エピローグ1 まじでこんな文学賞が出来たら嫌だ
そしてさらに半年が経過した。
エレーナはコーヒーを飲みながら新聞に目を通していると、そこにはポリー・ウォーカーの実刑が確定したという記事が載っているのを発見した。
「ま、しょうがないかねえ……よっぽど嫌われてたみたいだしねえ」
もっとも、これはエレーナも薄々分かっていたことだ。
それだけ多くの従業員や会員から恨みを買っていたのだろうと思いながら、彼女は自室のマンションで、ふう……と煙草を吸った。
「もう一杯飲もうかね……今日は暇だしね……」
マグカップを手に、テレビを見ながらのんびり過ごしていると、突然電話が鳴った。
自宅の番号ではなく、スマホから電話がなるのはエレーナにとっては割と珍しいことだ。少し驚いた様子で彼女は電話をとった。
「おや、誰だろうね……。ありゃ、イーノスの坊やかい」
イーノスは先日の一件で責任を感じたこともあり、創作活動は行っていなかった。
だが、エレーナの励ましもあり先月から新作を書き始めていた。そんな彼の新作をエレーナも心待ちにしているところだった。
「どうしたんだい、坊や。珍しいね、あんたが電話するなんて」
『うん。……エレーナおばさんが元気か、気になってさ』
彼は40過ぎの中年だ。だが70をとうに超えたエレーナにとっては、無邪気で童顔な彼は自分の子どものような立場にも感じていた。
イーノスののんびりとした口調に笑みを浮かべながらエレーナの顔は少しほころんだ。
「ハハ、そりゃ嬉しいねえ。小説の調子はどうだい?」
「うん、いい感じだよ。ちょうど昨日完成したんだけどさ。今度はどんな小説賞に出そうかなって悩んでたんだ」
「へえ、またWebに出すつもりかい?」
「ううん。シャーロットのアカウントは閉鎖されちゃったから」
世間からは『シャーロット事件』とされた先の騒動により、彼のアカウントは全て閉鎖されてしまっており、事実上の出禁状態となっている。
「それで今回は別の文学賞に出そうかなって思って。エレーナさんは何かおススメあるかな?」
「おススメ?」
そのことを聞いて、エレーナは少し意外そうに思った。
何故なら、次回の第9回『女性解放のための文学賞』がもうすぐ後に迫っていたからだ。
あの大賞は郵送での提出も認められている。
(あれだけ私が演説したんだ。きっと今年から性別規制は撤廃されたと思ったんだけどねえ……)
ということは、ジャンルを変えたのか?
そう思いエレーナは尋ねる。
「ひょっとしてあんた、今回は男性向けの小説を書いたのかい?」
「ううん……。今回もやっぱり、女性向けの小説にしたんだ。相変わらずネットのバズワードを沢山入れているけどね。その方がやっぱりいろんな人に見てもらえるかあ」
電話の向こうでもイーノスが苦笑していることがエレーナにも伝わった。
まあ、小説なんてものは読んでもらってなんぼだ。どんなに自分の好きなジャンルを書いたとしても読んでもらえてなければやる気が無くなるものだ。
「へえ。まあ、あんたは、そっちの方がが向いてそうだけどね。……で、それなら前と同じ『女性解放のための文学賞』に出してみるんじゃダメなのかい?」
「……ううん、それが……」
イーノスの声が少しくぐもったことがわかり、エレーナも少し訝しげにコーヒーを口に含む。
「今回の大会から、規約が変わったんだ……」
「規約?」
「今度はもう規約を間違えないようにしようと思って。それで大会の見たんだけどさ……ちょっともう、僕には厳しいなって思って……」
「なんだい、そりゃ? ちょっと見てみるよ……」
そしてエレーナは今度の小説賞の規約を読み直した。だが、その文章を読み進めるにつれて、彼女の顔色が徐々に怒りによって赤くなっていった。
「……な、なんだいこりゃ!」
その規約とはこのようなものだった。
・応募は16歳から65歳までの女性のみ
・応募の際には写真付きの履歴書と身分証明書、戸籍謄本を用意すること
・本作を書いた理由について、自分が過去に受けた『男性、或いは男社会で受けてきた抑圧』の実体験も踏まえ、具体的に記載した自己PRシートを添付すること。
性別や国籍、人種やイデオロギーによって作品の良し悪しを決めてはいけない。純粋に文章そのものの面白さで小説というのは評価されるべきだ。そんな自分の思惑とはまるで逆方向に突き抜けた文学賞を見て、思わずバン! と机を叩いた。
「何が文学賞だよ! こんなのもう『可哀そう選手権』じゃないかい! 何だってこんなになっちまったんだよ! あれだけ『作品と作家は分けて考えろ』って言ったのに!」
はあ、はあと怒りの余りにコーヒーをこぼしそうになるエレーナの様子を感じ取ったのか、イーノスは少しなだめるような口調で続ける。
「うん……。それで、なんでこんなことにしたのか出版社の人にも聴いてみたんだ。……なんでこんな規約にしたんだ? って。そしたら言われたんだ」
「へえ、なんて答えたんだい?」
「……なんでも『作者が不透明な作品は売れない』んだって。だから、エレーナさんのやり方は採用できないって言われたんだ」




