1-1 「女にSFは書けない」今は別の意味で使われている
「女にSFは書けない」
これはかつて、女性作家たちが散々言われていたことだろう。
科学に根差した物語は男性の独占的な知の祭典であり、女性は『自分の身の回りを描いた私小説や、王子に溺愛されるような恋愛小説』でも書いていろ、と呼ばれていたことは昭和世代に生きたものならば一度は耳にしたかもしれない。
このような価値観は平成の時代に大きく変わり、優れた女性のSF作家は多数産まれてきた。
だが……。
「はあ、この小説もエタッた(更新が止まること)のか……」
小太りの白人男性イーノス・ソーカルは、イギリスの片田舎にある小さな家の一室で、ブラウザを残念そうに閉じた後、フー……とため息をついた。
そして安物のビールをグビリと飲みながら嘆いた。
「僕、この作家さん好きだったんだけどなあ……。けど、PV数も少なかったし、しょうがないといえばしょうがないのかなあ……」
彼が読んでいたジャンルはSF小説だった。
内容としては、途中に出てくる様々な価値観を持つ異星人や、光線銃を武器にしたエイリアンとの戦いなど、かつて子供たちが大歓喜したような、いわゆる古典的なスペース・ファンタジーだ。
「ま、Web小説じゃあSFは人気ないからしょうがないけどね……僕の作品もそうだったし……」
戯れに、イーノスは自分が数年前に書いたSF小説を開いてみた。
案の定、PV数はゼロ。誰も読んでくれていないということだ。※因みに彼はイギリス人だ。そして欧米にもWeb小説は存在する。
イーノス自身幼少期から無類のSF好きだったため、文章力には自信があった。だが、タグやジャンルの問題から、タイトルすら読まれていないのを見てがっくりと肩を落とす。
「それに、お気に入りだったスザンナ先生も、最近はPV目当てなのか、異世界転生ばっかり書いているし……『女はSF作品が書けない時代』が来たって考えると、寂しいなあ……」
イーノスは彼女らお気に入りから解除した後、気晴らしにゲームアプリを立ち上げた。
遊ぶ金も恋人もいない彼にとって、ゲームと小説は数少ない趣味だ。
「だあ……! くそ、この!」
だが、彼はゲームは絶望的に下手だった。
装備や物資の管理を面倒がって怠ってしまうためだ。
「ああ、くそ! もう回復アイテム切れ?」
回復は魔法があれば十分、消費アイテムは宝箱で拾えばいい。
行き当たりばったりな人生を送ってきたイーノスの性格は、ゲームのプレイスタイルにも表れている。
加えて、彼は話を聴くのが苦手でチュートリアルを飛ばしてしまう癖もあるため、猶更セルフ縛りプレイとなってしまうのも、彼がゲームで手こずる理由だ。
「はああああああ……」
しばらくしてゲームオーバーになってしまった彼は、ビールをもう一缶プシュッと開ける。
「ったく、最近のゲームも小説も面白くないな……なんか面白いことしたいけどな……」
小説はともかくゲームについては自己責任なのだが、彼はそう呟きながらネットを巡回し始めた。SNSではいつものように男女がくだらない論戦を繰り広げており、PVを荒稼ぎしている。
「はは……。今日も酷いな、こりゃ……。バトルはゲームだけにしてくれればいいのに……ん? ……なんだこれ、小説大賞募集か……」
だが、しばらく男女論の海の中を漕いでいると、ある投稿がイーノスの目に留まった。
そこに書いてあった内容をざっと眺める。
「えっと……。男社会に負けるな! 第8回、女性解放のための文学賞募集! か……そういえば僕、文学賞って出したことないな……」
基本的に彼の愛読するWeb小説はラノベよりであり、この手の文学賞にはなじみがなかった。そのため、彼は「ふうん」と少し興味深そうな表情を見せた。
「女性向けの小説かあ……面白そうだな。……ちょっと詳しく見てみるか……。えっと、締め切りは……うん、これくらいなら余裕で間に合いそうだね。それと……」
「ちょっと、あんたさ! 私の声聞こえてんの!?」
「え、母さん!?」
突然、肩を叩かれながら大声で叫ばれてイーノスは思わず振り返った。
そこにはエプロンに身を包んだ母親『シャーロット・ソーカル』の姿があった。
因みに彼女は専業主婦だ。
「ご飯だって言ってるのに、あんたは聴いてんの!?」
「ご、ごめん母さん……」
「まったく……。40も過ぎたのになって、本当にあんたはいつまでたっても子どもみたいね……。たまの休み位、美術館にでも行ったらどうなの?」
「え~? けど、僕はあまりそういうの好きじゃないからなあ……。母さんこそ、父さんと遊びに行って来たら?」
「え?」
「今度、駅前に新しいショッピングモールが出来るっていうしさ」
イーノスのその発言に、シャーロットは少し悩む様子を見せた。因みにイーノスの父親はすでに定年退職をしており、近所で地元の友人と草野球をするのが最近の日課となっている。
「そうねえ……。言われてみれば最近パパとはどこにも行ってないわね。……って、そんなことより早くご飯食べちゃいなさい」
「は~い」
少し面倒くさそうにゲーミングチェアからその小太りの体を乗り出す。
「ところであんた、さっきから何のサイトを見てたの?」
「うん。実は今度文学賞があるみたいでさ。何でも女性向けの小説の文学賞らしいんだ」
「へえ……。まさか、あんたこの文学賞に応募する気?」
「うん、面白そうだし」
そういうと、シャーロットはぶはっと噴き出した。
「あははは! あんたみたいなおっさんが女性小説? どうせ読まれないって! あんたの書いた小説、誰も読んでないでしょ?」
「む……。そんなことないよ。僕の小説が読まれないのは、ジャンルがダメだっただけだって! SF以外のジャンルならきっと、少しはマシな評価になるから!」
「ふうん。ま、好きにやりなさいよ。けど、ペンネームはどうすんの?」
「え?」
「流石に女性小説で『ソーカルマシン14号』って名前にするのは変でしょ?」
『ソーカルマシン14号』は、イーノスが今までSF小説を書いていた時のペンネームだ。その母親の意見を聴いて、確かに、と彼は頷いた。
「そうだね……。折角だし、気分を変えたいから別の名前にしたいな。けど、本名を使うのもなあ……そうだ、母さんの名前を使っていい?」
「え?」
「マザー・シャーロットって名前で書こうと思うんだ。なんかかっこよさそうだしさ」
「まあ、別にいいわよ。どうせ大賞なんかとれないでしょうし」
この時、母親は息子の文才を見くびっていた。
加えてイーノス自身も『精々一次審査を通れば御の字』位に考えていた。そのため『シャーロット』という固有名詞がフェミニズム文学において、どのような意味を持つのかを理解していなかった。
「よし、じゃあご飯食べたら早速執筆を始めないと!」
「はは、まあ頑張んなさいよ」
そしてイーノスはこの文学賞の規約を読み落としていた。
そこには『女性限定』という文言が書かれていたことを。
これが後に、大騒動を巻き起こすことになることは、彼らは知る由もなかった。




