プロローグ おっさんがフェミニズム小説で大賞を取ったなら
「さあ! いよいよ今年の第8回『女性解放のための文学賞』の大賞受賞者、マザー・シャーロットさんのご登場です!」
ざわざわと喧騒が響く中、そう司会の女性は会場内に響き渡るような声で叫んだ。
一般的な文学賞の授賞式にしては些か大きな会場で、女性たちはひそひそと呟いていた。
「いよいよ来るんですね、シャーロット先生……一体どんな方なんでしょう?」
「あれだけ私たち女性の苦しさを分かってくださる方ですから……凄い美人な方なんじゃないですか?」
「ううん、ルッキズムの辛さにも触れていましたから、もしかしたら容姿に自信がない方かもしれないわよね。それでも私はあの先生についていきますが……」
「私、先生の弟子になりたいです……。先生の怒り、私が癒してあげます!」
今回の受賞者である『マザー・シャーロット』。
その名前は今まで女性小説の世界では一度も耳にしなかったものだった。
だが彼女の投稿した小説『自覚なき特権者と、姉妹の毒』の衝撃は凄まじかった。
Webでも公開されていた本作の読者人気は非常に高く、かつ審査員全員が『不世出の名作』と認めたクオリティのものであった。
あらすじは極めてシンプルだ。
物語は、家父長制が支配するハンガリーの農村から始まる。
この小さな村で、ある日ふとしたはずみで『女には効かず、男だけ即死させることが出来る毒薬』が開発されるのだ。
それを見た女性たちはシスターフッドを発揮して団結、そして散々自分たちをモラハラで苦しめ、抑圧してきたDV夫たちに凄惨な復讐を遂げる。
だがその事件の後、この薬の存在が、同じく義父から虐待を受けていた元ストリートチルドレンである少女の言動から明るみになり、マスコミが大々的に報道してしまう。
そしてこの薬の製法が女性たちに共有されたことにより、男女のパワーバランスが逆転し、さらにとどめに『私たちの休日』と称したストライキの敢行によりガラスの天井が消滅。
これによって有害な男らしさを持つ男性が激減、男女ともにウェルビーイングが達成され、女性たちがハイヒールを脱ぎ、解放された真に幸福な人生を歩んでいく。
……といった筋書きだ。
ネットでの反応は以下のようなものになっていた。
『シャーロット様、まじ神だって!』
『うちのクソ夫にもあの薬飲ませて、保険金ほしいって、マジで!』
『特にDVの描写、リアルすぎ! うちの家庭そのものじゃん!』
『はあ、女さんこういうの好き? ミサンドリー(※男性嫌悪のこと)全開だろ?』
『つーか、俺たち白人男性があそこまで悪者に書かれんの、不愉快なんだけど』
連日のように賛否様々なコメントが溢れていた。
だが『謎の新人作家』であるマザー・シャーロットは沈黙を守っており、それらのコメントに一切の反応をしていなかった。
そんな彼女が初めて顔出しをするということが、今回の授賞式の目玉イベントである。
会場には他の入選した作家や審査員以外にも、一般客も含めた多くの人が集まっている。
また、Web配信が生中継で行われており、多くの視聴者がタイムラインにコメントを残していた。
「フフフ……私の仕掛けはバッチリね……今夜の投げ銭、楽しみね」
「流石ですね、ポリーお姉さま?」
「今夜は一緒に、お祝いしましょうね? ピザをタップリ焼きましたから!」
ニコニコと、そのコメントを取り巻き立ちと嬉しそうに見ている若い女性たち。
その中央にいるのは『ポリー・ウォーカー』という名のフェミニストインフルエンサーで、マザー・シャーロットの名前を世界に拡散させた当事者だ。
無論今回の授賞式での『お披露目』も彼女の企画であり、彼女の持つ動画チャンネルでも生配信されている。
一方会場の反対側には、ポリーの得意げな表情を憮然とした表情で見つめている、高齢の女性がいた。
(……ったく……ポリーとかいう連中を見てると、昔のおっさん評論家を思い出すねえ……私を『女』ってだけで賞から除外した連中と同じ顔してるじゃないか……)
彼女の名前はエレーナ・フランシス。
数十年前からずっと女性文学の世界で活躍し続けているフランスのフェミニスト小説家だ。彼女は、この文学賞の審査委員としても働いていた身である。
(私たちは『フェミニストである前に文学者』であるべきなのに、あの子たちは逆……。まったく、アメリカのノリにはついていけないねえ……)
エレーナはそんな風に思いながら、半ばやけ酒を飲むようにワインを煽った。
アメリカで投げ売りされている安いボトルワインは、フランス人である彼女の口には合わなかった。だがそれでも今のこの時間を友として共有してくれるのは、この赤い液体だけだった。
……それから少しののち。
会場の喧騒はいよいよ最高に達するというとき、ブシューというスモークが飛び交い、女性たちの黄色い歓声が上がる。
「さあ、どうぞ、シャーロット様! 壇上に来てください!」
……だが。
スモークが晴れた瞬間、会場の空気は一瞬で静寂に包まれた。
「え? あ、あの……」
目を点にした司会者は、慌てながら尋ねる。
「すみません、あなたはスタッフさん……ですか? それともマネージャー?」
彼女がそうつぶやいたのも無理はない。
「え、違うよ?」
「だって、その……『自覚なき特権者と、姉妹の毒』を書いた方をお呼びしたのですが……」
「だから、その作者は僕なんだってば」
その一言に司会の表情は凍り付く。
「え? ……ま、まさかマザー・シャーロットという名前は……」
「ああ、あれはお母さんの名前をペンネームに使ったんだ! いい名前でしょ? 因みに僕の本名はイーノス・ソーカルだよ。覚えてくれると嬉しいな」
そう、そこにいたのは小太りの「中年の白人男性」だったのだ。
イーノス・ソーカルと名乗る彼は、年の割にやや幼く見える表情を見せながら、屈託なく笑った。
そこに悪意や嫌味は一切感じさせない。
「そ、そんな……」
「うそでしょ、まさか……シャーロット様が、男、しかも白人だったなんて!」
「わ、私たち騙されてたの?」
彼の姿を見て、周囲はまるで愛する人の死を見たかのような、悲嘆にくれる表情を見せていた。
一方ネットでは。
『ぶwwwwはwwww! 大賞受賞者、おっさんかよ!』
『誰だよ、作者の怒りが伝わってくるって言ったやつwwww!』
『けどあいつ、規約違反じゃね? 女性のみ応募可能だっただろ!』
『そんな……最高のショーじゃん! ポリーBBA、涙目!』
と、お祭り騒ぎになっていた。
その様子を見ながら、イーノスは周囲を少し慌てたように周囲を見回す。
「え? あれ? ……なに、どうしてみんなそんな驚いた顔してるの? ひょっとして僕、変なこと言った?」
先ほどまでの喧騒から一転、周囲が驚愕の表情を死ながらその尋常ならざる周囲の雰囲気に、彼は困惑の表情を浮かべていた。
一方で、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図となり始めた。
「な、なに……うそ、シャーロット様は男……しかもあんなおっさん?」
「はあ、何だよそれ! あの人だけは私と同じ境遇だって思ったのに!」
「クソ、なんだよ! 男が出てくんじゃねーよ! 詐欺野郎!」
会場にいる女性客は皆狼狽し、慌て、失望するような表情をしていた。
その中でもとりわけこの世の終わりのような顔をしているのは、散々彼女を『新世紀の女神』と持ち上げ、考察動画をあげまくってきたポリーだった。
「そ、そんな……ど、どどどどどうしよう……! あいつが男だったなんて! やばい、信者からの通知が……通知が止まない……」
一方、同じフェミニスト作家でも、ソーカルの姿を見て嬉しそうに立ち上がり、司会者のもとにふらり、歩み出るエレーナ。
「……ふうん……やっぱそうだったんだねえ……。こりゃ、あのバカ女にお灸をすえるチャンス到来ってところか……」
そう呟く彼女の表情は、かつて自分が男ばかりの文学界でしのぎを削っていた時のことを思い出したためか、ニヤリと笑みが浮かんでいた。




