第14話「期待に応えられなくて落ち込むことに、もう疲れちゃったんだもん」
「橘さん。穂波とユニットを組んでもらいます」
「へ?」
唐突過ぎる俺の言葉に橘さんは呆けた。
「ちょっと待って。えっと、山田ちゃんと……? なんでまた……」
「一昨年から始まったアニソンフェス・KOEフェスの出場枠を1つ、ツキダシにもらってきました」
それはうちの音楽アーティストマネジメント部門に来ていたものだ。かつて俺を追い出した負い目をダシにして、大物アーティストとのバーターでの出演を交渉した。
正規の出演枠ではない。持ち時間も短いし、告知上の扱いもほとんどない。それでも、ステージはステージだった。
「橘さん、出てみたいって言ってましたよね」
「あー、まあ……。あの時はアイプロの新作が始まるとか知らなかったし、それでも葉月ちゃんと共演出来るならーってちょっと夢見てただけで」
「そのフェスに、穂波と2人で出てほしいんです。ソロじゃなくて申し訳ないんですけど」
「え、ソロじゃなくてって……そりゃ一人で出れるとはあたしも思ってないんだけどさ。あたしみたいな歳だともう、誰かと抱き合わせじゃないと売りづらいだろうし? ていうか、いや、あたし、それよりも前に」
「『アイプロ』の神薙葉月役の宮本由佳さんも出ます。神薙葉月として」
「……!」
彼女が息を呑んだ。
「そう、なんだ……」
少しの逡巡の末、彼女はゆっくり頷く。
「……まあ、このままなんとなくフェードアウトってのもアレだしね。記念受験っていうか、最後に記念の舞台ってことなら」
俺は、『最後に』という言葉を聞いてないふりをして、
「はい、よろしくお願いします。どうか、全力で」
しっかりと、頷きを返した。
会社内にあるレッスンスタジオで、2人はユニットの練習に励む。
鏡に向かって並んで歌と踊りのレッスンを受ける橘さんと穂波を、部屋の端っこで見ていた。
「……!」
俺は橘さんの歌と踊りを見て、驚いていた。
隣で踊る穂波にも劣らず若々しいダンスもすごいが、それ以上に、かっこよく伸びるボーカルは圧巻だった。
「亜香里さん、歌も踊りもめっっっっっっちゃかっこいいですっ!!」
「あ、うん、ありがとー……。山田ちゃんも可愛いよ」
「ほんとうですかっ! 山田、すっごく嬉しいです!」
なんの陰りもなく微笑む穂波を眩しそうに橘さんは見た。
「それじゃ、ちょっと休憩しましょうか」
レッスンの先生が言うと、穂波は外に飲み物を買いに行き、橘さんは俺のところに来る。
「橘さん、すごいじゃないですか……!」
「ちょっと、そうくんまでやめてよー」
「いやいや、別におだててるわけじゃなくて。歌もダンスもめちゃくちゃ上手いです」
「あははー。ま、声優は声が第一関門だからねー。それが足りないといくらアイドルの真似事が出来ても無意味だよ」
「そんなことはないと思いますけど」
彼女は、声優アーティストになりたくてここにいるんだと、それを強く実感していた。
「んーん。それにしても、山田ちゃん、すごいな。どうやったらあんな風に手放しで同業者のこと、褒められるんだろう。あたしなんて、嫉妬ばっかでさ、褒めてもらうまで、褒められなかったのに。あはは……」
その感覚は、正直分かる。
俺もバンドをしていた時、俺たちのバンドを褒めてくれる他のバンドマンを見てそう感じていた。
「……ま、それも若さか。自分よりも年上は褒めやすいよね。自分がその歳になるまでに超えてればいーんだから」
「それは、まあ……そうかもしれませんね」
「お、分かってくれるか。さすが同い年」
「周りを認めるのも才能ですし、悔しさをバネに出来るのも才能です。……バネに出来れば、才能です」
「バネに出来れば、ね。……あのさ、そうくん」
「はい?」
彼女は、苦々しそうに笑う。
「あんまり、期待しないで」
「そんな」
「分かってるでしょ、あたしにとって今回の舞台がどんなものか」
「……分かりませんよ」
俺は知らないふりをする。ここで認めるわけにはいかないのだ。
「あたしはもう、あたしに期待してないんだ」
彼女は伏し目がちに続ける。
「期待に応えられなくて落ち込むことに、もう疲れちゃったんだもん」
「でも、それは……」
「あーごめんごめん、しめっぽい話する時じゃないよね。有終の美を飾るくらいはしますか。行ってくるね」
俺の話を遮って、彼女は再びフロアの中心へと戻っていった。
その歌と踊りはやっぱり一級品で、俺は彼女への期待を止めることが出来ないまま。
そして、日々は過ぎて、とうとう。
* * *
あたしの声優最後の日がやってきた。




