第10話「……そういうこと、言っても良かったんですね」
到着すると、会議室には、プロデューサー、脚本家、監督などのほかに、原作者も座っていた。
少し気づまりではあるが、むしろちょうど良い。謝る相手は揃っている。
「ああ、どうも。神山さんと……月白さんも来てくれたんですね」
三宅さんが嬉しそうに顔をほころばせるところに、頭を下げた。
「本人とも協議を重ねたのですが、やはり今回、佐久間有希役としてのキャラソン歌唱はお受け出来ません」
「あ、そっち、ですか……」
想定の逆だったらしく、三宅プロデューサーは顔をしかめる。
「後出しで恐縮ですが、出演自体が難しくなるかと思います。それでも、ですか?」
「……はい。もし歌唱が必須となる場合は、佐久間有希役自体はお受け出来ません」
「はあ……」
三宅プロデューサーは凪を見てから俺に視線を戻し、呆れたような、半ば感心したような顔で、
「ツキダシさんも大変ですね……」
と言った。言外に、『頑固者の役者さんがいると』と伝わってくる。
「大変です」
「んなっ……!?」
横から味方じゃないんですか!?と睨まれる。迫力があるな……。
「役者のマネジメントは大変だなと思い知りました。役者のこだわりや矜持だけじゃなくて、キャラクターのこだわりや矜持、人生観……そういったものまで理解をしていく必要がある」
「キャラクターのこだわり……?」
「私は、……私が歌いたくないのではなく……」
凪は、これ以上言っていいか、と尋ねるように俺を見るので、頷きを返した。
「私が歌いたくないのではないんです。キャラクターは……佐久間有希は、歌なんか歌えるはずがない。今後歌えるようになるのかもしれませんが、とにかく、まだ、彼女はトラウマを乗り越えていないはずなんです」
「はい……?」
眉間にしわを寄せる三宅さんに、俺が補足する。
「要するに、歌にトラウマを抱えているキャラクターを演じているのに……いや、佐久間有希に『なって』いるのだから、いくら頼まれても、歌うことは出来ない、ということらしいです」
「トラウマって、最新号近くで連載しているもののことですか?」
どうやら、彼は知っているようだ。しかし、「でも、」と続けた。
「キャラソンは内容とはまた別というか、別に劇中で歌うわけではないんですから……」
「でも、佐久間有希として歌うことに変わりはありませんよね?」
「はあ……。まあ、難しいならそれでいいですけど……」
融通の利かない2人にこれ以上付き合っていても仕方ないと思ったのだろう。俺たちとしても、別に降板を取りやめてくれと言いに来たわけではない。
では失礼します、と言おうとしたその時、会議室の端で、ずっと台本を強く握りしめていた女性が、小さく息を吸った。
「……そういうこと、言っても良かったんですね」
声の主は、原作者の山津先生だった。
彼女は情けなさそうに微笑む。
「コンテンツビジネスってそういうものですし、メディアミックスってそういうものですし、アニメ化ってそういうものですし、原作者の思い入れってそういうものだって、思ってたんです」
元々饒舌な人なのだろうか。
ぽつぽつと話していた言葉は、段々とその速度を増していく。
「ミス研のみんなは、あたし自身やパラレルワールドのあたしというか……。中でも有希は、中学時代のあたしなんです。あたしが、高校時代に仲間に出会っていなかったらなっていたであろうあたしで。だからこそ、彼女を救う過程はすごく大事にしたいと思っています」
山津さんは凪を見る。
「月白さんの言う通りです。有希が歌う時は、ミス研のみんなと一緒に過ごす時間の先で、いつか自分自身が自分自身を認めてあげられた時です。それは、今じゃありません。今、有希がそう思えるまでの道のりを、一歩一歩ミス研は歩んでいるところなんです」
「先生……」
三宅さんは少し困ったようにつぶやく。
「わがまま言ってごめんなさい! あたしからもお願いします。有希に歌わせるのは、もう少し待ってあげてもらえませんか」
「はあ……わかりました。制作委員会には、僕から説明します」
「ありがとうございます!」
ずっとわだかまりがあったのかもしれない。山津先生は晴れやかな笑顔を上げる。
そして、
「あの、ごめんなさいついでにもう一個……」
人差し指をあげて、お茶目にお願いのポーズをとる。
「はあ……なんですか? だいたい言いたいことは分かりますし、もはやこうなったら僕としてもその方がいいですけど……」
そう言った三宅さんは『仕方ないなあ』という感じでため息を吐く。
「あたしは、有希をここまで大切にしてくれる月白凪さんに、有希を演じてもらいたいです」
「分かりました! 僕だってそれがいいです!」
三宅さんはお手上げする。
「ありがとうございます、山津先生。三宅さん」
凪が深々と頭を下げる。
「いいえ、こちらこそありがとうございます」
山津さんはウィンクをする。
「こだわるべきことにこだわれなくなったら、あたしたちはあたしたちじゃなくなってしまいますもんね」
「……はい!」
「ところで……お名刺交換させていただくことはできますか?」
山津先生はなぜか俺にそんなことを言ってくる。
「え、は、はい……」
たどたどしく名刺を交換すると、俺の名刺を見て、
「……やっぱり」
少し微笑む山津先生。
「ありがとうございます、この作品、神山さんに携わっていただけて嬉しいです」
「はぁーーーーーーーーーー」
ビルを出たところで、大きなため息とともにうずくまった。
「なんですか。こんなところで、みっともありませんよ」
「いやあ、よかったと思って……」
「やっぱり無職になるのは怖かったんじゃないですか。……ほら、立ってください」
凪は頬を赤くして手を差し伸べてくれる。
「無職になるのが怖かったわけじゃないけど」
俺はその手を掴まずに立ち上がる。担当声優と手をつなぐようなマネージャーだと思われると危ない。
行き場をなくした手を見て、ふん、と少しいじけたように鼻を鳴らす凪。
「でも、だとするとさ」
「どこからの『だとすると』ですか……?」
「演じるキャラクターが歌と踊りが大好きなキャラクターだったら、むしろ凪は歌も踊りもOKだってことだよな?」
「……やりませんよ?」
顔をしかめる凪。
「やんないのかよ」
「絶対にやりません」
「そうですかー……」
凪が歌えるようになったら、受けれる役柄の幅もぐっと増えるのに。
うなだれる俺の耳元に、ガラスのように繊細な声が聞こえる。
「神山さんの指示でなければ、絶対にやりません」




