2-5 そして時間は現在に戻る
……そして時間は授賞式の会場に戻る。
「あなたが……マザーシャーロットさん……ですか?」
「うん、そうだよ」
壇上でやや困惑しながらも人当たりの良さそうな笑顔を見せるイーノス。
なぜ彼が壇上に出るまで、誰も正体に気づかなかったのか。理由は明白だ。
彼が楽屋から案内したのも、警備員と情報を共有し『誰にも気づかれずに彼を会場まで案内しよう』と裏で手を組んでいた『マリアの雫』の従業員だったからだ。
ポリーがもしも予算をケチらずに外部の警備会社を使っており、不審者として彼が通報されていたなら。或いは自身の承認欲求と金銭欲のためにイーノスを表舞台に引っ張り出さそうとしなければ。
いや、それ以前に自社の従業員に対して一人の人間として扱っていたのなら。
これから起こる喜劇は起こらなかっただろう。
「え……あの……」
金髪でスタイリッシュなスーツに身を包んだ司会者は、呆然としたような表情でイーノスとポリーのいる審査員席を交互に見比べている。
ちなみに司会者は『マリアの雫』の会員で普段は声優業をやっている。
当然従業員の側から見れば、彼女もまた憎き搾取されてきた仇敵に過ぎないため、情報の共有は行われていなかったのだ。
しばしの硬直の後、ハッとしたような様子で司会の彼女は尋ねた。
「あ、あの! イーノスさん? ひょっとして、あなたは男性ですよね!」
「え? 勿論そうだけど。どうしたの?」
「今回の大会の規約、あなたはちゃんと読んだんですか!?」
「規約? えっと……」
「それなら私がお見せします!」
そういいながら、審査員席で給仕を行っていたブラジル人メイドの一人……彼女もまた、日頃はサロンで散々使いつぶされていた従業員だ……は、満面の笑みを浮かべながらスマホを手に彼に見せる。
「えっと……」
「ささ、こちらです! 読んでください。出来るだけ大声で!」
「分かった。えっと……」
無論、メイドが指さしたのは『女性限定』と書かれている規約の部分ではない。
その少し上に書いてある『スローガン』の部分だった。
「『男性に負けるな! 私たちの声を届けよう!』……あ、本当だ! この大会で、女性に男性が勝っちゃだめだってことなの!?」
「……は?」
その一言は、会場のざわめきを一瞬で沈黙させるのに等しい破壊力だった。
ネットの視聴者は加速度的に増大している。そのほとんどは日頃からネットで男叩きを行っているポリーへの意趣返しをしようとする男性のものだが。
『は……?』
『規約じゃないとこ読ませてるの草www』
『ぶwwwはwww! メイドGJ!』
『これ、伝説だろ! あのおっさん、読む場所間違えてやがる!』
ポリーや司会の女性たちにとって不運だったのは、イーノスはあまりに正直者だったことだ。スローガンを読ませようとしたメイドの行動の真意を読むこともなく、そう大声で叫んでしまった。
(やった! ……思った通り、バカな男で助かるわね……!)
メイドは吹き出しそうになるのを堪えながらも、横目でポリーを見つめた。
彼女は困惑とともに、ワナワナと怒りに体を振るわせていた。……当然だ、自分がスポンサーである、女性限定の大会をこんな形でぶち壊されたのだから。
メイドは舌なめずりをするような表情でイーノスにもう一歩近づくと、とどめとばかりに一言尋ねた。
「これを読んで、イーノスさんはどう思いました?」
「う、うん……。そうだよね……男である僕が、女性に勝つのはダメだってことだよね……ごめんなさい……」
さらに悪かったのは、イーノスは年齢の割に純粋すぎたことだった。
そうぺこりと頭を下げるのを見て、ネットでのコメントは凄まじい勢いで伸びていった。
『うwwwはwww男に負けたくないから排除したってこと?』
『マジシャーロット様、熱い! 司会の女、絶句してるwww』
『絶対これ、メイドの確信犯だろ! あいつポリーの奴に散々こき使われてたって聞くし!』
『え、マジ!? じゃあ復讐ってこと!?』
『ああ、そういえば噂だけど、あのポリーって審査委員長、従業員に同業者潰しもさせてたって!』
『なにそれ、信じられない! ポリーババア、マジでサイテーじゃん!」
言うまでもないが、後半のコメントは散々男女あおりでコメント力を鍛えられたサナによるものだ。
彼女たち『被害者の会』の目的は、とにかくこの表彰式の注目を集めて、それに乗じてポリー・ウォーカーの悪事を公の場で拡散することにあった。
「すごいわよ、この生放送! 一気にコメント伸びまくってる!」
「サナっち、最高じゃん! ある意味SNSをやらされまくって『エンパワメント』されたからね……」
予想を遥かに上回る反響に、舞台裏で警備や雑用をやらされていた『マリアの雫』の従業員達もそんな風にひそひそとスマホを片手に嬉しそうな声をあげていた。
(な、なんで……私はなんてやつを推薦しちゃったの……?)
一方、今までさんざん彼を『女性の救世主』『現代に生まれ変わったジャンヌ・ダルク』と持ち上げまくった彼女のメンツを完全に潰されたポリーは真っ青な顔で彼を見つめていた。
「ま、待ってください、イーノスさん!」
「なあに?」
その様子を見て、なんとかフォローしようと司会の女性は言葉をつなぐことにした。彼女はポリーの敬虔な信者でもあるためだ。
「イーノスさんはひょっとして、トランスジェンダーじゃないんですか? 性自認は女性とか……」
「ううん、違うよ? 女の子が大好きな男だよ。向こうからは好かれてないけどね」
「で、ではお母様の代理で登壇された、とか……」
「母さんからは名前しか借りてないよ? 多分タイトルもうろ覚えじゃないかなあ」
「じ、じゃあ身近になにか男から抑圧された女性の方がいて、その人のために書いたとか……」
「全然。僕に女友達はいないから。今回の小説も、ネットでバズったネタや審査員の人が喜ぶワードを入れたら受けるかなって思って作ったものだからさ」
「えっと……その……」
その一言で、コメントは荒れに荒れた。
『よかった……DVに遭ったハンガリー人の話は嘘だったんだwww』
『なにそれ、信じられない! シャーロットは味方だって思ってたのに、全部作り話だったなんて!」
『いや、最初から作り話って言ってるだろwww勝手に深読みするなよ』
『男の作家が女性作家のふりして書くの、マジムカつく! 男だって知ってたら読まなかった!」
『まじ、現代の兼好法師じゃん!』
そして当然だが、ポリーの電話も通知が鳴り止まなかった。
『ポリー社長、私たちを騙したんですか? なんであんなバカな男が書いた小説もどきを絶賛していたんです?』
『あんなにシャーロットのことを褒め称えたのに、本当は男だって知ってたんですよね? 最低じゃないですか!」
「これでまた、大事な女性の聖域を男に奪われたじゃないですか! その原因はポリーさんにもありますよ!』
「…………」
スマホの電源を切ったポリーは、憤怒の表情で壇上に登った。
その表情から、メイドはいつも自分たちに見せる表情だと気が付いた。そしてこれから起こることも察しがつき、後ろ手でこっそりガッツポーズをしながらそれを見守る。
そしてイーノスに対して低く男のような威圧感のある口調で尋ねる。
「……おい」
その声色はヤクザそのものだった。
思わずたじろぎながらイーノスは不安を顔に浮かべた。
「な、なに、おばさん」
「……この野郎!」
そういって、イーノスの横っ面を思いっきりひっぱたいた。




