エピローグ2 『男に負けるな』のスローガンはこうあると嬉しい
その言葉を聴いて、エレーナは思わず膝から崩れ落ちそうになった。
あれだけの事件が起きてもなお、文章重視の審査には戻せないのか、と。
「それは本当かい?」
「そうらしいんだ。実際に、作者を完全匿名にして行った文学賞は誰にも見てもらえない、出版した本も全然ヒットしなかった過去があるんだって……」
「そうか……ま、しょうがないといえばしょうがないけどさ……」
商業主義の中で作品より作家の方が重視されるのはよくあることだ。
スポーツ選手も、特に女性選手の場合は本人のプレーよりも彼女自身のパーソナリティを重視した報道がされるのと同様だ。それもエレーナは気に入らなかったが。
「……にしても、これはやりすぎじゃないかい? ここまでやっちゃあ、もう応募できない奴の方が多いだろうに」
「それは僕も思ったよ。それで聞いたんだ。そしたら編集者の人に言われたんだ。『寧ろエレーナおばさんの演説を聴いた作家の卵のせいだ』って……」
「はあ? 私のせいってことかい?」
エレーナがポリーを怒鳴りつけたシーンはネットミームになり、世界中で報道された。
『真のフェミニストVS似非フェミニスト』のような書かれ方だったが、正直見世物になるのはいい気はしていなかったのだが。
「うん。あの事件のあとに開かれた文学賞があったんだけどさ。全ての作者がみんな『過去に父親から虐待を受けた、黒人で性労働をしてるレズビアン』と自称していたってことが起きたらしいんだ」
思わずそれを聞いて、エレーナはコーヒーを吹き出しそうになった。
いくら何でも作家の属性が偏りすぎだからだ。
「冗談じゃないよ!? なんだってそんなことになったんだい?」
「その方が、審査員の人に読んでもらえるって分かったかららしいんだ。……それで結局、こんな風に作家の身辺をしっかり調査する形になったんだって」
確かに、前回の『女性解放のための文学賞』は、作者のパーソナリティを偏重していた。だが、そのことを自分が告発したことで却って『審査員のイデオロギーに合致する人格』を捏造すれば売れる、ということを作者に学ばせてしまったということだ。
エレーナは頭を抱えながらイーノスの話を聴いた。
「そいつは酷いねえ……。あたしもいくらなんでも、そりゃ認めらんないね」
前回の大会で彼女がイーノスを擁護したのは、あくまで彼が過失によって規約を見落としたためだ。彼ら彼女らのように、意図的に作品に下駄を履かせてもらうために『審査員を喜ばす経歴』を自称することはエレーナには認められなかった。
いらだちを抑えるべく彼女はふところから煙草を取り出して、大きくため息を突きながら肺に煙を吸い込む。
「もう、さ……。あんた、女性小説書くのを辞めるってのはどうだい?」
「え? けど……」
「こんな小説賞で大賞取っても嬉しくないだろ? ……今度は思い切って、あんたがやりたがっていたSF小説を思いっきり書いてみるのはどうだい?」
「うーん……でも、今の人はきっと読んでくれないし……」
そんなイーノスに、エレーナはフッと目を閉じながら笑みを浮かべた。
「バカ言ってんじゃないよ? 他の誰でもない、私が読みたいんだよ、あんたの作品をね」
「え?」
『ファン』から直接そう言われたことがなかったのだろう、イーノスは少し声が上ずっているのをエレーナは感じ取った。
「もしだけどさ。私が唸るような作品だったら、知り合いの出版社に掛け合ってやるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「勿論さ。まあ、前の作品ほど部数は出ないだろうけどさ。本当に『古き良きSF』を読みたがってる奴らに刺さるってんなら、きっと固定ファンは着くだろうさ」
「け、けど……」
「おや、それとも怖いのかい、坊や? 私に批評されて駄作だって罵られるのがさ?」
挑発的なエレーナの発言に、ムッとしたような口調でイーノスは答える。
「そ、そんなわけないよ! そんなに言うなら待っててよ! 絶対に面白い作品を書いてみるから!」
「ああ、その意気だ。……そんじゃ、出来たら教えてくんな」
エレーナはそういいながら電話を切ったあと、コーヒーを口に含みながら窓の外を見つめた。
ーーーーーーーーーーーー
「……そういや、私は今回は審査員に呼ばれなかったねえ……」
応募規約をよく見ると、エレーナの年齢では応募できなくなっていた。即ち完全に自分が件の出版社を敵に回してしまったことが見て取れた。
だが、それは仕方がないことだ。
長年フェミニストとして活動してきた自分にとって、そんな風に身内から切られることは『挨拶』でしかない。
「私の時代はもう終わったってことなのかもねえ……」
そういいながら、彼女はお気に入りの革製のバッグを見つめた。
これを作ったのは、過去に『夫のDVに耐えるより、自分で収入を得る道を探したい』と自分に訴えてきた女性だ。
そんな彼女にエレーナは革職人を紹介し、そして何年もの血のにじむ修行の末に体得した技術で作ってくれたプレゼントでもある。……無論彼女のような成功例は一握りだったが、それでもエレーナにとっては勲章でもある。
「けどまあ、イーノスの坊やだって頑張るって言ってんだ。私も頑張んないと。『男に負けるな!』ってスローガンは、そのためにあるんだからね!」
彼女はそういうと、愛用の万年筆を手に取って原稿用紙をドスンと置いた。
次の作品は、エレーナの好きなハードボイルド小説を書くつもりだ。ただし、編集者にも読んでもらえるように内容を現代風にアレンジして。
その作品の構想を思いながら、彼女はペンを走らせ始めた。




