1-7 なんで小説で暴力を振るわれる白人はナチスとソ連兵だけなんだ?
「ふう……何とか、シャーロットさんは来てくれることになったわよ」
電話を切りながらポリーは得意げな顔で審査員たちに笑みを浮かべた。
「ほんとうですか!?」
「流石ポリーさん。名前が知られてることがありますね!」
アメリカの小さなコワーキングスペース……ここもポリーが経営している『マリアの雫』のサロンス会場だが……で、審査員たちはそういいながら彼女を褒めたたえる。
因みに『女性解放のための文学賞』の主催となる出版社はイギリスの会社であり、授賞式も前述のとおり、イーノスの住んでいる場所の近所で行う。もしも授賞式がアメリカ開催だったら、流石にシャーロットも訝しんだだろう。
「まあ、自分でいうのもあれだけどね。私の名前を聴いたら向こうもコロッと態度を変えたもの。我ながら、頑張って活動していて良かったわ」
得意げにポリーはフン、と笑って見せた。
もっとも、シャーロットの態度が変わったのは、単に『今回の受賞の連絡をイタズラだと思ったから』だったのだが。
「今回の授賞式の目玉は、彼女のインタビューにしましょう? これを機に、お近づきになれると嬉しいし」
その一言に審査員たちはわあっと色めきだった。
因みにポリーがフェミニズム活動の一環として経営しているコワーキングスペースは全米に存在することもあり、ここにいる全員が上客でもある。
……無論、エレーナは除いてだが。
「いいですね! きっとそのインタビュー、家父長制で女性を苦しめる今の社会に対する、最高のカウンターになりますよ! ねえ、サカヨリ教授?」
「同感ですね。……実は、私もあの方には会ってみたいと思っていたんです。これを機に、私の授業で客員講師をしてくれればいいんですけどね。うちの男子学生たちにも、自分の内面にある加害性に向き合ってほしいものですから」
男性学の教授であるサカヨリは眼鏡をくいとあげながら、理知的な表情で隣にいたニコラに微笑みかけた。
「そうですね。ルポライターの私から言わせれば、絶対にあの小説は、作者自身の虐待経験を元に書いたものと判断できます! だから、彼女の体験を私は自伝にまとめたいとも思ってましたから!」
「いいですね! そうしたら私も買いますよ! 文章からも作者の現代社会そのものへの怒りがにじみ出ていますもの! きっと、面白い内容になりますよね!」
そう審査員たちが楽しそうに談笑する中、ただ一人憮然とした表情で座っている女性がいた。
「ねえ……。ちょっとくらい私の話を聴いてほしいんだけどさ……」
「なによ、エレーナお婆ちゃん」
エレーナは男社会で何十年も戦ってきた女傑だ。
今更ポリーのそういう皮肉には動じない。彼女はWeb小説のサイトを見ながら全員に声を書ける。
「私も大賞はマザー・シャーロットの『自覚なき特権者と、姉妹の毒』でいいと思う。けど、他の作品は見直したほうがいいと思うんだけどねえ」
「え?」
エレーナの目から見ても『自覚なき特権者と、姉妹の毒』は抜けてレベルが高かった。
毒という『権力』を手に入れた女性達の心理描写、男性陣のそれに対する焦りや自身に対する妻からの評価とのズレによる慢心。
他にも文章の端々に存在するSF小説や往年の名作へのオマージュは、読者を飽きさせない。
そしてエレーナが一番評価したのは、何といっても文章力だ。
(この作品は地の文の構成力や会話の言い回しが抜群だね。単なる台本のト書きみたいになって、読者の感情を煽るだけの物語が多い中で、この作品は別。多分このシャーロットって人、日記を付けただけでも、読者が爆笑できる物語を作れそうじゃないか……)
だが、この作品以外にエレーナが推した小説は、ことごとく落選となった。
それがどうしても納得できなかった彼女は不満そうに、別の作品を一つ選んで尋ねた。
「たとえばだけど、この『ドブの中に光る道』って話。これは虐待を受けた家族から抜け出して、裏社会で生き抜きながら、地元の子と心を通わせていく、素敵な物語じゃないか。なんでこの話が落選なんだい?」
この話の魅力は何といってもストーリーの意外性だ。
序盤に虐待を行っていた父親が実は敵組織のスパイであり、ヒロインに対して複雑な愛憎を抱かせる。恐らくネタバレを食らったら誰もが激怒するタイプだろう。
だがエレーナのその意見に、売れっ子ルポライターのエヴァは答える。
「そりゃ当然よ。作者のアカウント、見た?」
「え?」
「この作者、実はドイツ人で実家暮らしなのよ。しかも両親と仲が良くて、週末はよく近所でバーベキューをやっているのよ?」
「それが何なの?」
エレーナが尋ねると、はあ……と少し呆れたようにエヴァは答える。
「あのね。今の文学には『当事者性』が必要なの。分からない?」
「どういうことだい?」
「虐待を描くなら、自身も虐待を受けた人。ガラスの天井を描くなら、実際に仕事で割を食った人。そういう人が書かないと、読者は騙された気になるものなのよ。『文化の盗用だ!』ってね」
「な……」
その見下すような言い方にエレーナは思わず絶句した。
だが、諦めずに今度は別の作品を選んで尋ねる。
「じ、じゃあこの作品は? 『夏風に吹かれて』って作品。女子高生が二人、仲良く吹奏楽部で友情を築いていく物語よ? この作品なら、作者が誰でもいいじゃないか!」
この作品はエレーナが特に気に入っていた作品だ。目を閉じただけで情景を想像できる素晴らしい文章力は、夏の日の入道雲の下で作家を目指していた青春時代に自身の心を引き戻してくれたからだ。
「確かに、そうですが……これには『ドグマ』が足りませんね」
今度は、男性学の教授であるサカヨリが『そんなことも分からないのか』とばかりに答える。
「ドグマ……つまり、教義のこと? どういうことだい、それは!?」
「今回はフェミニズムの文学賞です。なので作者自身が作中で『家父長制の解体』や『抑圧する男性への怒り』を発散していなくてはいけないのです。ですが、この作品は父親が家で椅子に座って、家事もせずにビールを飲んでいます」
「そのシーンは寧ろ家族愛の良さを示すシーンじゃないか? お父さんがビールを飲みながら、娘の話を楽しそうに聴いててほほえましいと思わないの?」
だが、そんな彼女を小ばかにするようにフン、とサカヨリは笑う。
「ダメです。これは『有害な男らしさ』の最たるもの。父親は自分でビールをとりに行くべきです。母親がそれをとりに行くのに家族仲が良好……このような展開、読者が許しません。後に彼が離婚届を突きつけられるなら別ですが」
まるで『素人を相手にしたときの害悪オタク』のような表情を見せるサカヨリ教授。彼に見切りをつけたエレーナは呆れながらも最後のチャンスとばかりに尋ねる。
「……じゃあ、この『ブドウ畑を取り戻すために』は? アフガニスタンで米兵と戦った女性兵の実体験を元にした小説だよ! 当時者性も、圧政者に対する反発も書かれているじゃないか! なんでこれもダメなんだい?」
60年代におけるアフガニスタン農村の美しい街並みの情景描写や、そこで暮らす子どもたちの楽しそうな息遣い。そういうささやかな喜びを取り戻すための悲壮なヒロインの心理描写は、ハードボイルド作家であるエレーナの胸を打った作品だ。
「あのさあ……あたりまえでしょ?」
だが、この作品を却下したのは、フェミニスト文学者として現在はエレーナ以上の売れっ子となっているニコラだった。
「そもそもこの文学賞って『どこの国の言葉』を使っているか思い出しなさいよ?」
「え? ……ああ、そういうこと……」
ニコラの一言で、エレーナは彼女の言いたいことを察した。
同時に全身から凄まじい脱力感がわき出てくるのを感じ取った。
「今の読者は『自分が罪悪感を抱く小説』なんて読みたくないの。女性向けのコンテンツで『女子生徒が理由なく男子生徒を虐める作品』なんて、一つでもあるの? 読者を『加害者』にするなんてもってのほかよ!」
「…………」
彼女は黙って首を振った。女性向けのコンテンツで女子が男子をいじめる際は『向こうが先にからかったから』など、相手に非があるパターンか『実は彼のことが好きだった』などの可愛い理由であることが殆どだからだ。
「だから分かるはずよ。……『英語で書かれた小説を読む人が、英語圏の人を悪者にする物語』なんて誰も読みたくないってね。もし、彼女が米軍に味方して、アフガニスタンの政府と戦う話しだったら、入選させてたわよ」
「……そう……」
「暴力をふるっていい白人はナチスとソ連兵だけ! それは順守してもらわないと」
その一言でエレーナは悟った。
ここの人たちが読んでいたのは『小説の審査』をしていたわけではなかったのだ。
あるのは『作者の審査』だ。
作者がドラマチックな過去を持っているか。
作者の思想が自分たちの思想や価値観に合致するか。
作者が読者を『被害者』にしてくれるか。
それだけだ。
「……そういうことかい。なら、もう受賞作はそれでいいよ。私は失礼させてもらうよ」
ならば、ここの人たちに何を言っても無駄だ。
そう失望したエレーナは、荷物を持って審査会場を後にした。




