2-7 本来のカウンセリングは、他責思考を煽ったりしない
いきなりイーノスの肩を抱きながらポリーを睨みつけてくるエレーナ。
その迫力のある佇まいに、周囲はざわつき始めた。
『誰?』
『あ、エレーナさんじゃん! 昔彼女の小説好きだった!』
『彼女は確か、女性のために職業訓練とかもしていたんだよね。大工や職人とか』
『あとDVの相談とかも乗ってるんだって』
『マジ? 本物のフェミニストって感じで俺、そういう人は好き』
『だよな。やっぱそういう人なら尊敬できる!』
そんな風にコメントが飛ぶ中、彼女はイーノスの肩を抱きながら、大声で会場中に聞こえるように叫んだ。
「私は彼の作品が一番だったことは間違いないと思うよ!」
そしてイーノスににこりと笑いかけた。
「文章の構成力やセリフの巧みさ、伏線の貼り方……どれをとっても、坊やの作品が一番だったと思う。あんたには悪いけどね」
「……いえ……」
ヤンガに申し訳なさそうにそういうと、彼女もまた少し悔しそうにしながらも納得するようにうなづいた。
「……というかなんだい、聴いてりゃさ。あんたの感想って全部『本の感想』でも何でもないじゃないか」
「え?」
「黒人だから、虐待を受けていたから、少女だから……。そんな風に作者の背景ばっかりじゃない感想ばっかり口にしてさ。それでも、これは文学賞って言えるのかい?」
そういいながら彼女はじっとポリーのことを凄むような目で睨みつける。深く刻まれた彼女の皺は、長年競争の中で生きてきたことを想起させるような凄みを際立たせている。
「あんたの批評文、見せてもらったけど酷いもんじゃないか。このイーノスの作品、ちょっとここで読んでみようか?」
そして彼女はスマホを取り出して批評文を
「この作品は、近代稀に見る怒りの告発文だ。作者の母親としての苦しみ、そして男社会で傷つけられてきた痛みが文章の中で伝わってくる。まさに現代の先進国が抱えている無自覚の特権意識を男性に啓蒙したいという意識で描かれているこの作品は、全ての男たちに読んでもらいたい傑作と言えるだろう……だもんね」
それに呼応するように、アンチコメントがずらっと並ぶ。
『うわ、なんだよこれ。ポリーの感想ひでえ!』
『小説じゃないじゃん、お気持ち表明の材料にしてるだけ?』
『だよね。あの女、信者を喜ばせるためにああいうこと書きたいだけじゃない?」
『そうそう! やっぱさ、年額5000ドルもするようなサロンの運営するような奴だもんね。しかも従業員を最低賃金でこき使ってさ!』
『マジ!? ポリー・ウォーカーってそんなヤバい奴なの?』
いわゆる『作者の気持ち』を勝手に都合のいいように代弁した批評文だ。
一方のエレーナの批評文は、こんな風になっている。
『この作品は文章の流れるような流麗さ、そして情景を目を閉じただけで描写できるような素晴らしい表現力はまさに芸術と言えるものだった。また主人公だけでなく周囲の罪悪感の希薄さには背筋が凍るリアリティを感じた。終盤の展開は、まさに女性自身の内包する本質的な強さを私自身は感じ取れた』
過去に散々女性差別を文学界で受けてきたエレーナは、自分が同じことをしないように『作品に作者のパーソナリティを絶対に意識するな』という思想を第一としている。そのスタンスもまた、ポリーとは相容れないものであった。
そして彼女は髪をかきあげながら、首をかしげるようにして尋ねる。
「……それにさ、ポリー? あんたがそんな風に力づくで『男だから』って理由で大賞を分捕ってヤンガに与えようとしてるけどさ。それこそがあんたが一番嫌っていたことじゃないの? フェミニストは『文学界の家父長』とでもいうのかい?」
だが、エレーナに言われてポリーも顔を赤くしながら反論する。
「そ、それは違うわよ! これは、可哀そうな彼女をしっかりと守ってあげないといけないことよ! 今まで既得権を貪っていた男社会の連中が得をしないためにね!」
「ふーん……可愛そう、ねえ……」
心底から相容れないという表情をしながらエレーナはヤンガの方を向いて尋ねる。
「あのさ、ヤンガっていったっけ?」
「は、はい……」
「あんたはこれでいいの? ……このイーノスが譲ってくれたおさがりの大賞を貰うって形でさ」
「……私は……」
そういった後、彼女はゆっくりと首を振り、絞り出すような声でつぶやく。
「……嫌……です……」
そして今度は、ハッキリとした口調で叫んだ。
「……本当なら大賞を取れた実力のある男の人に譲ってもらって、それで貰った大賞なんて、全然嬉しくありません!」
「……そうだよね、嬉しいよ」
エレーナもまた、フェミニスト文学者として一線で戦い抜いてきた身だ。彼女のように作家としてのプライドを持つ姿に、過去に自分を思い起こしたのかフッと笑みを浮かべた。
そしてヤンガは立ち上がり、エレーナに対して怒鳴りつける。
「それに! そもそも私は別にアメリカに行きたいなんて一度も思ったことはありません! 確かに父とは複雑な関係でしたし、差別も嫌がらせも受けましたけど……それでも私はタンザニア人であることを誇りに思っていますから!」
「そんな……嘘でしょ……?」
ポリーのSNSのタイムラインには、彼女自身の価値観の偏りのせいもあって、途上国から出たがっている女性の呟きばかりが流れていた。要するにシャーロットと同じエコーチェンバーにかかっていたのだ。
そのため、彼女のような価値観の少女がいること自体が信じられなかったのだろう、驚愕の表情でそれを見つめた。それをエレーナは見下すようにフン、と鼻で笑って見せる。
「だろ……? この子はフェミニストである前に文学者なんだよ。お仕着せの勝利に意味なんて感じない。金儲けのためだけに活動をしているあんたとはまるで違うね」
「そんなことない! 私は、女性の自立のために戦っていただけだもの!」
フン、と彼女の言い訳に鼻で笑いながら両手を広げながらエレーナは呆れながらも怒りを隠そうとせずに答える。
「何が女性の自立だい。私は知ってんだよ。あんた、相談してきた相手にわざと被害者意識を植え付けて、他責思考を煽ってさ! それで周りから孤立させて自分に依存させて大金をふんだくってたってことくらいね」
エレーナは女性の自立支援のための相談窓口を開いている。
ただでさえ選考会の一件で彼女に不信感を持っていたエレーナだが、彼女の元にも、先日ポリーから勧められた商売によって多額の借金を抱えた女性が相談に来たためだ。
「そ……そうなんです! この人はいつもそうでした!」
その言葉を待ってましたとばかりに、観客席に座っていた女性が急に立ち上がった。
彼女は『マリアの雫』の会員の一人、スージィだ。
「ちょっと、スージィ! あなた突然何を言うの!?」
「最初はポリーさんは自分の心の痛みを分かってくれる人なんだと思っていたんです! けど、今にして思うと何を言っても『あなたは悪くない』『悪いのは男社会であり、社会である』って話ばかりしてて……」
「ふうん」
「それで『こんな社会じゃあなたの力を発揮できない』って言われて、キッチンカーを始めたんです! ……けど、今思うとおかしいですよね。ローン会社も材料の配給元も全部最初から用意されていたのって!」
「……やっぱりね」
頭をがりがりとかきながらも、案の定という気持ちになりながら、エレーナは頷いた。
「あんたみたいに自己啓発を装って悪徳商法をやるやつは昔っからいたもんだよ。かつてはバカな旦那がひっかけられて妻である女性が苦しんでたもんだったけど……。あんたもその片棒を担いでいたんだねえ」
「しかも、それだけじゃないんです!」
「スージィ! これ以上出鱈目いうのやめて黙りなさい!」
「黙るのはあんただよ、ポリー・ウォーカー!」
エレーナの一喝にポリーは思わず押し黙った。
「私がキッチンカーをやっていた時に毎日のようにSNSからアンチコメントが来ていたんだけど……。そのほとんどが、この人の手下が送っていたものだったんです!」
その一言に、先ほどまでポリーに同情の目を向けていた女性たちも目つきが変わった。




