2-8 イーノスは「純粋にエンタメとして面白いもの」が見たいんだ
「スージィ! あなた何言ってるの! 私がそんなことするわけ……」
「だったら、なんで同じ人が決まって、同じ開店日に同じアンチコメントをしてくるんですか!?」
そういいながらスージィの隣にいた女性も立ち上がった。
年齢は30代半ばだ。アッパーミドルであっただろうその佇まいに不釣り合いなボロボロなスーツを身に着けており、いかにも『元金持ち』という外見だ。
「な……あなたは……」
「ポリーさん、覚えてますか? セリーヌです。2年前に先生に言われて、ヨガ講師の仕を始めたものですよ?」
「あ、そ、そう……」
ガクガクと震えながらもポリーは平静を保とうとするが、誰が見ても動揺しているのは明らかだった。
「先生、おっしゃいましたよね? 女性の身体を整えて、男社会で戦うためにエンパワーメントする。そんなことができるのは、誰よりも傷ついてきた優しすぎるあなただって! けど本当は、同じこと、みんなに言っていたそうですね!」
「そ、それは、私の周りの女性が皆優しすぎる女性だったってだけで……」
「周りに流されやすいカモのことをそう言ってただけですよね! ……今思うとバカでしたよ! あなたのそんな甘い言葉を救いにしていたなんて! スージィさんとアカウントを付き合わせたら、出ましたよ!」
懐から大きなタブレットを取り出して、それをエレーナにも見えるように二人のアカウントのスクリーンショットを見せた。
「……これは酷いね……。一言一句同じ言葉が使われてるじゃんか。完全にテンプレートで、オープンしてから」
「ですよね!? いくら何でも不自然ですよ! どういうことなんです!?」
「そんなことは知らないわよ!」
だが、ポリーはそういいながら必死に首をフル。
「確かにその二つは共通のアカウントだし、コメントも同じようなものよね! けど、それが私がやったって決めつけるのはおかしいでしょ!?」
「む……」
「それこそ、中世の男たちが女性を苦しめてきた魔女狩りと同じよ! そうやって自分の商売の失敗を私に押し付けないでよ! 私は……」
「それなら私が証拠です!」
大げさなほどに涙を流しながらそう叫ぶポリーだったが、その言葉も舞台裏で給仕をやっていた女性の一言でかき消された。
「あんたは?」
「ポリーさんの運営する『マリアの雫』の運営スタッフ、サナです! 彼女は私たちを最低賃金でいつもこき使っていたんです! 『私たちは姉妹よね?』っていいながら! 有色人種の私たちがアメリカで仕事を見つけにくいのをいいことに、散々!」
「なにいってるのよ! 私はあなたたちに仕事がないから私は雇用を作ってあげたんじゃない! それに、別に私は法律を破ってたわけじゃないでしょ?」
だが、給仕の女性はバン! と机を叩いてタブレットを取り出す。
「これが仕事っていうんですか!? ポリーさんの命令で、いつもスージィさんみたいな人の邪魔をして、それで自分に依存させて! 起業の際に搾取するだけじゃ足りなかったんですか!?」
「そうか! だから先生、私たちが落ち込んでた時に『働く女性が身に着けるべきマインドセット講座』なんて開いてたんですね!?」
「スージィ!」
いつの間にかイーノスの話はどこへやら、ポリーの悪事の糾弾会にすり替わっていた。
その様子にコメントは荒れに荒れていた。
『え……なに、あの審査委員長ってそんな詐欺みたいなことしてたの?』
『うわ……。さっきまでコメントで流れてたことも事実だよね、これ……』
『何だよ最低じゃん! なにがシスターフッドだよ! ただの搾取じゃねえか!』
『そうやって騙してたんだ……。悪質なホストと一緒だよね、それ……』
「う……」
そう流れ続けるタイムラインを見て、ポリーは観念したようにがっくりと頭を下げた。
その様子を見ながらエレーナは彼女の前に立って全員の場で叫んだ。
「……ったく、実下げはてた奴だよね。……けどさ、もうみんなもこの辺にしときな!」
「エレーナさん?」
「確かにこいつはフェミニストの名前を騙って散々やってきたよ。それに、文学賞でもちゃんと作品を読まないで、自分の気持ちを表明する場になり果ててしまって文学を殺した。それは私も許せない。それは認めるよ」
さらっと、話の前後を入れ替えて文学界の話題を入れながらも、エレーナはそう言いながらポリーに手を貸した。
「けど、今ここであることはさ、イーノスやヤンガの作品を表彰するめでたい表彰式じゃなかったのかい? だから、もうこれ以上責めるのはやめな! 彼女を『被害者』にしちまったら、あんたら裁判で彼女から金を巻き上げらんないだろ?」
「う……」
周囲はその言葉を聴いて、水を打たれたように言葉を止めた。
エレーナのような現実主義者は『お気持ち』で人を動かせないことを良く知っている。具体的な利害を出して、周囲を黙らせるのは彼女の得意技だった。
「さ、今日はもう帰んな、ポリー……」
そしてそっと彼女の手をとり、舞台袖に歩くように促した。
ポリーは泣きはらした目を彼女がくれたハンカチでそっとぬぐう。
「……なんで、助け船を出したの?」
そう聞くと、エレーナは誇らしげに胸を叩く。
「そりゃ、私はフェミニストだからね。……困っている女なら誰であっても助けるさ。『誰も助けたくない奴』であってもね」
「助けたくなくても?」
「ああ、当然だろ? ま、あんたらからしたら古い価値観だろうけどさ。けどたまには古い考えも認めてくれれば嬉しいけどな」
「……ありがと」
そういうと、彼女はふらふらと舞台から袖の方に消えていった。
ーーーーーーー
『やべええええ! エレーナ様かっこいい!』
『つーかポリー、情けなさすぎ! 偉そうにイーノスさんを怒鳴ってたけど、自分の方が女性を搾取してたんじゃん!』
『だよな! つーかイーノスの作品、絶対読みたい!』
『ポリーが騙されるほどの作品だもんな、すげー内容かもしれないよね!』
コメントはそんな風に流れていた。
周囲のメイドやスージィ達も、彼女の今までやってきた悪事を公の場に示すことが出来て満足したのか、何も言わずに笑顔で彼女を見つめた。
「さて……ちょっと借りるよ」
彼女がポリーを退場させたのは、無論親切心のみによるものではない。
エレーナは司会の女性からマイクを借り受けると、今日一番言いたかったことを伝えることにした。
「これでわかったろう? 文学賞ってのはさ。『自分の気持ちに沿うものを沿うように解釈するためのもの』じゃないんだよ」
「え?」
「エンタメとして面白いか。人を感動させるか。それだけで決めればいいのさ。……な、坊やもそう思うだろ? あんたの好きな小説ってどんなのだい?」
「僕は……」
いつの間にか完全に蚊帳の外に押しやられていたイーノスは、そこでようやっと口を開いた。
「僕は……面白いSFが読めればそれでいいよ」
「へえ、まああんたの作品、SFのオマージュばっかだったもんねえ。面白いSFってのはどんなのだい?」
そう尋ねると、イーノスは大きく息を吸って答えた。
「社会的なテーマはなくていい! ヒロインが誰かに抑圧されていなくていい! 艦長が不仲な奥さんとの関係に悩んでなくていい! とにかく、昔みたいに派手でワクワクして、子どもが見ても大人が見ても楽しいもの! ただ、それが読みたいんだよ!」
「……そうだねえ。私と一緒だ」
ハードボイルド作品がすっかり女性に読まれなくなってしまったことを思い出したのだろう。エレーナもタバコを一瞬探して火をつけようと思ったが、当然会場は禁煙なのですぐに辞めた。
「ヤンガもそうだろ? あんたが黒人だ、被差別者だ、そんな風な属性だけで褒められて持ち上げて、あいつらの『叩き棒』に使われるのはゴメンじゃないかい?」
「……はい……」
そしてヤンガもそう頷いた。
「正直、今回白人の中年男性に実力で負けたのは悔しいですけど……。けど、それだけ私の作品が主観と実体験に頼りすぎていたってことかもしれません。どっちにしても……次は絶対に大賞をとります。勿論私の属性ではなく『作品』の力で!」
「うん、いい返事だ」
そしてエレーナは審査員にいる取り巻きたちに尋ねる。
「分かったろ? 受賞者だってそう言ってんだ。次からは、審査の方式を変えるんだね。『誰が』書いたかじゃない。『何を』書いたのか。それで判断する文学賞にね」
そう彼女がいうと、コメント欄がやはり大量の発言で埋め尽くされた。
『やべええ! 俺の思ってたこと全部言ってくれた!』
『私も不満だったんだよね。最近の小説、作者の属性だけで出版するか決められてるんじゃないかって!』
『いや、それ変だよ? やっぱり、おっさんが書いた主婦の悩みとかよりやっぱり、主婦として悩みを共感したいじゃん!』
『そうそう、作家の意図と心を通わせるのが楽しいんだから、やっぱ作家のことは知りたいだろ!』
『いや、何言ってんの。作者がどう思うかじゃなくて、私たちがどう思うかじゃん!』
すでにポリーが舞台を去ったこともあり、サナ達工作班は姿を消している。
エレーナはそんな賛否溢れるコメントをスマホでそっと眺めながらぽつりと呟いた。
(これで……また、本当に面白い小説だけが流行するようになるといいけどねえ……)
だが、それが叶わない望みだということは、彼女自身も感じながら寂しそうな笑みを浮かべた。




