3-2 留置場で面会をする二人
そして、しばらくした後、留置場でエレーナはある女性の前に座っていた。
「……最初はさ、本当に女性を助けてあげたいって思ってたのよ」
その女性の名前はポリー・ウォーカー。
数カ月前の自信に溢れていた時の姿とは見る影もなかった。目の下にはクマが落ちており、そしてげっそりとやせ細っていた。
「エレーナ、あんたみたいに私も悩みの相談に乗ったりさ、仕事を教えてあげたりさ。……けど、そういうのって、相手に思ったほど喜んでもらえないことが多いのよね。上手くいかなきゃ恨まれるし、自立したら私のことなんて忘れられるし」
「それは……そうだねえ。私も今まで何度も、そうやって裏切られてきたよ。男にも女にもね。けどさ、それは……」
エレーナが何か言おうとしてきたが、ポリーは遮るように続けた。
「うん、分かってる。……私の自尊心を満たすためのエゴだったのはね。けど、それでもさ……やっぱり少しずつ心が削られていくのは分かったわ。あんたみたいな『鉄の女』には分からないでしょうね」
「……あんた、もう少し世界史を勉強しな。それと気持ちは痛いほど分かるから安心しな」
『鉄の女』という比喩表現をフランス人のエレーナに使うのは少々不適切だ。
そう思いながらもエレーナは遠回しに突っ込みを入れた。
「それで、考えたのよ。『現実の世界で彼女を引き上げるより、素敵な夢を見せてあげたほうがいいのかな?』って。自分が絶対に否定されない空間を作って、彼女たちが『見られたい姿』になれる気分にさせればいいんじゃないかってね」
「見られたい姿、ねえ……。まあキラキラしたオフィスでスーツをピシッと身に着けて、華麗に働きながら、若い女の子からチヤホヤされる姿、とかかい?」
皮肉交じりに尋ねるエレーナにうなづきながらポリーは答えた。
「それもあるけど……。一番は『組織に縛られずに、自分のやりたいことをやって、大好きな人に囲まれる生活』って言ったほうが近いわね。……ま、なんてことない自己啓発セミナーみたいなものよ」
女性を元気づけられるようなブックストアを開いて、オーナーになろう。
ピラティスの講師になって女性の心と体のケアをしながらお金を稼ごう。
キッチンカーで女性の健康に役立つ食べ物を作って売っていこう。
女性のためのリカバリーウェアを販売するビジネスを始めてみよう。
そういう『成功率は低いが、下積みが要らずに素敵な夢を見れる仕事』ばかり紹介していたことを彼女は裁判の場でも全て正直に話していたのをエレーナは思い出した。
「ったく。……ま、そんな詐欺は昔っからずーっとあるからねえ。今回は単にそれに『フェミニズム』って言葉がついただけさ。それでどうなったんだい?」
髪をクルクルと巻きながら、ポリーは少しだけ得意げな表情で笑みを浮かべた。
「大成功よ。信者の子を依存させて周囲から孤立させた後『あなたの才能はこんなところで埋もれる器じゃない』っていったら、みんな喜んで財布を開いたもの」
「なるほどねえ。ドリームハンターっていう言葉を使うのを私も聴いてたから分かるよ。そんなことばっかりやってたのかい?」
その通りよ、とポリーは自虐的に笑って見せた。
「それで、起業のためのセミナーを開いて『私でも出来そう』って思わせてカタにハメてたわ」
「どうせ、そのセミナーもろくなもんじゃなかったんだろ?」
「当たり。『どこでお金を借りるか』『どうやって集客するか』じゃなくて『起業すればどんな素敵なライフスタイルを送れるか』って話ばかりしてたのよ」
やっぱりね、と苦笑しながらもエレーナは頬杖をついた。
「……自分の大好きなものに囲まれて、お客さんはみんなニコニコと笑顔で接してくれる常連さんばかり。上司からの圧力もノルマ達成の不安もなく、毎日丁寧なスローライフを送れる。そんな感じかい?」
「フフフ、ご明察よ。キッチンカーの広報も、そんな夢を見れる物語ばかりね。なんでそんなセミナーにしたと思う?」
ポリーはどこか、過去の信者を見下すような口調でボロボロの服の裾を少し直す。エレーナは、そんな彼女の様子を見て、すぐに察しがついた。
「一つは、あんた以外から資金を借りたり材料を調達したりする知恵を付けさせないため。そしてもう一つは、その方が信者の食いつきが良かったから……だろ? 現実の話をするよりも夢みたいな成功話の方が聴いてて楽しいものだからね」
それを聞いたポリーは、一瞬驚いたような表情を見せた後、目を閉じてコクリと頷く。
「そう、バンドマンに憧れる女性と同じよね。……そうやってカモからお金をふんだくっていくうちに、いつの間にかこんな大きな組織になって、私も周りからあがめられるようになったってわけ。……みっともないでしょ?」
自虐的に笑うポリーに対してエレーナはいつものようにフン、と呆れたような声を出した後にフルフルと首を振る。
「……そんなことないさ。私は、あんたみたいな奴を山ほど見てきたからね」
「え?」
「私が何年この世界で戦ってると思うんだい? 今更、あんたみたいな奴を見て軽蔑したりなんかしないよ。……出所したら私の元に来な。いい仕事、紹介してあげるから」
「仕事?」
「ああ。あんたの言う『物語』を売るようなもんじゃないけどね。ただ、技術を身に付けりゃ、確実に食って蹴る仕事ばかりさ。ビシバシ鍛えてもらえる職人なら腐るほどいるから、楽しみにしときなよ」
胸を叩きながら得意げに笑いかけてきたエレーナに、ポリーは一瞬だけ口元をほころばせながらも、顔をプイと背けた。
「それまでにあんたが生きてたらね」
「何言ってんだい。あたしゃ100まで生きるから安心しな! ……っと。ここも禁煙か。じゃあちょうどいいや。この辺にしとこうかね」
「うん……。またね、婆さん」
そういうと、ポリーは少しだけ憑き物が堕ちたような顔を見せながら、そうエレーナに呟いた。




