2-4 反乱の火種はすでに存在していた
「ここに来たのは久しぶりだなあ……中学の時にサプライズパーティーをされた時以来か……」
イーノス・ソーカルは一張羅に身を包んで、目的の駅に降り立った。
無論この服は父親に電話して借りたものだが、サイズが小太りの彼には合っておらず、少し腹の部分がパツパツになっている。
「フフ、僕の作品がフェミニズム文学の大賞をとるなんてなあ……会場はあっちだっけな……折角だから美術館に寄ってからにしたいけど……遅刻しちゃまずいよね」
ウキウキとした気分で周囲をきょろきょろと見回すイーノス。
そんな田舎者丸出しな彼の姿を周囲は少しクスクスと笑いながら眺めているが、鷹揚な性格である彼は気にせずに街を散策していた。
「えっと……地図では会場はここだよね……」
シャーロットが教えてくれた会場の前には人だかりができていた。
そこには『第8回女性解放のための文学賞授賞式会場』と書かれており、思わずイーノスの額に汗がじわっと広がる。
「な、なんか思ったよりもずっと大きな集まりになっているなあ……こんな有名な大会だったのかな……」
無論、例年の授賞式はこじんまりとしたホテルの会場で行うような慎ましいものだった。
だが今年は『伝説の覆面作家、マザー・シャーロットが来場する』という話題が広まったことにより、急遽会場が変更されたという経緯がある。
「それとも、誰か凄い有名な人が来るのかなあ……もしそうなら、サイン貰っちゃお!」
無論、これだけ規模が大きくなった経緯にはポリーが一枚噛んでいるのは言うまでもない。
彼女はマザー・シャーロットの名前を利用して一気に自身のサロン『マリアの雫』の知名度をあげるという目論見があったことも、ここまで話が大きくなった理由だ。
だが、普段は工場での作業に明け暮れておりテレビのニュースもろくに見ないイーノスは何も知らず、無邪気な笑顔を浮かべながら裏口に回った。
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「すみません、こちらは関係者以外立ち入り禁止ですよ」
裏口にいたのは、仏頂面をしたメキシコ人の女性警備員だった。
流暢な英語でそういわれたイーノスは少し驚きながらも首を振った。
「あれ? けど、僕は関係者だと思うんだけど……」
「はあ……いったい何の関係でしょうか?」
小太りの白人男性である彼を訝しげに見つめる警備員に対して、彼はスマホを取り出して自身の書いた小説を見せた。
「ほら、この小説って知ってる? 『自覚なき特権者と、姉妹の毒』っていうんだけど……知ってる?」
「ええ、存じております。関係者様ですか?」
「関係者というか……この作者、実は僕なんだ。それで今日は授賞式に来てほしいって言われていたんだけど……」
「……は?」
その発言に、その警備員は面食らったような表情を見せた。
因みに彼女も『マリアの雫』の従業員であり、大賞がマザー・シャーロットの作品であることも知っている。だが、作者が男性とは知らなかったからだ。
「えっと……それは本当ですか?」
「うん。マザー・シャーロットって名前で出してるんだけどね。ほら、免許証もあるけどこれで信じてくれる?」
「え? ……あ……そんな……」
そういわれて彼が出した身分証を見ると、確かに事前にポリーから聞かされている住所と一致していた。
「……まさか……マザー・シャーロットが男性、しかもこんなおじさんなんて……」
「アハハ! やっぱ、驚くよね。けど自分の名前で出すのは恥ずかしかったからさ、お母さんの名前で出してたんだよ」
警備員が驚いたのはそれだけが理由ではない。
この『女性解放のための文学賞』は規約上女性しか応募できないからだ。それを白人の中年男性が受賞したとなれば、大騒ぎになることは彼女にも確信があった。
だが、それを聞いた瞬間に彼女はにんまりと笑った。
(待って! ……これ、チャンスじゃない? あの女に一泡吹かせられるじゃん!)
そして満面の笑みで横にどいた後、わざとらしいほど恭しい態度でそっとドアを開けた。
「これはこれは失礼いたしました。シャーロット様、どうぞこちらに」
「よかった、信じてくれたんだね」
「勿論です。……あと、控室では出来るだけ『お静かに』お願いしますね。他の方にあなた様の姿を見られては困るので」
「え?」
「授賞式でスモークが晴れた瞬間、あなた様が実は男性だと会場中の方々に知っていただくのが今回のイベントのメインですから。ですので、あの女……もとい、審査員の方にも見つからないように声を潜めて、待機してください」
「うん、分かった! 楽屋で静かにしていればいいんだね?」
「ええ、お願いします」
イーノスは彼女の発言の真意を疑おうとせずに、そのまま会場に入っていった。
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「……よし、早速皆に伝えなきゃ……」
イーノスを見送ってすぐに、彼女は『マリアの雫被害者の会』という名前のSNSグループに向けて一斉送信を行った。
『ええ、嘘でしょ? マザー・シャーロットって男なの?』
『けど、そのことポリーババアは知らないんだよね?』
『そうそう! 今まで動画で散々持ち上げまくってたのにさ! マザー・シャーロットは酷いDVを受けた母親に違いない、きっと私たちの光になる! みたいに!』
『うわ、何それ! 超面白いじゃん! 私たちのとどめの一撃、叩き込んでやらね?』
すでに彼女たち従業員は『マリアの雫』のやり方には辟易しきっていた。
そのため内部告発の準備も進めており、ポリーや会員たちからどのような差別的な扱いを受け、無茶な労働を強いられていたのかを互いに共有しあっていた。
……だが、彼女たちにとっては単にポリーから賠償金を奪うだけで済ませるつもりは、さらさらなかった。そんな折『散々神格化してきたマザー・シャーロットの正体が中年男性だった』というチャンスが舞い降りたのだ。
『マジ神様に感謝だわ! 折角だし裏垢も総動員して、燃やさない?』
『サナ、マジ冴えてる! みんなで彼が登壇するまで黙ってようね?』
サナとは勿論、以前アカウントを用いて男女の対立を煽っていた日本人の従業員だ。
『勿論! 絶対分からないように警備するから! ポリーが大事にしていた『シスターフッド』の力、たっぷりと味わってもらわないとね!』
『ぶはwwwそれ最高!』
警備員の彼女はその様子を見ながらも、遠くから人の気配を感じたので慌ててスマホを仕舞い、直立不動の姿勢に戻った。
そして数分後。
「おはようございます、ポリー社長」
カツカツとハイヒールの音を響かせて遠くから来たのは、彼女の想像通りポリーだった。
ポリーに対してポーカーフェイスを貫きながら彼女は挨拶を行った。
「ちゃんと仕事してる?」
「勿論です! 先ほどシャーロット様も入られましたよ?」
「良かったわ。それなら私も挨拶しておこうかしら」
「え? ……あ、ちょっと待ってください!」
それをやられたら、会場で彼女に恥をかかせる作戦が失敗する。警備員は少し考えた後、口を開いた。
「その、シャーロット様は少し疲れていたので声はおかけしないほうがいいとおもいます!」
「あら、そうなの?」
「ええ! 昨日からポリー社長にお会いしたくて、緊張して余り寝れなかったそうなんですよ。彼女、ポリー社長の大ファンだそうですから!」
「……ふうん、私に、ねえ……」
そういわれてポリーは少し表情を緩めた。
相変わらず承認欲求の塊みたいな女だ。そう呆れながらも警備員は表情に出さないように落ち着いた口調を保つ。
「ですので、授賞式の時にいきなり社長と初対面する方がいいと思いますよ? その方が彼女の喜ぶ顔も全世界に中継できますし!」
「……確かに。あなたは学歴のわりに、たまには冴えてるじゃない」
メキシコ人移民としてアメリカに来た彼女は、大学を中退した立場だ。
そのことをポリーはよくネタにしてからかってくる。
……だが、それも今日までだ。
「いえいえ! それではポリー社長、あちらの階段から審査員用の特別席にどうぞ」
念のため彼女はポリーに、イーノスがいる楽屋からいちばん遠い場所にある階段を指さした。
「それじゃ、宜しくね。サボらないで?」
「はい!」
いつもとは比べ物にならない元気な声で、彼女はそうポリーを見送った。




