったからだけど?」
「…………は?」
余計なやりとりを脇でしている中で、
「でも……いいんですか?」
ずっと企画書を見つめていた穂波が顔を上げて俺に水を向ける。
「このバンドって……颯太さんがいたバンドですよね?」
「え? なんですか?」「バンド……?」「……何よ、それ」
穂波の問いかけに、3人が寝耳に水だと目を丸くする。
「……よく知ってるな、そんなこと」
「マネージャーのことを知るのは担当声優の務めですから」
「だから、それ……」
ツッコもうとして、声が止まる。茶化すには、穂波は真剣な目をしていた。
「嫌だとか会いたくないとか……そういうのは、ないんですか?」
「ああ、正直そうなるかと思ったんだけど……」
俺は頬をかいた。
「それが、全然なんともないんだよな」
そう、本心から言っている自分に気が付く。
クビになった時はあんなにキツかったのに、まだ1年も経ってないのに、もうそんなのどこかになくなってしまったみたいだ。
それは、きっと。
「……4人のおかげだな」
俺がそう言うと。
「……颯太、あんた今……」
「神山さん、なんとおっしゃいました?」
「そうくん……」
4人がわなわなと目を見開き、
「…………颯太さんが、デレましたよ!?」
穂波が大声で叫ぶ。さすがプロの声量はでかいな……。
こうして無事に4人ともが『バンドデシネ』の新バンドのオーディションを受けることになった。
キャラクター設定を読み込み、サンプルセリフを読み込み、そして、デビュー曲の仮音源を聴き込む。
音源には、リコシェのギターボーカル・大沢圭吾が——かつての親友が仮歌をあてていた。
「……相変わらず、良い曲書くな」
自分の上がる口角に気づき、また4人にこっそり感謝する。
吹き込んだセリフを送るテープオーディションは通過し、対面でオーディションするスタジオオーディションの前日。
一本の電話が俺のスマホを鳴らす。
発信主の名前を見て、心臓が脈打つ。
「……もしもし」
「おお、久しぶり、颯太」
「おう、どうした?」
なるべくなんでもない風を装って、返す。
「今何してる?」
「仕事帰り」
「おー、ちょうどよかった」
電話の主——大沢圭吾は、あの頃と変わらない調子で俺を誘った。
「ちょっと飲みにいかないか?」




