1-4 レビューは作家じゃなくて作品の感想を書いてほしい
ポリーの講演会が終わってから数日後。
アメリカの片田舎にある古いマンションの一室で一人の老婆がぶつぶつと独り言を言っていた。
「ったく……。今の若い子たちは、文学なんて何も分かっていないんだね……。こういうと、老害って言われるから言えないけどさ……」
エレーナ・フランシスは一人、ぶつぶつと憤っていた。
簡素ながら綺麗に片付けられたリビングで、彼女はそう苦々しく呟きながら秘蔵のワインをグイっと流し込んだ。
そして手に持っていた本をパシン、と指ではじいて叫ぶ。
「何が『作者の虐待経験が、本作を通して伝わってくる』『作者の怒りを見て私も共感できました!』『これは現代女性のエンパワメントにつながる』だい! ……本を読んだら、本の感想を書きな、本の感想を!」
彼女が読んでいたのは第7回の女性文学大賞に選ばれた作品『痛みを知ってほしくて』だ。
あらすじとしては、父親から虐待を受けていたアジアの少女が、ドイツ人の女友達と触れあって『自分らしさ』に目覚め、バイオ研究者として活躍するという物語だ。この本の帯に書かれていた推薦文を見ながら、そうつぶやく。
「内容は稚拙で伏線もありきたり。それにノンフィクションっぽく描いてるけど時代考証も滅茶苦茶じゃないか。何より実体験の部分はリアルだけど他は滅茶苦茶。家族の描き方も『ただ読者のヘイトを溜めるための嫌な奴』ってだけで人間味がないし……」
エレーナは1970年代に作家としてデビューをして、現在でも執筆を続けている、フランスを代表するフェミニスト文学者でもある。
界隈では大御所として評価されているが、ジャンルが現在衰退している『ハードボイルドもの』であること、並びに新作の売れ行きは若者の読書離れも進んだことにより、近年の書籍の売り上げは芳しくない。
「率直に言って駄作だね。文章の書き方を1から勉強してほしいもんだよ」
空になったワイングラスをそっとサイドテーブルに置いて、推薦文をもう一度読み返しながらエレーナはため息をついた。
「……それにしても……ポリーって女とは同じフェミニスト同士のはずなのに、どうしても、彼女のやり方とはそりが合わないみたいだね……」
この『痛みを知ってほしくて』の推薦文を書いていたのは、ポリー・ウォーカーという女性だった。彼女はアメリカ人のフェミニストインフルエンサーであり、日頃から男性社会への怒りの告発や、おススメの女性小説の紹介などを精力的に行っている。
帯に印刷された彼女の得意げな顔写真を見ながら、はあとため息をついた。
「なんで、あんたは『若くて英語が書ける可愛い女の子』の作品しか紹介しないんだい? 一回問いただしてみたいねえ……」
高齢女性であり普段はフランス語で小説を書くエレーナが不満を持つのは、自身の作品をポリーが一度も紹介してくれないことにも起因している。
しばらくエレーナがポリーのアカウントを見ていると、ある投稿に目を留めた。
「おや、この動画だけずいぶん再生されてるじゃないか。えっと……『謎の覆面作家、マザー・シャーロットの謎に迫る!』ねえ……」
ポリーは作品紹介の殆どを『その作品がどんなものなのか』でなく『作者はどんな人なのか』に割いてしまう傾向があるのだが、今回の動画にもそれが見られた。だが、どうやらこの作者『マザー・シャーロット』の正体はポリー自身も把握していないらしい。
「へえ……。今年からあの文学賞、Webでも投稿できるようになったのかい? ……なるほど、時代は変化したもんだね」
エレーナがデビューしたころは、まだまだ手書きが主流だった。
そのため『女の書いた小説』と分からないように筆跡をわざと固くしたことを思い出しながら、彼女は苦笑してワインを傾ける。
「……それにしても、マザー・シャーロットの作品って、よっぽど面白いんだねえ……。どれ、ちょっと見てみようか……」
あまり普段はインターネットで作品を調べることのない彼女は『マザー・シャーロット』という言葉を検索してみた。
すると、様々なアカウントが彼女に関する考察記事をまとめていた。だが、それを見ながらエレーナは少し呆れたような表情をする。
「作者の正体が気になるのは分かるけど、それより作品の考察をしないのかしらね。まったく、彼女がどんな人だろうが作品には関係ないでしょうに……」
かつて自分が、今は亡き女友達と読書会を開いた時を思い出しながら、彼女はそう残念そうにパソコンを閉じようとした。だが、その時部屋の隅に置いてある電話がプルルルル……と音を立てた。
「あら、珍しい。セールスかな?」
彼女は古風な作家であり、いまだにネットではなくFaxで原稿をやり取りしている。そのため、いまだに家の電話が存在する。
「はい、エレーナです」
『あ、先生? お久しぶりです』
電話に出ると、なじみの編集者の声が聞こえてきた。
一瞬、仕事の依頼なのかと思い少し期待を込めて尋ねる。
「なんだい、珍しいね。何か用?」
『ええ。先生は毎年行われている『女性解放のための文学賞』はご存じですか?』
「勿論だよ。今もその受賞作を読んでいたところだからね」
内容のお粗末さに投げ捨てようとしたけどね、とは言わずに話を聴いてみた。
『それで先生には、第8回の文学賞の審査員をしていただきたいんです』
「え? けど、もう審査員は決まっていたんじゃないのかい?」
『実は審査員の一人が体調を崩してしまって……。それで、先生ならしっかりとした批評文も書けると思っていましたので、いかがでしょう?』
「そうだねえ……」
口ではそっけない反応をして見せたが、本音ではエレーナの胸は高鳴っていた。
こういう審査員をやるのが彼女にとって夢だったからだ。
(あの時私は、男たちから批評される側だったけど……今度から批評する側になったのか……。まあ、参加者が全員女性なのは少し気になるけど……)
そもそも彼女は自分が女ということで文壇から締め出されていた過去があるため、この文学賞が『女性限定』ということには正直不満を持っていた。
とはいえ、そのことを今編集者に話しても仕方がない。そう思った彼女は、わざとらしく咳ばらいをした。
「えっと……。因みに審査を行うのはいつなんだい?」
『4カ月後の10月頃を予定しています』
「そうだねえ……ちょっと待ってて、スケジュールを確認するからさ」
『いえ、その口ぶりなら暇みたいですね、ありがとうございます!』
「…………」
長い付き合いの編集者には、こういう小細工は意味がなかったようだ。
電話向こうの彼女は、嬉しそうな声色でそう明るく答えた。
「それで今度の審査員は私以外にはどんな人が来るんだい?」
『はい、えっとですね……』
この文学賞は『女性のための小説』ということもあり、審査員も多くが女性で占められている。
『まず、女性の貧困をニュースやメディアで取り上げている新進気鋭のルポライター、エヴァさん』
「ああ、その人の本なら知ってるよ。確か彼女自身も黒人のアフリカ系移民で、養護施設の出身だったって話がよく知られてるね」
『次に、過去に男性上司からパワハラを受けて仕事を辞めた元工学技士であり、現在はフェミニスト文学者として名が知られている、タジキスタン人のニコラ先生』
「ふうん……」
『そして先生もご存じと思いますが、現在女性の間からエンパワメントの女王と言われているポリー先生。前回審査委員長をしていたことは、エレーナ先生もご存じですよね』
「げ……。彼女とはあまり顔を合わせたくないけどねえ……」
そうエレーナは少し嫌そうな顔を見せた。
そしてその顔ぶれを聴いた後、少し意外そうに尋ねる。
「そういえば、男の審査員はいないのかい?」
『いえ、ちゃんとおりますよ? 時代は男女平等ですからね。ちゃんと男性枠として、男性学の権威である、サカヨリ教授も呼んであげています』
「……へえ、あのおっさんが?」
読書家である彼女は、日本人であるサカヨリ教授の作品を思い出した。
代表作は『男という加害性と蛮性への自覚』。彼自身が妻に気を遣わず家事育児を丸投げし、結果実家に帰っていったことがきっかけで内省していくスタイルの作品だった。
(なんか、……随分人選が偏ってるねえ……)
なるほど、確かに自分が『老人枠』で彼が『アジア人男性枠』だ。綺麗に審査員の老若男女、そして人種が揃っている。だが、これを持って多様性と呼ぶのか少し疑問を禁じ得なかった。
『あの、先生……どうされました?』
「あ、ううん。何でもないよ。それじゃ、また近くなったら教えてくれるかい?」
『はい!』
そういって電話は切れた。
そして彼女はワイングラスを片付けながら、ぽつりと呟く。
「まあ、どっちにしても私はきちんと批評してあげないとねえ。……コテンパンにやってやるから、今年の投稿者は覚悟しておきな。フフフ……」
言いたいことは数あれど、自分が審査員の側に座ることは、彼女にとって楽しみでならなかった。
そして大きく伸びをした後、窓の外から終電に駆け込む女性社員たちの姿を笑みを浮かべながら見送った。




