1-3 無自覚な特権意識に気づくのは難しい
それからさらに、2カ月ほど経過した。
イーノスはゲームの攻略に夢中になったことで、小説を投稿したことを忘れてしまっていた。
また、日頃からあまりテレビもニュースも見ない彼は、自分の作品の評価も見ておらず、のほほんと過ごしていた。
だが、彼の作品が公開されてから2カ月でその小説は口コミで徐々に広まっていき、世界中でも読まれるようになっていた。……無論、この小説が英語で書かれていたのが一番の拡散の理由だが。
そして、そんなある日。
「さて、それでは今回のセミナー『歴史書が女の名前を消したのはなぜか』を終了いたします」
「ポリー先生、ありがとうございました!」
アメリカのコワーキングスペースで、40代半ばの女性はセミナーを終えて頭を下げた。
彼女の名前はポリー・ウォーカー。
近年アメリカで名前をあげている新世代のフェミニストだ。
『女の連帯』をスローガンとして、あちこちで講演会やパーティーを開いている実業家でもある。
特に彼女の運営するサロン『マリアの雫』は都心部のアッパーミドルの白人女性たちに圧倒的な支持と人気を得ており、入会は順番待ちとなっているほどだった。
「ポリー先生、今日もありがとうございました!」
「私たちって……本当に、この男社会で虐げられていたんだなって、改めて思いました!」
そう、彼女の開催するセミナーの常連客である若い女性たちは嬉しそうに頭を下げる。彼女たちはアメリカの企業で活躍するヤングエリート世代だ。
会場の外にある大部屋では、すでにパーティの準備が出来ている。参加者の女性たちは、思い思いに食事を手に、談笑を始めていた。
因みに置かれている食事は、サーモンのマリネや生野菜のサラダなどオーガニックなものばかりだ。ポリーは自分を慕う『妹』に笑いかけながらも、社会への怒りを訴えるように答える。
「そうなのよ。……私たちは女ってだけで、ハンデを受けてるの。しかもそれは、社会の構造としてね」
「分かります! 私もいつもパワハラ受けていましたから……」
そしてセミナー参加者の一人、赤いドレスに身を包んだ白人の女性は、ポリーにそう愚痴を言いながら、皿を片手に料理を品定めしていた。そんな彼女にポリーはそっと寄り添うように呟く。
「……けどね、彼ら上司もまた、被害者なのよ」
「被害者、ですか?」
「ええ。特権に無自覚なように育てられたという意味で、ね。そして一番悪いのは政治。あなたたちのような『強い女性』が力を持って自己主張することを何より恐れているのよ」
「ですよね……! 私も、理不尽な残業を命じる上司を殴ったらクビになりましたけど……。あれも本当は、彼らの嫉妬だったんですね!」
「勿論。あなたの怒りは社会に対する正当な告発なの。だから、あなたは全然悪くないわ。悪いのはあっちだって、私は分かってるから。詳しくは次のセミナーで話すわね」
「……ありがとうございます!」
そうポリーはウインクすると、取り巻きの女は哀し気な表情でコクリと頷く。
ポリーが普段行うセミナーは、いかに歴史の中で女性が虐げられていたか、そして実際には自分たちがどれほどの能力を隠し持っていたかを話すようなものが主流だ。
因みに参加費は一回500ドルだ。
ポリーは、そんな彼女の肩を抱きながら、嘆くような口調で呟く。
「それでも……彼らみたいに、権力を持つ人たちには『自分が特権を持っている自覚』を持ってほしいものよね。無意識に人を傷つけるなんて最低よね?」
「まったくです! 男って本当にそういうのが鈍感なんですよね! ……ってあら?」
そしてパーティードレスに身を包んだ取り巻きの一人は、よく手入れされた金髪を撫でつけながら、近くにいた太り気味のブラジル人メイドを呼び止めた。
彼女はポリーが運営するサロン『マリアの雫』の従業員である。
「ちょっとあなた」
「は、はい!」
メイドはビクリと体を震わせながら振り向いた。
「なにぼさっと突っ立ってるの? そこにあるサーモンとクラッカー見て、なんとも思わない?」
「は、はい……えっと……どういう、ことですか?」
メイドは不思議そうに首を傾げると、そのドレスの女はハア、と苛立つような様子を見せながらサーモンを指さす。
「このサーモン、鮮度が落ちてるでしょ? ったく、これだから田舎者は……。ほら、さっさと補充しにコックに伝えて」
「は、はい、申し訳ありません!」
「それくらい、言われる前に察して動くくらいしなさいよね。それと、ついでにワインも持ってきて? 白くて辛い奴ね。今すぐ、急いで?」
「……はい。すぐにお持ちします」
憮然とした表情をしながらも、そのメイドは厨房に向かって走っていった。それを尻面に、彼女はポリーに尋ねる。
「ところでポリーお姉さま?」
「なあに?」
「最近ネットで噂になっている『自覚なき特権者と、姉妹の毒』ってご存じですか?」
「え? ……ううん、聴いたことはないわ」
最近は講演会やロビー活動、そして企業案件として行っている化粧品の宣伝活動で忙しかった彼女は、ネットの評判を見る余裕がなかったためだ。
「『男だけ即死させる毒』を使って世界を平和にするという物語なんですよ。今、Web小説で大人気なんですよ」
「へえ……。けど、あまり人が死ぬ話は好きじゃないわよ、私は」
ポリーはフェミニストだが、決して男嫌いというわけではない。
そしてそれ以上にグロデスクな描写がある物語を好まない。そのため、動画などで紹介する書籍についても暴力描写がないものがどうしても多くなるためだ。
だがあ、取り巻きの一人はニコニコと首を振る。
「安心してください。作中で毒で死ぬ人は、ごく一部なんですよ。この話のキモは『毒の製法が世界中の女性に知られたこと』そのものが社会を変えるって話なんです」
「そうなの? ……ちょっと見てみるわね……」
そしてポリーはスマホでその作品について調べてみた。
するとネットではものすごい数の感想が書かれており、また考察サイトも複数出ていた。だが、その多くは小説ではなく作者の正体に関する考察だ。
「ところで、この『マザー・シャーロット』って人はどんな人なの?」
「実は彼女のことは、誰も知らないんですよ。感想欄にもなんの返信をしてくれませんし……」
そういうと、周囲の会員達もわっと近づいて口々に話を始めた。
「私は彼女が、きっと途上国出身の貧しい年配の女性だと思いますわ!」
「そんなことないですよ! 作中の描写から見ても彼女の正体は若い女の子に違いないですよ! それも割と裕福な!」
「分かってないわね。マザーってペンネームから考えたら恐らくポリー先生と同年代ね。そして日系人と見て間違いないわよ!」
(ふうん……面白そうな話ね)
ポリーは、ここ数年の活動の中で動画のネタ切れや活動のワンパターン化を危惧していた。
だが、マザー・シャーロットの正体についての考察ネタは再生数が稼げそうだし、何より彼女を『マリアの雫』に囲い込めればさらに会員を増やせる。そう思ってシャーロットは神妙な表情で頷いた。
「ねえ、あなたたち?」
「なんですか?」
「もし……そのマザー・シャーロットって人に出会える機会があったら……どう?」
その一言に、周囲の参加客は急に色めきだった。
「それ、最高です!」
「絶対に見に行きます! そのパーティの参加費、いくらですか?」
「もし可能なら、シャーロット様にも講演してほしいです! 私の人生を変えてくださったんですもの!」
「そ、そう……」
ポリーの想像を遥かに上回る反応に、思わず周囲を見回しながら驚きながら頷いた。
なるほど、どうやら自分の想像以上にマザー・シャーロットの評判は有名なようだ。
しかも彼女の小説を見ると、自分がスポンサーであり、審査委員長でもある『女性解放のための文学賞』にもエントリーしている。
(この作品を大賞に選んで……そして、当日彼女を登壇させれば……相当、金が落ちそうね……)
そう彼女は思いながら、取り巻き達に対して微笑みかけた。
「ええ、それなら今度、ちょっとセッティング出来るかやってみるわね。それと、明日から私も彼女の考察動画あげるから、楽しみにしててね」
「凄いです、お姉さま!」
「楽しみです!」
取り巻きたちがそういうのを見て、彼女は嬉しそうに微笑む。
「それじゃ、今日はたっぷり飲みましょ? それと『男社会で戦う女性』のために素敵なチャリティコートを用意したから、帰りによかったら買ってってね」
「あ、リエルさんの新作出たんですか?」
因みにこのパーティでは、有名な女性デザイナーによるコートの即売会なども『女性のエンパワーメント』という名目で行われている。
「ええ。勿論売り上げの一部は途上国に寄付するわ。あなたたちの活動が、アジアの貧しい女性を救うのよ?」
「はい!」
度の強いワインでほろ酔い状態の彼女たちは、吸い込まれるようにそのコートの並んでいるブースに足を運んでいった。




