1-6 地元にずっと住んでいるとの場合これが起きる
一方、こちらはイーノスの家。
彼の母親シャーロットは、頬に手を当てて難しい顔をしていた。ある重大な決定をするためだ。
「フライドチキンもいいし、たまにはオムレツ? ううん、やっぱりハンバーガーにしようかしら……」
そう重大な決定とは「自分の夕食を何にするか」だ。
イーノスが夕食を要らないと言っており、夫も現在長期の出張でサウジアラビアに行って施工管理を行っている。
そんな久しぶりに訪れた『一人の夕食』は、思いっきりジャンクなものを食べようと考えていたのである。
「よし、決まりね。早速注文を入れてっと……」
結局ピザを頼むことに決めた彼女は、スマートフォンのアプリで注文を入れた後、掃除機を手に、イーノスの部屋に入っていった。
「まったくあの子はいくつになっても部屋が汚いわね……本当に40も過ぎているのに、大きな子どもみたいね……」
彼の部屋には乱雑にスナック菓子の包み紙が散らばっており、脱いだ服や読みっぱなしの漫画が転がっていた。
「ふう……」
シャーロットは呆れながらも掃除機をかけていると、ふと彼が昔受賞した賞状が目に留まった。
「……あの頃は、あの子が大作家になるなんて期待していたんだけどねえ……ま、真面目に働いているだけでもありがたいと思わなくちゃ、とは思うけど……」
イーノスは小学校の時に地域の小説大賞で受賞したことがある。
だが、彼は元々プロとして活動しようという意欲が薄かったこと、そして何より好んでいたジャンルがSFに偏っていたこともあり、工員として生きていく道を選んだ過去がある。
「ま、出来れば結婚して家を出てくれれば最高だったけど……。この時代、贅沢は言えないわね……」
あらかた掃除をかけ終え、後はピザが届くのを待つだけだ。そう少しそわそわしていると、突然家の電話がプルルル……と鳴り響いた。
「あら、誰かしら?」
そう思って電話を取ると、向こうからは明るい声の女性が声を欠けてきた。
『すみません、こちら、マザー・シャーロット様のお電話で間違いありませんか?』
「ええ、そうよ」
マザーという部分に若干の違和感を感じながらも、彼女はそう答えた。イーノスの大雑把な性格は、シャーロット譲りでもあるということだろう。
『よかった、繋がって。……シャーロットさん、以前投稿していただいた小説、自覚なき特権者と、姉妹の毒の件でお話があるんです』
「小説?」
そういわれて、シャーロットは少し考えたあとに『あっ』と声を出した。
そうだ、イーノスが数カ月前に私の名前で小説大賞に投稿したと言っていたな。そう思い出して話を聴くことにした。
「ああ、あの小説ね。それで? 話聞くわよ」
シャーロットは『留守にしている息子の代わりに話を聴く』という意味でそう答えたのだが、電話の向こうにいる女性は『私が話を聴いてあげる』という意味に受け取った。
そのため、向こうの女性は嬉しそうに答える。
『実は、あの作品が大賞に選ばれたんですよ! それで、今回はこの審査委員長の私、ポリー・ウォーカーが電話させていただきました!』
「ええ!?」
後に『イーノス事件』と呼ばれる『フェミニスト文学賞に白人男性が登壇してしまう事件』。これが起きた背景には4つの誤算があった。
まず1つ目の誤算は、イーノスが応募の際に自身のスマホではなく『自宅の電話番号』を書いてしまったことである。もし彼がスマホの番号を記載していたら、この電話の時点でイーノスが規約違反を犯したことに審査員側が気が付けただろう。
電話の向こうで『ポリー・ウォーカー』を名乗る女は、少し興奮した様子で続けた。
『ネットで大人気ですからね、先生の作品は! なぞの天才覆面作家あらわる! って。ご存じありませんか?』
「そうなの? ……そんな話、私は聴いたことないわよ?」
そういってシャーロットは『まさか』と思い、自分が普段使っている動画サイトやニュースサイトを開いてみた。だが出てくるのは、料理のサイトや猫や犬のニュース、そして芸能人のゴシップばかりだ。
(何よ、バカ息子の話なんて全然出てないじゃない……。この『審査員』とかいう女は、まったく出鱈目な話をしてることは間違いないわね。まったく、一瞬でも期待して損したわ……)
シャーロットは知らなかった。
自分が使っているニュースサイトや動画サイトは全てリコメンド機能があり、彼女自身が関心のあるコンテンツしか流れてきていないことを。
よく『日本凄い系動画』ばかり見ている老人が『自分の価値観こそが普遍的で正しいのだ』と勘違いして子どもを呆れさせる事例と同じような現象でもある。
ポリーと名乗る女性は少し安堵したような様子で続けた。
『正直私も、シャーロット先生が実在する方なのか心配だったくらいでしたから……。こうやってお話しできるだけでも嬉しいですよ!』
「あっそ。そうだったのね」
また、大雑把な性格の彼女はここで『マザー・シャーロット』の名前を検索することも面倒がってしまった。
この母親のネットリテラシーの低さが第二の誤算である。
「それで、その賞の話がなんなの?」
『ええ。それで実は今度の11月12日に、是非先生に登壇してほしいんですよ! 場所は……』
「……11月12日? ……ああ、そういうことね」
そして3つ目の誤算は、寄りによって11月12日はイーノスの誕生日だったことだ。
そのため、彼女は『誕生日に地元の友人がドッキリパーティをやる予定なのだ』と判断した。
(フフ、懐かしいわね。確かイーノスが中学の時も、こんなサプライズをしてきたのを思い出すなあ。……どうせあの時と同じで、あの移民二世の坊やあたりが、妹と共謀してやっているんだろうけど、ここは私も乗ってあげるとするか……)
そして最悪だったのは、過去に全く同じドッキリが行われたことがあったことだ。
イーノスが子どもだったころはまだ携帯電話を子どもが持つ時代ではなかったので、このような『家の電話になりすまし電話をかけるイタズラ』が横行していた。
これにより、シャーロットは完全にこの電話を『息子のためにサプライズパーティをするためのイタズラ』だと勘違いしてしまったのである。
「ええ、11月ね。場所はどこにいけばいいの? 今からメモしておくわ」
『はい、お伝えしますね……』
さらに偶然は重なった。
表彰式はまさにイギリスで行われる上、会場も彼女たちの家から電車で数時間の場所だったのだ。
「へえ、随分良いところでやるのね」
あのバカ息子にもまだ、誕生日のドッキリをやってくれることがいたのか。
そう誤解したシャーロットがニヤニヤと場所と時間をメモしていると、ドアチャイムがピンポンとなった。
「それじゃあ、伝えとくわね。ありがとう」
『あ、は、はい……』
ピザの宅配のことで頭が一杯だったのだろう、彼女はポリーがまだ何か言いたそうにしていたが、お構いなく電話を切った。
そしてシャーロットは財布を手にいそいそと玄関のドアを開けた。
「どうぞ、ペパロニとベーコンのピザと、フライドチキンです」
「はい、ありがとうございました」
「またどうぞ」
そういって彼女はピザの代金を支払った後、ピザをテーブルの上に乱雑においた。
「うーん、美味しそう……ビールも開けてっと……」
そして冷蔵庫にあるビールを取り出し、そのままグビリと瓶ごとラッパ飲みにしながらピザをかじる。
「はあああああ……最高ね、やっぱこういう夜は……」
ピザに脳を支配されていた彼女の頭からは、すでにイーノスの書いた小説のことなど完全に抜け落ちてしまっていた。




